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シー・デイドリーム
甘え下手なロビンちゃんがジンベエ親分におんぶしてもらう話
その男が他者から貰った呼び名は、随分と物々しく響く。
『王下七武海』『海侠』
――
その言葉たちは一人歩きをして世に渡り、印象だけで言ったら厳めしい黒い瓦のようだ。しかもその男、ジンベエの見た目と風格はそれらに一切引けを取らなかった。寧ろその重い肩書きがしっくりと馴染み合うのである。
重い肩書き
……
長い間それに付きまとわれ悩まされたロビンですら、ジンベエに
纏
まつ
わるものたちに引きずられてしまっていた。けれど実際に接してみる彼は、それらとは全く違っていた。
大きな牙が突き出した貫禄のある口は、宴のバカ騒ぎでよく笑う。羽目を外しがちな年少組のクルー達の世話を焼きつつ、時にはノリを合わせて少しとぼけた一面を見せたりもする。
黒い瓦だと感じたものは、暖かいレンガ色に変わった。ロビン以外もそう感じたらしく、皆あっという間にジンベエのことが大好きになった。
日常の遊びの最中に、ジンベエが傍に居れば抱きついたりする。抱きつく、と言うよりはよじ登る。小山みたいな男の身体をそうやって登るのも遊び、という風に。特にルフィとチョッパーがこの遊びを気に入っていた。そして、珍しくナミも参加する時があった。
『おひさまの匂いがする!』
ジンベエの背中に抱きついたナミが発したその声は、離れた場所で眺めていたロビンの耳にも届いた。背中にべったり大きな子どもと小さなトナカイを乗せても、ジンベエは頼もしく笑ってみせる。
皆が笑っていてロビンは目を細めた。特にナミの笑顔が眩しくて、キラキラと輝いて見えた。
※
サニー号がとある島に着いた。
小さな島で次に目指す島へのログが溜まる目安は2~3時間程度。加えて長閑な村がぽつりとあるだけなので、クルー達は小休止することになった。
船番をする者、昼寝をする者、散策する者。各々が好きなように時間つぶしをしていく。ロビンは真っ先に散策へ出かけた。
船上で島の全貌が見えた時に、覗いた双眼鏡でとあるものを見つけたのだ。島の入江近くの岩肌、そこが人工的に削られているようだった。あれは十中八九、遺跡の名残だ。
そう思ったら確かめずにはいられない。ロビンは足早に進み船から離れていく。すると、その背中へ声が掛かった。
「わしも同行していいか?」
ジンベエが大股に歩きながら近づいている。振り返って見た先の意外な人物に、ロビンは長いまつ毛を揺らすような瞬きをした。
「ええ、喜んで」
間を置かずにロビンは返事をした。立ち止まっているとジンベエがあっという間に傍へ来た。ジンベエは頷く代わりのように口の端を上げて笑ってみせる。牙が独特な角度になって、愛嬌のある獅子みたいになっていた。
入江の近くに到着すると、ロビンの予想通りそこには遺跡があった。
風化してほぼ土と同化している石畳が島の入江から森林の中へと続いて、それに沿って歩くと朽ちた石壁や柱が緑に紛れ佇んでいた。苔や蔦が絡みついて一見分かりにくいが、古代文字が彫ってある。ロビンはそれらを見て取ると、小走りになって石壁へ近寄り睨めっこを始めた。
背の高い壁に指を添わせて文字を解読していく。古くぼんやりした色味の石壁でもロビンに飽きることはない。その間にも能力で手を増やし、持参したリュックから発掘道具を取り出した。解読する範囲がロビンの背より高くなると、また能力を使って近くの木へ登りだす。お誂え向きに木は石壁へ凭れるように生えていたので、枝へ座れば石壁の解読はすぐ再開できた。邪魔になってしまう小枝や蔦、苔は道具で優しく取り払っていく。
パキ、ガリガリ、パラパラ。ロビンが夢中で遺跡を調べる音が森林に響いた。そこへ、ズリ、ザラザラ、と違う音が鳴る。ロビンがハッとして見下ろすと、ジンベエが近くの石柱へ手を這わせて遺跡をしげしげと眺めていた。
「
……
ねぇ親分さん。お暇にさせてないかしら?ルフィ達はここから近いところで遊んでいるし、いつでも離れて大丈夫よ」
ロビンは朗らかな声でジンベエへ話しかけた。珍しく同行してくれた目上の男へ気を遣わせたくなくて、無意識に声は明るくなった。
「ン?
