窓を叩きつけるような雨音が部屋中に響いている。テレビの音すらも掻き消してしまいそうな凄まじい豪雨だが、ここは壁が薄いので今は正直有難い。
ヒューストンは赤道が近い。特に今の季節は気温が高く、天候は荒れやすかった。さっきまで晴れていたのに、あっという間に外は真っ白な靄に包まれてしまっている。そしてこの湧き上がるような湿気。安いだけのモーテルはそこかしこにガタが来ていて、エアコンは音が鳴るだけで冷える気配が全くない。部屋はとにかくジメジメと蒸し暑かった。
「たまんねぇな」
テリーは頭の上で手を組むと、盛大にため息を吐いた。一糸も纏わぬたくましい裸体を無造作にベッドに預け、じわじわと滲み出る汗を拭うこともしない。立派な体躯に相応しいペニスもこの茹だるような暑さにさすがに参ってしまっているようで、大きな体を気怠げに横たえていた。
「そうだね」
ロックは黒いシャツの首元を摘むと隙間から風を入れる。確かにベタつく肌も湿ったシーツも不快だ。でも、お互いの体を重ねるとしっとり潤んだ皮膚が張りついて離れ難くなるような、なんとなく一つの肉体になったような、そんな気分になるからそれはそれで悪くないとロックは思っていた。そんなことをテリーに言えば、おまえはロマンチストだな、などと呆れられるだろうが。
ロックはテリーの胸に頬を寄せた。汗ばんだ肌はひんやりとしていて気持ちがいい。もっちりとして厚みのある筋肉が肌に吸い付いてくる。その感触に集中すると、雨の音の騒々しさより、テリーの心音が耳に残った。
「汗かいてるぞ」
「知ってる」
何を今更。ロックは笑った。
昨晩、モーテルに着いてからというものの、シャワーもそこそこにずっと求め合っていた。長時間のドライブの後で昂りを止められなかったのだ。腹も減っていたが、それ以上に抱き合いたい欲求が勝り、昨日の夕方に休憩先のガスステーションでスナックを少し食べたきり、固形物は何も口にしていなかった。
「お互い、タフってのも考えものだな」
テリーが金糸のような髪をかき上げ、笑う。太陽の光で染め上げたようなゴールドの髪が煌めくと、薄暗い室内が少し明るくなったような気がした。
「なんだよ、疲れたのかよ」
ロックにそう言われてテリーは肩を竦める。
「そう思うか?」
「そんなこと考えたこともない」
ロックは薄い唇の端をキュッと持ち上げ、微笑んだ。
「そんなタマじゃないよな、テリー?」
ロックは身を起こすと、テリーの腰に跨った。テリーは何も言わずロックを見上げる。この目だ。この雨上がりの空を溶かした込んだみたいな青に見つめられるとロックは腹の底から強い衝動が湧き上がるのを抑え切れない。ロックの真紅の瞳の奥が炎を灯したみたいに揺らめく。先ほど果てたばかりだと言うのに下腹部がまたムズムズと疼いてきた。その気になりつつある素肌の細腰を無意識にテリーの股間に擦り付ける。
「若いよな、お前は…」
ロックの行動から再び欲が満ちるのを感じ取り、テリーからは苦笑が漏れた。
「ヘイ、テリー」
「やめてくれよ」
ロックは眉を顰める。
「そんなセリフ、おっさんくさいぜ」
「そりゃ、お前に比べりゃな」
ロックはそのまま覆い被さるとテリーのふっくらとした唇を押し潰してしまうような少し強引な口付けをした。テリーは目も閉じずにそれを受け入れる。
キスを数回重ねるとロックのペニスはすっかり固さを取り戻していた。ロックは舌でテリーの歯の隙間をこじ開け、桃色の歯茎を丁寧になぞっていく。糸切り歯を舌先でつつくとテリーはくすぐったそうに肩を震わせ、顔を背けた。ロックは口を尖らせる。
「なんだよ」
不満げなロックをテリーはすぐさま抱き寄せ、悪かった、とキス越しに伝えると、すぐに機嫌を直したらしいのが弾むような態度から伝わってきた。ロックは床に転がるコンドームの箱を拾い上げ、銀色のパッケージを一つ取り出す。
「それにしても…」
「雨、やまねぇな」
外からは窓を打つ雨の音。テリーは独り言のように呟いた。
ロックはテリーを四つん這いにさせると後ろからそこにあてがった。昨晩からすでに何度も出し入れされている門口はもう指で慣らす必要がないほどに解されている。ロックはそのままゆっくりとペニスを挿入した。内壁をみっちりと押し広げるとコンドームの引き攣れる感触がして、ロックは僅かに顔を歪める。
「熱い…」
ロックが呻く。内側の熱が敏感なペニスにじわじわと伝わってきた。テリーの体は強張ったが、肝心のそこは波打つように蠢き、物欲しげにきゅうきゅうと吸い付いてくる。根元まですっぽり収まると、緊張から解かれるようにお互いに息を吐いた。全身から汗がどっと噴き出す。本来、排泄器官であるそこを使うときは特に神経を使う。テリーの鍛え上げられた腕には生理的な反応として鳥肌が立っていた。
