【スタゼノ】some rumors

酔っ払ってスタンリーの唇を噛んだゼノと、その傷跡を愛しく思うスタンリーの話。
6/12の恋人の日に合わせて書きました。

 毎回ではないのだが、ゼノは酔うと記憶が吹っ飛ぶ。それはそれは都合よく、彼にとって不都合な時にだけ。だから俺はあまり恋人に酒を進めないのだが、あの男だってたまには酔いたい夜もあるのだろう、昨晩は二人で行ったレストランでキンキンに冷やされたバドワイザーを飲み、話題になってたテレビ映画を砂漠地帯のモーテルのソファに寝転がりながらやっぱりバドワイザーを飲みながら見て、そして彼はエンドロールが始まる前にそっと俺に寄りかかったのだった。スタン、ずっと君に会いたかったよって、信じられないくらい素直に目をとろけさせながら。酒のせいでか? と俺は疑ったが、正直なところ別にどっちだって良かった。だから俺は彼が望むように、いつもより少々乱暴に彼を抱いてやった。ワイシャツで隠れるか隠れないかぎりぎりのラインに噛み跡を残し、一番深くまで交わった。きつくきつく抱き締め、絶対に離さなかった。
 でも、そんなのは普通の恋人たちだってすることだろう? 俺たちが特別放蕩だったわけじゃないだろう? 別に身代を潰しちまったわけじゃない、資産の運用はちゃんと凄腕の専門家に任せてるし、俺はちゃんと特殊部隊の隊長として困難な任務を全うしている、合衆国のために尽くしてる。ゼノだって、NASAの科学者として誰も理解出来ないような小難しい研究に没頭して、科学の発展ってやつに身を捧げてる。ただ、ゼノはというか俺たちはというか――まぁどっちだっていいのだが――は、時折痺れるくらいヘビーに、人よりずっと深く抱き合うことがあったのだった。明日に待ってる仕事のプランなんて考えないで、ただ本能的にお互いを求めてファックすることがあったのだった。
 けれど、だからどうだっていうんだろう。俺たちは随分前にティーンを終えたとはいえまだ社会じゃ若者の部類にいて、だから馬鹿をやっても少しならば許された。俺の場合キスマークを付けて出勤したって、上官にはスナイダー、お前は若いなって許されるだろう。
 だからまぁ、これくらいならばいいなって俺は思ったのだが、散々ファックした翌朝俺の顔を見たゼノは白い肌を更に真っ青にして「僕がやったのかい?」と信じられない、と何故か俺を責めるように言った。俺は当時の状況をあまり深刻には考えていなかったので、それに「そうだろうね」と答えた。まだ口の端は痛み、じくじくしたが、それはそれで昨日の夜のことを思い出させて良かったので。
 そう、俺は他でもないゼノに噛みつかれて、唇の端を切ってうっ血させてたのだった。熱心なキスの跡を隠しも出来ないところに作られて、その熱烈な愛情をどこかで喜びながら。
 
