eclipsis
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Public SSS置き場
 

ミホペロ/白昼夢の話

※二人の子どもネタ


「こっち、こっち来て」

 見慣れた根城に、不本意だが聞き慣れてしまった声がする。しかしそれは、いつもと違う位置から聞こえていた。
 おれの膝あたりからゴースト娘の声がする。下を見ればピンク色の丸い頭がある。娘は随分縮んで小さくなった手で、おれのズボンを掴んでいた。

「こっち、あたしのおしろ。はやく来て」

 ゴースト娘はおれに臆すること無く、何やらねだっている。実に不本意だがこれも慣れてしまった。同居生活というものは厄介だ、小さい手に諦める気は無いのだろう。引かれるままに着いて行くことにした。ピンク色の結った髪が二つ、歩く度にひょこひょこと揺れている。
 うっかりすると蹴飛ばしそうな位置にいるゴースト娘に少し妙な感じを覚えるが、特に考えることも無い気がする。
 ここは何が起こってもおかしくない偉大なる航路。そしてとりわけ辺鄙な地である我がシッケアールだ。こういうこともあるのだろう。

 尚もゴースト娘はおれを引きつれて歩く。何処へ行く気なんだと薄ら思ったとき、目の前にテントが現れた。子ども用のちゃちなテントである。その側面には布製の看板が縫いつけてあった。
……の おしろ』
 名前が掠れて読めない。ゴースト娘は縮んだ分、字も上手く書けなくなったようだ。……戯れに頭を撫でてやろうかと思った。ピンク色の頭を見下ろそうとしたら、それはテントの中へ消えていく最中だった。

「はやく!」

 甲高い声がテントから響きおれを急かす。戯れはする気が無くなった。次の甲高い声が響く前におれもテントに入ることにした。娘のあの声は耳に障るのだ。

 膝をつき身をかがめるようにしてテントの中へ入ると、そこは様々な玩具などで飾られた空間だった。天井からは星や月が吊り下げられ、所々に飾り布がパッチワークされて色々な柄を見せている。間違いなくゴースト娘の趣味だろう。謂わばここは、このちっぽけなプリンセスの城、聖域なのだ。現に姫はテントの真ん中という特等席にいて、お供のぬいぐるみを持っている。

「パパ、この子うごかして」

 ゴースト娘がぬいぐるみを押しつけてきた。受け入れ難いものがあり、おれは対面する娘を睨んだ。

……貴様のパパとやらは、モリアだろう」

 ぬいぐるみも嫌だが、この人違いには何より鳥肌が立ちそうだ。咎めるおれにゴースト娘は真ん丸の瞳を瞬かせ、きょとんとした顔になった。

「モリアさまは、ジィジだよ。パパはパパでしょ」

 そう言うとゴースト娘はおれの手に小さい手を重ねてきた。さも自分の言うことが正しいというような仕草である。モリアをジジィと言ったのは愉快だが、凡そが到底理解できない。しかし、こうも無防備に触れてくる者を退けることも出来なかった。ゴースト娘はこんなに近い存在ではないのだが。こんな、膝に乗り上げて来そうな程の。

 ゴースト娘は突如おれの前に現れた存在だ。それ以上でも、それ以下でもない。況して出自など考えたことも無かった。モリアのことは慕っているようだが、本当の父ではない。無から湧いて生まれた訳もなく、娘にも血を分ける父や母がいるのだ。

「パパ」

 小さなゴースト娘がごく自然におれの膝にいる。甘えるようにこちらを見上げたせいで、娘の首元がよく見えた。そこにキラリと光る物がある。黄金の十字架。いや、まさか。

……貴様の父や、母というのは…………」 

 問いかけるおれの声が不明瞭になった。辺りが白くぼやけていく。十字架だけが最後まで光っている――



「こんな起きないのも珍しいよな? ……ミミズとか置いたら起きたりして。ロロノア、やってみろよ」
「ア? 何で俺がやるんだよ。言いだしっぺがやれよ、ホラ」
「キャーーー!! こっちに持ってくんな!!」

 顔に伏せて置いた麦わら帽子越しに会話が聞こえる。最後の悲鳴などは麦わら帽子を容易くつんざいた。おかげで起きたての頭がはっきりと覚醒した。
 畑の木陰が心地良かったから、休憩がてら一眠りしたのだ。そしてどうやら結構眠ってしまったらしい。起き上がって見る視線の先の、悪ガキ二人が何か企てようと思う程に。
 おれは立ち上がり、二人に近づくことにした。まだ午後の畑仕事が残っている。歩み寄るおれの気配に二人が気づき、少したじろいでいる。

「ロロノアはあそこの瓦礫を退けてこい」
「ハ?! なんであんな畑の端っこのほう……
「畑を拡張する。力仕事は修行にもなるだろう、さっさと行け」 

 有無を言わさず指示を出せば、ロロノアは渋い顔をしながらも瓦礫へ向かって行った。実際、畑の拡張も修行も別の日のメニューだったが、今でも良かろうと何となく思った。
 畑の真ん中には、おれとゴースト娘だけが佇んでいた。娘は陽に弱いくせに麦わら帽子を被らず、紐で首の後ろに下ろしている。ピンク色の頭が、よく見える。ブラウスを着て首元にはネクタイがある。光るものは見つからない。

「な、なんだよ。イタズラは未遂だったんだから怒るなよ?!」

 図らずもおれはゴースト娘をじろじろと見てしまっていた。ゴースト娘からは当然抗議の声が上がる。……おれは一体何を見出そうとしたのだろう。少し額の辺りが痛む気がして手を当ててみた。

 痛みの原因は寝過ぎたせいだろうか。紐解くにしても白昼の夢があっという間に消えていく。――それで良い。おれは何某かを確かめるほど、夢のことを、ゴースト娘のことを、まだ知り得ない。