スサ
2025-06-13 19:16:17
2147文字
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【ゲ】豊漁を呼ぶ鬼太郎の話

港に鬼太郎が来るととんでもない大漁になる、とかがあるといいなと思った話です。モブ漁師が出ますがマジきたろーさんリスペクトっす!みたいなモブなので害はありません。


 海鳥が騒いでいる。
 それが普段と違いすぎて、何事かが起こっているのではと足早に港に急いだ。小さな港だが、地域の食と職を支える大事な場所だ。忠志は野球帽をぐっと被り直して駆け足になる。
 特別波が荒れているわけではない。だが、凪でもない。防波堤に、普段は追い払っても湧いてくる釣り人はいなかったが、かわりに、一人の子どもが立っていた。半ズボンに、黄色と黒の目立つベストとのような、袖無しの半纏のようなものを着ている。よく見れば足元は下駄。酔狂な、と眉をひそめる。
「こら、危ないだろ!」
 見かけない子どもだ。しかしちゃんと注意してやらねば、と忠志はドスドスそちらに歩み寄る。子どもはこちらを振り返るようなそぶりを見せた。
?」
 キュー、と鳥の声。かなり鋭い声だった。忠志は思わず足を止める。
 カモメが空を滑り落ちるように、子どもを一直線に目指している。
「危ねえ!」
 忠志は声を上げ走り出す。だから言わんこっちゃない、と舌打ちするが、しかし、信じがたい光景が。
 子ども──少年の、藍染のような鈍い青に包まれた細い腕が上げられた。ますます危ない、と叫びそうだったが、なんと、カモメはその、差し出すように伸ばされた腕に止まったのだ。
 飼いならされた鳥ではない。平和なイメージもあるが、その実猛禽類だ。
 そのカモメが、まるで文鳥かなにかのように少年に懐いて、身を寄せている。少年も慣れた様子でカモメを撫でているではないか。忠志はポカンとした。
なにか?」
 そうして、ようやく少年がこちらを見た。片目が長い前髪で隠れている。半ズボンが寒そうに見えるが、いたって平気そうだった。
「あ……、」
 忠志は正直何を言うべきか迷ったが、しかし、ぐっと踏ん張る。
「そこは漁協関係者以外立入禁止だ、それに下駄なんて、危ねえだろ」
 少年は瞬きしてから肩をすくめた。腕を上げ、おいき、とカモメを放つ。カモメは何回か少年の頭上を旋回した後飛び上がり、そのまま離れていくのかと思ったら、なんと忠志の方に糞をしてきた。
「うおっ!?」
 ギャッと身を引けばギリギリ体にかかるのは避けられたものの、長靴は間に合わなかった。
 少年はそんな忠志を興味深げに見ている。
……ひょっとして、君、タカシじゃないか」
 不様を笑う気かと身構えていた忠志に、静かな質問が飛ぶ。それで忠志は毒気を抜かれてしまった。
………、孝志は俺の父ちゃんだ、おまえ、誰だ?」
 父ちゃん、とそこだけ繰り返して、少年は深く頷いた。その様子はなんだか妙に落ち着いていて、まるで、大人と相対しているかのようだった。
 そして、忠志の質問には答えぬまま、少年はこう言った。胸元から手紙をぴらっと出して。
「タカシに呼ばれて来たんだ。案内してくれないか?」

 どう見ても胡散臭かったが、それだけではなく、どこか畏怖を覚えるような、うっすらとした不気味さがあり、忠志は、この時間なら組合にいるだろう父の許へ少年を案内した。カランコロンという音がついてくる。下駄を最後に履いたのがいつだか思い出せないくらい、忠志には物珍しく感じる。
 名前を聞くべきか、手紙とやらの真偽を確かめるべきか、あれこれ考えつつも、結局忠志は何も言えなかった。少年からは敵意を感じないが、相変わらず海鳥達が騒いでいるからだ。さっきの二の舞はごめんである。
「オヤジ、なんか、オヤジに客だっていうんだけど」
 古いドアをあければ、そこには父の他、父と同世代の口やかましい先輩達が数人いた。
「おう、忠志、母ちゃんに……、客?」
 息子の顔を見るなり口を開いた男は、途中ではた、と言葉を切る。酒焼けしたどら声が次に発したのは、驚きと喜びに満ちた「鬼太郎さん!」という言葉だった。
「きたろう?わっ」
 誰だそれ、と首を傾げる息子を押しのけるように、大股で歩みよってきた年配の男は、青い服に黄色と黒の縞々のベストを身に着けた少年の手を取り、ぶんぶん振る。
 男は、その黄色と黒の縞々がベストではなくちゃんちゃんこと呼ばれるものであることをしっている。
「来てくれたんですね、鬼太郎さん!」
 鬼太郎が頷いて答えるより前に、彼は少年の手をがっしり掴み、仲間達を振り返った。
「みんな、鬼太郎さんが来てくれたぞ!これでひと安心だ!」
「鬼太郎さんだって!?」
「鬼太郎さんが来てくれただか!?」
「鬼太郎さんだ!」
 あまりの盛り上がりに忠志はぽかんとした。高校を卒業と同時に父と同じ漁師の道へ進んで数年。普段強面であまり笑わない父が、同じく頼りにはなるがなかなか厳しい父の仲間達がまるで少年のようにはしゃいでいる。宴会の時だってこうではない。
 一体、キタロウとは何者なのか
 呆気にとられていた忠志だったが、父の「ボサっとしてんでねぇ、母ちゃんに知らせてこい!」の声でビシッと背筋を伸ばし、慌てて外に飛び出した。電話をするにしたってうるさくて聞こえないだろう。
 彼はまだ知らない。「母ちゃん?、キタロウさんて子が来てるんだけど」と伝えたら、通話口で母が「鬼太郎さん!?」と歓喜の悲鳴を上げ、耳を塞がねばならなくなることを。