 
「せめて絆創膏を貼ってくれないか」
 顔を洗い、ヒゲを剃り、普段着に着替えてまだ人がまばらなモーテルの食堂で朝食のマフィンとコーヒーを口に入れていると、正面に座ってオレンジジュースを手にしたゼノがそう言った。彼はまだ食欲がないのか、ヨーグルトとベリーソースがかかったシリアルをスプーンでかき回し、それを無作法にも、たまに掬っては戻すを繰り返していた。
「なんで? そんなに目立つ? あんたのキスマークじゃん。俺にとっちゃあ勲章みたいなもんだろ?」
 ワゴンから取ってきた、ぱさついた安いマフィンの二つ目のパッケージを開けながら言うと、彼はいつもより余裕なく、ここは食堂だよスタン、って俺を叱った。どうやら、今日は朝からジョークは聞きたくない気分の日らしい。
 それにしても、ジョークすらなしか。俺たちはこれからともに空港に行って、別々の便に乗ってそれぞれの職場に戻るっていうのに、何ともさみしい朝だ。昨日の夜のようにとは言わないが、それなりの甘ったるさが欲しかったのに。
「仕事を抜けてきたんだろう? なら部下に示しがつかないだろう」
「隊長が馴染の恋人と熱い仲ってのはみんな知ってるぜ? 誰もからかわねぇよ。むしろイケてるって思われんよ」
 マフィンを頬張り言うと、ゼノは仏頂面のままシリアルを口に運んだ。多分、腹に何か入れておかないと頭が働かないんだろう。俺はナッツが詰まったエナジーバーで食事をすませなかった恋人に賛辞を送り、コーヒーを啜る。ゼノは合理的精神の塊だったから、こんなふうにコミュニケーションを取るための食事でもなきゃあ、俺が紛争地で食うレーションよりもまずいもの(ただし栄養は担保されてる)ばかり口にしていたので。
「俺はあんたがキスマークを見せびらかしてもいいけどね」
……キスマーク?」
「首筋の……あぁ、ネクタイを締めたら見えないのが残念だけどさ」
 あんたに恋人がいるって噂が立ったら、それだけで虫除けになっていいけどね。街中が俺らの話題で持ちきりになったって、それはそれでいいけどね。パパラッチが来たっていいじゃん、俺は喜んであんたとのキスを提供してやるけどな。
 俺がそんなふうに笑っていると、ゼノはため息を付いてワイシャツのボタンを止め、テーブルの上に置かれたオレンジジュースを飲んだ。手元のシリアルはまだ随分残ってて、彼が食事を終えるには時間がかかるなって俺は思った。でも、まだ朝は早いんだ、ゆっくり食事を取ろうとも俺は思う。食堂はやっぱり今もがらがらで、部屋の隅に置かれた時計が示す時刻は、みんながベッドで眠気と戦ってる頃合いだった。俺たちはそろそろ別れなくちゃいけないから、そんなふうにはまどろむことは出来なかったのだけれど。それはちょっとばかし残念だったのだけれど。
「やっぱり、飲むんじゃなかった」
「酔っ払ったあんた、セクシーだったぜ」
 まさか、あんなことをしてくれるなんて思っちゃいなかったから。
 そんな俺の言葉に、ゼノがこちらをねめつける。でも、怒ってる顔も中々セクシーだ。本心を探られないよう貼り付けた笑顔じゃない、感情を隠さない表情もセクシーだ。そんなふうにいつも俺を叱ってくれよって俺は思う。
「このままじゃ駄目だ、禁酒会に行ってメダルを貰うことにする」
「酔っ払うと恋人に熱烈なキスマークを付けちまうからって理由で?」
 うけんね。そう言うと、ゼノは大きくため息を付いて頭を抱えた。
 そんなに俺たちの情事の跡を誰かに見られるのが恥ずかしい? あんたを自慢することは立場上出来ないんだ、だったらそういう関係の奴がいるって証拠を仲間に見せびらかせてくれよ。そんなふうに思っていると、ゼノはどういうわけだろう、こんな事を言ってみせた。まるで何も考えてなかった俺を殴るみたいにして。
「君の同僚が僕以外の誰かを想像するかと思うと、嫉妬で狂いそうだよ」
 なぁそれってさ、俺にあんた以外のガールフレンドがいるって思われるのが嫌ってこと? 幼馴染みとしてしかあんたを同僚に紹介してない状況に不満を持ってるってこと? ならすぐにでもREAL IDカードの緊急連絡先を書き換えてやるよ、もう帰らない田舎の家の電話番号じゃなく、あんたの連絡先に全部書き換えてやるよ。
「あんたってさ、たまにすげぇこと言うよな」
「君のジョークほどのエレガントさはないけどね」
 ゼノはまたシリアルを口に運び、がらがらの食堂で頬杖をつく。俺はそんな彼を目に焼き付けるべく、繰り返しまばたきをする。
 噂はどこから来るんだろう? 別にそれがどこからだっていいさ、だって俺達の夢は昨晩叶ったんだから。久しぶりに愛しい恋人とお互いに触れるって夢は、あんたと叶えられたんだから。
 俺たちは段々と人が増えてきた食堂で、長々と食事を摂る。そろそろ空港に急がなくちゃならないのに別れ難くて、だから俺は口元の傷跡を、彼が昨日俺に口づけ歯を立てたそこを舐める。まるで密かにマスターベーションにふけるみたいに、そんなふうにして、彼が残してくれた皆の噂になりそうな傷跡を静かに舐める。
 さぁ、また新しい一日が始まる。俺はいつもの特殊部隊のきつい訓練を、あんたは俺には難しすぎる研究を始める。そんな一日が始まる。
 けどさ、そんな一日が終わる頃、夜になったらあんたにまた電話をすることにするよ。時差を考えてないってあんたは怒るかもしれないけど、俺の口の端の傷跡が隊でどんな噂になったか、あんたも知りたいだろうからさ。俺たちの噂が、どんなふうに広まってゆくのか、あんたも知りたいだろうからさ。



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