高く昇った太陽がストーンガードの石畳を明るく照らし出す。少し踵のある彼の靴は、こつ、こつ、と小気味よい音を立てて、オルベリクの前を歩いていた。隣に銀髪の令嬢を伴って。
「もう体は大丈夫かい?」
「はい。薬師の方にとても親切にしていただきました」
「ああ……。大きな怪我はなかったとはいえ、拘束されていたからね。女性の肌に傷痕が残ってはいけない、と熱弁していたよ」
令嬢――テレーズは少し頬を赤らめ、うっとりするような目でサイラスを見上げている。自分は彼女のトランクを運ぶために同行したが、席を外していたほうがよかったかもしれない。なんとなく気まずいような、いたたまれないような心地になりながら、気配を殺して静かに二人の後を歩く。
テレーズはサイラスが勤める王立学院の生徒の一人であり、彼が旅に出るきっかけを作った張本人でもある。しかしサイラスはテレーズのことを悪く言うことはなく、むしろ良い転機になったとあっけらかんと語っていた。まさかそのテレーズが、サイラスに危険が及ぶと聞き知って、こんなところまでやって来るとは想像だにしていなかった。サイラスを助けたせいで危機にさらされた彼女を救出したのが、つい一週間前のこと。その間にトレサに頼み、知り合いの商隊の馬車に同乗させてアトラスダムまで送り届けるよう手配してもらったのだ。
「あの、先生……お聞きしたいことがあるのですが」
「なんだい?」
「……」
躊躇うような沈黙の後に銀髪が揺れて振り返る。オルベリクと目が合うと、怯えるようにさっと逸らされてしまった。女子供に好かれるような容姿ではないという自覚があるので、却って申し訳ない気持ちになったが、次の瞬間に放たれた言葉には目を剥いた。
「こちらの方と……先生は、どのような関係なのですか? もしかして、お友達以上の……?」
背中にじわりと嫌な汗が滲んだ。決して、悟られるようなことはしていなかったはずだ。元々二人は人前で積極的に愛情表現をするたちではないし、仲間達が告げ口をするはずもない。頬を強張らせるオルベリクに対して、サイラスは普段通りの涼やかな面持ちをしていた。
「キミの質問の意図が分からない。どういう意味だい?」
「あ、えっと……ごめんなさい。先生とこちらの方が親しげにお話されているところを、宿の窓から見てしまったんです……。なんとなく、雰囲気がただのお友達ではないように見えて……」
「ああ、そういうことか。そもそも友情と愛情は別の性質を備えているから、どちらが上か下かという比較は適切ではないと私は考えているが……確かにキミの言う通り、私と彼は交際しているよ」
「……!」
態々、よりにもよって自らに想いを寄せる者に言う必要があるだろうか。上手く誤魔化してしまえばよかったのに、それができないのがサイラスという人間だった。オルベリクは胸中で頭を抱えながらも、下手に口出しをして墓穴を掘る真似はしないと唇を引き結ぶ。せっかく療養していたというのに、テレーズの顔はすっかり真っ青になってしまっていた。
「ど、どうしてこの方なのですか? ご職業も違いますし、その……失礼かもしれませんが、とても意外に感じます」
彼女がそう言いたくなるのも頷ける。華やかで美しく、学があり、強い信念と穏やかな人柄で他者を惹き付けるサイラスが太陽だとするなら、オルベリクは土に埋まった芋のようなものだ。本来なら決して手の届かない存在が、どうして自ら好んでオルベリクの隣を歩こうとするのか、実のところ自分でも未だによく分かっていない。
しかしサイラスはあっさりと彼女の疑問に答えた。その声色はやはり普段と変わらない、柔らかく耳に心地良いものだった。
「意外だからかもしれないね。キミも知っての通り、オルベリクは剣の扱いに長けた騎士だ。生まれも育ちも自分とは大きく違う……だが、異なるからこそ面白いんだ。彼といると常に刺激があって楽しいのだよ」
「そうなんですか……」
「それに、意外と私達は似ている部分もあるんだ。考え方の根底の部分が近いというかな……だから一緒に居ると心地良いんだ。不思議なものだよ、もっとたくさん話してみたいと思うのに、黙って隣にいるだけでも充分に感じる。きっとこの矛盾が恋と呼ばれるのだろう」
言っているサイラス本人には一切の恥じらいがないというのに、聞いているオルベリクの方が照れてしまいそうだ。そわそわしてしまって、意味もなく腕組みをする。テレーズは縮こまりながら軽く頭を下げた。
「……先生のお考えはよく分かりました。失礼なことを言ってしまってごめんなさい」
「いや、構わないよ。……キミもいつか誰かを好きになる日が来るかもしれない。参考になるかどうかは分からないが、そういう意見もあるのだと思ってくれ」
「……はい、ありがとうございました」
わずかに声が震えていたが、テレーズは笑みを浮かべていた。そうしている内に街の入口に商隊の馬車が見えた。テレーズはサイラスとオルベリクそれぞれに頭を下げて、馬車に乗り込んでいった。
「……難儀なものだな」
「どうして?」
馬車が見えなくなるまで見送り、オルベリクはぽつりと言葉をこぼす。憧れの男に恋人がいると告げられた挙げ句に、今後の参考にしろと宣われるのだから、少女の心中は複雑なはずだ。それでも最後まで笑っていたのは彼女なりの矜持か。罪深い恋人のこめかみを軽く指で小突いてみせる。
「いたっ」
「……この辺りの山道は険しい。馬車を使えば確かに足は楽になるが、酷い揺れに悩まされることになるだろう。楽な道のりではない、という意味だ」
「ああ……まあ、それは彼女も承知のことだろう。無事に帰れることを祈るよ。ところで、何故いま私の頭を突いたのだい?」
「自分の胸に手を当てて、よく考えてみることだ」
サイラスは不服そうに頭を擦りながら、オルベリクを見上げている。なんとも危なっかしい人だ。彼が刺されないように守るのも、騎士の仕事なのかもしれない。
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