この一晩で内部はすっかりロックの性器の形に馴染んでいた。テリーの肉体に負担をかけていることはよくわかっていたが、中はやはり格別に気持ちがいい。鍋の中の熱せられたバターのようにコンドームごと蕩けてしまいそうだった。
ロックがうっとりしながら入り口の浅いところを擦ると、テリーは僅かに唸った。広がった部分を親指で優しく撫でる。皺を広げるように一つ一つのひだに丁寧に触れるとテリーの臀部が小刻みに震え、締め付けが強くなった。先ほどまでくたびれていた大きなペニスも反応を見せる。
「あ…」
テリーは消え入りそうな声で鳴くと、すぐに唇をきつく噛んだ。普段はあんなに声が大きくて溌剌としているのというのにセックスの時だけは驚くほど静かだ。いつものように豊かな方法であらゆる感情を伝えてはくれない。漏れる声を噛み殺そうとする唇はどこか自分でも反応に戸惑っているようにも見える。そして、それをロックは少し寂しく思っていた。
テリーがこの関係の全てを受け入れて、大事にしてくれていることは疑いようもない。ロックのために許してくれている行為なのだということは痛いほどわかっていた。それ以上願うのは過ぎたことなのだろうとも思う。でも、出来たら———テリーも気持ち良くなって欲しい。自分だけではない。テリーも一緒に感じて欲しい。テリーを気持ち良くしたい。そして、それを伝えて欲しい。惜しげもなく全てを余すことなく自分に見せて欲しい。自分だけに、あらゆる方法、あらゆる態度、あらゆる反応で。二人の過ごした月日の中であらゆる術を教えてくれたみたいに。
「なぁ、テリー」
「声、聞かせてくれよ」
ロックが背後から唇を寄せてテリーの耳元で囁く。
「雨で俺にしか聞こえねぇよ」
「お前…」
何言ってんだ、と掠れた声で抗議する。過去にも何度かこの手の話をしたことがあるが、その度、そんなことはいいと一蹴されてしまっていた。俺の声なんてどうでもいいだろ、と。普段は気さくでおおらかな人だが、こうなると頑ななのでロックはそれ以上、何も言えなくなってしまう。
俺の声なんて———またいつもの調子で言い返されそうになったので、ロックは先ほどより強くテリーの敏感な部分にペニスを押し付ける。
「…!ああっ…!」
耐えきれなかったとばかりに声が漏れ出る。テリーは振り返ると、恨みがましい視線をこちらに向けていた。
「テリー」
「…」
「可愛い」
ロックが思わず呟く。つい笑顔が溢れてしまった。自身よりずっと年上で、圧倒的にたくましく男性的なはずなのに、こんな風に思ってしまうのが不思議だ。でも精悍な顔で子供のように耳まで赤く染めてるのも、透き通る碧眼を潤ませて睨みつけてくるのも、本当に心から可愛らしいと、ロックは思っている。
「テリー、こっち向いて」
「…」
テリーは何も言わない。だが、上半身を器用に捻ると、繋がったままロックに向き直った。前髪がパラパラと額に落ちる。ロックはテリーの臀部をそっと押し上げると、自身の性器を深く入れ直した。テリーが息を呑む。
「テリーの声、もっと近くで聞かせて」
ロックはテリーの朱に染まった耳にキスをする。テリーは目を細めた。
突如、テリーはロックの腰を強靭な太ももでガッチリと締め上げた。絞り込まれたウェストが軋むほどの強い力で。テリーの大腿部の筋肉が岩のように硬く隆起する。一体何事が起こったのか、理解が出来ないロックは情けない声を上げた。
テリーはそのまま横に転がすと逆にロックを組み伏せる。ロックの赤い瞳が大きく見開かれた。信じられない、というように何度も瞬きを繰り返す。
「テ、テリー?」
「ヘイ、ルーキー」
テリーが端正な顔を近づける。イタズラを嗜めるような口ぶりだ。
「ちょ、ちょっと」
「どうした?」
影の中でテリーの碧眼が煽るように煌めいていた。この巨躯を力一杯押し退けようとするが、完全にマウントを取られてしまい、びくともしない。テリーはロックの唇に噛み付いた。軽く歯を立て、もぎたてのプラムを喰むようなキスだった。刺激的な愛撫に電気がショートしたみたいにロックの体が強く跳ねる。
「随分生意気言うようになったじゃないか」
テリーは笑うと、ゆったりと腰を揺らし始める。
「うっ…!」
ロックは思わず唸った。予測の出来ない動きはすぐにでも射精しそうな衝動に駆られる。テリーが後ろに手をつくと、二人の繋がっている部分がくっきりと見えた。そこだけ赤黒く目立ち、白い肌に妙に生々しい。まるで別の生き物がくっついているようなそんな凄みがある。直視するのは憚られる猥褻さだが、テリーに見せつけられ、ロックは思わず釘付けになってしまった。自身の雄が一回り大きくなる。
