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モリア様と七武海/ジンベエ
ジンベエにとって陸地で驚くことは然程無い。
愚かしいことは目に余る程あるが、そんなものは毅然として跳ねのければ良い。好奇、怖気、詮索。人間たちのそういった視線は、七武海として召集されたジンベエに注がれた。驚くことは無い。ただ己に課された役目を果たすのみ。様々な視線が惑う召集のなかでも、ジンベエは真っ直ぐ堅固だった。
ざらついた時間が過ぎ、召集は凡そ滞りなく終わった。ジンベエは海軍本部から去るために建物内を進んでいる。用が終わればこの地に留まる意味も終わる。退屈で意義はまだ成しえない用だった。しかし、知らずに息が詰まりそうだったのかもしれない。ジンベエは玄関の大扉へ続くホールへ着いた時に、進む足が気持ち速くなった。
ホールの床は磨かれていて、ジンベエの影が照明の光と一緒に映っている。己の前方へ伸びるその影をジンベエがふと見た瞬間、異なる大きな影が被さっていた。
音もなく現れたそれにジンベエは反射的に振り返った。大きな影はどの影よりも濃く、ジンベエの後方から出てきている。床に這いつくばる巨大な影のその先を見た。そこには、引けを取らない大男が居た。
先の召集で顔を合わせたゲッコー・モリアだ。
その大男は静かに歩きジンベエへ近づいた。モリアの視線はジンベエを見ているようだが彼を通り越し、玄関の大扉を見ているようでもあった。モリアもこの地から去る途中なのだ。ジンベエはそう勘づくのと同時に、妙な異変に気を取られた。
近づくモリアは巨躯を揺らして進む。大きさなら魚人族にはもっと巨大な者が居る。陸地で驚くことは無い。ただ、モリアから連なる影と気配にジンベエは、気を取られている。それらは死の香りがしていた。底冷えのする深海と僅かに似て、飲み込むような黒色を湛える。しかしジンベエの知る海には無い香りだった。陸地では際立って主張する。
「
…
海侠ってのは礼儀がねェのか。いつまでそこで突っ立ってやがる」
立ち尽くしているジンベエにモリアが言葉を投げた。その声にハッとしたジンベエは、上空にある大男の顔と思わず視線を合わせた。高い位置にあるモリアの目元は奥まった洞窟のように暗い。死が、影が溶けてそのままそこへ根付いているような暗さだった。
「
…………
」
ジンベエは無言で視線を外し身を引いた。モリアが言ったことは尤もで、彼の進行をジンベエは突っ立って邪魔していた。そして何よりも、得体の知れない怪しいものを刺激したくない警戒心が勝り、身が動いた。
道を開けたジンベエにモリアは嘲笑うような笑い声を出し、通り過ぎていく。金属を擦る音に似た声色は独特で不穏な響きだった。ジンベエは背筋が僅かにゾワゾワする感覚を覚えた。
モリアはゆったり歩き去る。威厳をもった歩速というより、怠惰にみえる歩速だった。徐々に自分から遠ざかるモリアを見届け、ジンベエは少し緊張を解いた。
認めたくはないが、恐怖があった。陸地では久しぶりに味わう心地である。開かれた大扉からモリアが出ていく。その背中をジンベエはじっと見据えた。恐怖は未知から生まれる。このまま分からず仕舞いは不味い。モリアの正体を見極めようと思った。
屋外に出たモリアの歩み方はやはり怠惰だったが、観察する視点だと黒い衣服に包まれたその体格に目が留まる。怪しい死の気配は薄まらない。しかしその色濃い死の奥に、埋もれた真っ直ぐな背中をジンベエは見た。それは戦う者の名残だった。背筋が丸まっていない。揺るがない背筋は四肢を自在に奮うよりも、獲物を用いていたものに思える。モリアの腕を見た。不気味に長いが存外に太く、手に至ると大きくて節が張っている。大太刀を携えても劣りはしない姿が浮かぶ。不意にモリアの在りし日を垣間見た。
するとその時、大男の歩速に宿る怠惰が、ジンベエには敗れた者が抱える執着として映った。
「
……
惜しいのぉ」
ジンベエはぽつりと呟いた。随分遠くなった男の背中に向けられたその言葉は、当然モリアには届かなかった。死と影を伴いモリアは、ただ歩き去っていく。
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