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負けを恋う
隣に座り武器の手入れをするシャチをぼんやり見ていたら、刀身を撫でる手が止まった。シャチがぐっと伸びをして時計を見るのに釣られて視線を追えばもう二十二時を過ぎている。
「シャチ、シャワーどうす
……」
肩に乗ったささやかな重みに言葉が止まった。こてん、ペンギンの肩にもたれ掛かったシャチが、こちらをじいっと見つめている。柔らかい髪の感触と温度。近距離で見れば、サングラスの奥に覗くまんまるに輝いた瞳に吸い込まれそうになる。意味ありげな不思議な色を見つめ返すと、それがニイッと三日月型に細められた。
「今ときめいたろ。シャチ選手、一ポイント獲得」
「
……は、何だそれ?」
たしかに、ちょっと甘えるような色気にペンギンはドキッとした。
「こういうベタなの弱いよなァ。ペンギン」
くふくふ笑うシャチは、刀身を鞘に仕舞いながらペンギンを見上げる。ペンギンの肩に頭は預けたままだ。ペンギンはそんなシャチを怪訝な目で見下ろすと、肩からふわりと重みが消えた。
「相手をキュンとさせたらポイントが入る。獲得ポイントが多い方が勝ち」
シャチが胸を張る。
「で、勝つと?」
「明日の甲板掃除を免除される」
「ああ、明日おれらだもんな」
「だって排水の溝までベポの毛詰まってるもんなー、正直この時期の甲板掃除は普通にやりたくねェ」
「まァそうだな。順調に進めば明日あたり冬島の海域で気温もぐっと下がる」
「うへー、やっぱり外出たくない理由しかねー。それにほら、たまには面白いだろ。マンネリ対策にもなるし」
「マンネリ?」
ペンギンはシャチの顎をぐいと掴んでこちらを向かせる。顔を覗き込むと、シャチは先ほどまでの饒舌な軽口はどこへやら。びくりと肩を震わせて、押し黙る。
「シャチ、マンネリなんて感じてんの?」
目を合わせたまま至近距離で問うと、白い頬がじわじわと赤らんでいく。唇が戦慄いた。
「ぺン
……ギ、」
「ペンギン選手、一ポイント奪取」
ペンギンはペロっ、と上唇を舐めた。
「シャチこういうオラオラ系に弱ェよな」
「そ、
……そんなことねーし!」
パタパタと顔を仰ぐシャチを見て、ざまーみろと笑う。赤くなっている頸をするりと撫でながら、同じく真っ赤な耳に唇を寄せた。
「そんなこと、あるだろ?」
「ヒッ」
慌てて耳を押さえ、睨みつけてくるシャチにニンマリ笑い返した。二ポイント目も何なくゲット。ペンギンは、シャチの弱いところくらい、もう十分なほど知っていた。
むぅっと頰を膨らませたシャチが、のしりとペンギンの腿に上半身を預けた。カランっと、シャチの握っていた刀がその手を離れて、呆れたように鳴いた。
シャチは拗ねたような顔のまま、上目遣いでペンギンを見つめる。身体を倒しながら、垂れた髪をゆっくりと耳にかけた。
「シャチ
……ちょっと」
制止のために出した手は、するりと取られて恋人繋ぎにされてしまう。シャチはペンギンの顔を見つめたまま、緩慢な動きでペンギンのツナギの前を上から暴いていき、ウエスト付近に顔を近付ける。
「待て待て待て、待てよシャチ」
「
……やだ」
「そこまで甲板掃除したくねーの?」
これはもはや掃除云々ではなくなっているのでは、とペンギンが静止をかけるも、黙れ、とばかりに繋いだ手に力を込められる。あーん、と口を開けたシャチがペンギンの下半身に迫っていた。
え、嘘、マジで? と、ペンギンの鼓動が速くなる。
このままだと間違いなく負けてしまう。
「いい加減にしろシャチ」
一瞬の隙を突いてシャチにのし掛かり、シーツの海に押し倒す。突然ひっくり返され唖然としているシャチに、ゆっくりと顔を近付けた。お互いの鼓動が聞こえそうなほど密着し、あと数センチで唇が触れるというところで、ペンギンの身体がぐらりと傾いた。
「うわっ」
「え!? ギャッ」
ぼすっ。鈍い音を立てて、ペンギンは体勢を崩してそのまま無防備なシャチの腹に、強かに肩をぶつける。
「イッテェ! 何?!」
「あ、悪ィシャチ!」
鳩尾に衝撃を受けたシャチがごろんと身体を丸めて、ペンギンはベッドから滑り落ちるようにシャチから離れる。ふたりして目を白黒させて、床に落ちたペンギンは慌てて起き上がり、同じく飛び起きたシャチの身体を点検する。どこか痛めてはいないようで、ほっと胸を撫で下ろした。
「びっくりしたー、何だったんだよ」
「すべって
……落ちた」
「ハァ?」
「手汗で滑ったというか
……、焦ったというか、はっず」
マジで恥ずかしい、クソっ、童貞みてえ、とペンギンがバツが悪そうに言葉を繋ぎ照れ笑いをすると、シャチがすんと真顔になった。
「それは、卑怯だろ
……」
顔を覆い、ぼふっと再びベッドに倒れ込む。
「え、シャチ、やっぱどっか痛い?」
「ペンギン選手、百億ポイント獲得デス」
「はあ? 何?」
「ペンギンの勝ちでいい、おれ完敗だわ。
……そんな顔、
……勘弁してペンギン。おれが掃除するから。もう、さっさとシャワー行ってきて」
「待て待て、シャチどこでポイント入った?」
シャチは枕で顔を覆ったまま、ぐりぐりと押し付けて、しまいには「おれもう寝る!」と叫んで毛布まで被ってしまった。そんなシャチの肩をペンギンは必死に叩く。
「え、シャチ寝んの? 続きしねーの? おれ甲板掃除はぶっちゃけどーでもいいからセックスしてーんだけど」
「いや、もうだめ。全然そんな気分じゃなくなった。今からさっきのペンギンを反芻するから、ペンギンはさっさとシャワー浴びてきて。あと、股の間のソレもシャワールームでさっさと抜いてきて」
「はあ!?」
目に毒〜っとわざとらしい非難の声をあげて、しっしっと、手を振る。
生理現象だからしょうがないだろ、っとなおも食い下がるペンギンと、意地でも毛布の殻から出てこないシャチ。
すっかりムードも霧散してしまったベッドの上で、二人の攻防はしばらく続いた。
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