テリーが自ら腰を上下にピストンすると、大きなペニスがそれに合わせて揺れた。困惑するロックを揶揄うように下腹をグッと引き締めるようなこともする。扇情的な景観と強い収縮に意識ごと全てを搾り取られそうになってロックは必死に抗った。背骨が鳴く。
「テ、テリー…」
「なんだよ」
「イ、イっちまうって」
「いいぜ、イっても」
イけよ、とテリーが挑発する。動きは一向に緩めない。ギシギシ、とベッドの軋む音が雨音よりも部屋に響く。
「もう……!」
「…い、いい加減に…!」
たまらずロックは下から腰を突き上げ、反撃に出る。テリーは自身のポイントを強くノックされ、声を上げた。快楽から逃れるように姿勢を前に崩す。その隙をついてロックは上半身を起こすと、テリーのどっしりした腰まわりを両手でしっかりと掴んだ。
「やるな、ロック」
「…大人気ないことすんなよ」
ロックの息が弾んでいる。テリーは手の甲で汗を拭うと、楽しげに笑った。
「こういうのもたまにはいいだろ」
お互いに下半身を絡めながら向かい合う。テリーがロックの細い首に丸太のような腕を回した。ロックが潤みのある瞳で見上げ、キスをしたそうに口元を緩めると、テリーがそれに合わせて唇を重ねる。ねっとりと舌を絡ませた口腔内を唾液で溶かすようなキスにロックのペニスが根元からビクビクと震えた。
ロックは両手で掴んだまま、自身のものよりみっちりと厚みがあるテリーの腰をゆっくりと前後に揺らす。結合部分を優しく押し揉むようにすると、テリーの中が切なげに締め付けてきた。
「あ…あ…」
テリーは断続的に小さく鳴く。ぷっくりと張った下唇がか細く揺れ、声が出るのを抑え切れないようだ。
「テリーのイイとこ、ココだろ?」
「……お前……」
「テリーの声、聞きたい」
「…」
テリーがロックを見つめた。ロックは真紅の瞳を返す。意志の強さをそのまま色にしたみたいな赤が真正面からテリーを見据える。揺るがぬ眼差しにテリーはため息を吐いた。
「…嫌なのかよ」
ロックの問いにテリーは小さく首を横に振る。
「テリーも気持ち良くなって欲しい」
「…」
「テリーが気持ち良くなってるの、見たいんだ」
「ロック…」
「好きだったら……テリーだって、そう思うだろ?」
「…まぁ」
そうだな、とテリーは渋々と言った様子で同意する。
「しかし、おじさんの喘ぎ声なんて聞かせてもなぁ」
その言葉にロックの陶器のように滑らかな眉間に深い皺が寄った。
「そんな風に言うなよ」
「テリーだから聞きたいんだ」
ロックはキッパリとした口調で言い切った。なんの疑念も抱かせない誠実な言葉が耳朶を打つ。テリーは観念したように目を閉じた。
「OK、わかった」
「テリー?」
「お前にそこまで口説かれたらな」
ロックの肩に頭を預け、テリーはゆったりとした仕草で笑みを浮かべる。目尻に微かな皺が現れた。
「いい男になったな」
雨が上がったばかりの空みたいに透き通った瞳を向けられる。優しい表情にロックもつられたように柔らかく微笑んだ。この瞳に見つめられると胸の奥の方から温かなものが湧き上がってくるのがわかる。
「全部テリー仕込みさ」
その言葉を合図にロックがテリーの腰を揺する。テリーも動きに合わせて、ピストンを加えた。自ら快楽を追うように動く。奥に当たると、掠れた声で喘いだ。テリーの体は赤みが増し、表情は欲望を隠さない。碧眼が雨を含んだみたいに潤んでいる。大きくそそり立ったペニスの先からは粘度のある露が溢れていた。ロックの腹に触れて、一筋糸をひく。収縮が一段ときつくなった。固い拳で締め上げられながら握られてるみたいな力で、気を抜けば一気に達してしまうだろう。
「んん…」
鼻から抜ける声にロックはテリーの体をより強く抱き締める。テリーはロックを抱え込むようにしてそれに応えた。お互いから滴る汗がロックの目に沁みる。
「あ…っ」
艶のある声。テリーの吐息が耳を撫でる。鼓膜まで届くその甘い感触にロックはかつてないほど昂った。もう限界だ。
ロックはテリーを抱いたまま、後ろに押し倒す。テリーはそれを受け入れるようにロックの細い腰に今度は優しく足を絡める。二人が繋がっているのは一箇所なはずなのに、お互いの肉体の暖かさが全身に満ちた。
ロックはテリーの大きく節くれだった手のひらの中に自身の骨ばった指を滑り込ませた。そのままお互いの指同士を絡める。
「ふふっ」
テリーが顔を綻ばせた。
「手、デカくなったな」
「今言うことかよ」
ロックが苦笑いを浮かべた。
「テリー」
「好きだよ」
ロックは何度も繰り返した。この窓を叩く雨垂れのように。
雨はまだ上がらない。この時期のヒューストンは局地的に強い雨が降る。
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