……
あぁ。いや、その心配には及ばん。正直なところ、しょっちゅうルフィ達の遊びに付き合っておるとな、流石に骨が折れる。こうやって静かに何もしないのもわしは好きなんじゃ」
ジンベエが僅かに首を傾げてロビンを見上げ答えた。喋りながら石柱をゆっくり撫でている。
「気を遣わせて悪かったな、ニコ・ロビン。そちらこそ、もし遺跡調査にわしが邪魔だったなら遠慮なく言えよ」
張りのあるジンベエの声はよく通って樹上のロビンに十分届いた。その声色は先程の彼女と似ていた気がして、ロビンは思わず微笑んだ。
「親分さんは、歴史に興味はある?」
「お前さんほどではないが
…
それなりに、だな」
解読作業に戻りながらロビンはジンベエに話しかけ、ジンベエも目の前の石柱を何気なく見つめながら喋った。
「色々見て、聞いて。その都度笑ったり泣いたりしたこともあったしなぁ」
張りのある声が微妙に落ち着いて染み渡る渋さになっていた。ロビンだけが感じた響きかもしれない。ジンベエは至って日常の雰囲気で喋った。けれどロビンは作業の手を止めて彼のことを再び見下ろした。彼の故郷や生まれ持つ種族の長い歴史に、そっと思いを馳せるために。ジンベエがその気配に気づいたのか、樹上から見つめているロビンと視線を合わせた。
「
…
まぁ、それで変に年寄りぶるつもりはないぞ!」
ジンベエはそう言い放ち、カラリとした笑顔を見せた。清々しい表情にロビンがつられて笑いかける。二人の間に穏やかに満ちた空気が流れていく。そこでジンベエが景気をつけるように、石柱を軽くポンと平手で叩く動作をした。するとその途端、白茶けた柱は崩れる音を出した。
「!! 危ないッ!ジンベエ!!」
見る見るうちに石柱は崩れ、落下する瓦礫の隙間からジンベエの驚く顔が見える。ロビンはとっさに能力で手を複数生やすとジンベエの身体を掴み、崩れる石柱から遠ざけた。その拍子に枝へ座っていたロビンは前のめりになった。バランスを崩した身体が木から滑り落ちていく。難を逃れたジンベエが尻もちを着いた体勢を戻したのと同時に、ロビンは地面へ落ちていた。落ちる瞬間にも能力を使ったのか花びらがふわりと舞う。倒れこむような酷い落ち方にはならなかったが、ロビンも尻もちを着いたような体勢だった。ズボンの裾から覗く足首が擦れて血が出ている。ジンベエは慌ててロビンへ駆け寄った。
「す、すまん!わしのせいじゃ!!早く手当を
…
!そうだ、チョッパーの元へ行こう!ほら、ロビン!わしにおぶされ!!」
ジンベエは血相を変えて一気にまくし立てると、半身を構えるようにしてロビンへ差し出した。その気迫にロビンはただ目を丸くさせるしかなかった。足首の怪我は実際運ばれるほど痛んでいない。
「あの、かすり傷だから大丈夫よ。大したことないわ。おんぶだなんて、その、私
……
えっと
…
、そんな風には
……
」
話すにつれロビンの言葉はつっかえて、小さく狭まっていった。それと一緒に彼女の肩も小さくなる。心なしか視線も頼りなげに下がっていく。その様子にジンベエの切羽詰まった焦りが自然と消えた。これらは単なる痛みによる変わり様じゃない。
ロビンは些細な傷を作った引け目で萎縮しているというより、おんぶをしてもらうことに引け目を感じているようだった。普段の彼女なら先ずしない遠慮だ。この場において、ジンベエの前においては、痛々しく際立つ。目の前にいるロビンをじぃっと見澄ましていると見えてくる。何か間違いをおかしたと、塞ぎこみ幼気に映った。
その姿はジンベエの心を強く動かした。
「そんな風も何も、わしから見たらお前さんも子どもみたいなもんだ!妙な遠慮は止せ!怪我を甘く見ちゃいかん!!」
ロビンの下がった肩を大きな手で包みこんで、ジンベエは力のこもった声を発した。それを正面から喰らったロビンは否応なく顔を上げた。顔を突き合わせているジンベエは、怒っているような困っているような、あるいは寂しそうな表情をしている。ロビンは何も言葉が出てこなかった。
怒号を浴びせられた事は過去に何度かある。どんなに大きな声でも、謂れのないそれらにロビンは動じなかった。けれど、ジンベエの張り上げた声はロビンを強く痺れさせる。その真意を知っているから痺れた。本当の仲間を知って、救いの手を心の底から知っているから、ジンベエのその大きさが嬉しくて、胸が一杯で返事は忘れてしまった。
瞬きも少なくロビンがただ黙っていると、ジンベエはハッと我に返ったような顔をした。不意に彼女の肩を包む手を素早く離したと思えば、また焦ったような顔になる。
「ッ、すまん!!こんな大声で、しかもお前のような思慮深い者に子どもなどと
…
!無礼が過ぎる発言だ、面目ない
……
」
今度はジンベエが肩を小さくして項垂れ始めた。小山に似た身体が音を立てるかのように萎んでいく。頬が赤くなって少し汗をかいていた。
見る影もない。けれど全てロビンのためだ。こんなにも心を動かしてくれる。はっきりそう感じ取ると、ロビンは穏やかに口元を動かした。
「
……
やっぱり傷が痛むみたい。ね、おんぶしてくれないかしら?」
そう言うロビンの顔は笑顔で満ちていて、ちっとも痛がってなどいない。そしてあどけなく秘密を打ち明けるような口ぶりでもあった。ジンベエはそれらを受けると、同じような笑みをロビンへ返す。萎んだ小山が元通りになっていた。
二人はどちらともなく手を差し出すと、一緒に立ち上がった。
「よし、上手く乗ったか?じゃあ動くぞ」
「ええ、お願い」
身を屈めるジンベエの背中にロビンが乗ると、彼はゆっくりと姿勢を戻して歩き始めた。その動作は一種の体術のような滑らかさで、ロビンに小さな振動が伝わってくる。歩幅に合わせ身体全体が左右に揺れるので、広い背中に腕を伸ばし掴まると頬もぴたりと背中へくっついた。
着物越しにジンベエの温もりと匂いがする。
『おひさまの匂い』
ロビンの頭の隅でナミの声がした。キラキラ輝くものと記憶していたその声は、今は温かな匂いに溶かされ柔らかく光る。そしてロビンにすんなりと馴染んでいく。こうして温かく染み込むと、やけに眩しく感じた理由が今さらながら分かった。
――
私、羨ましかったのね。
無邪気に遊んで楽しそうなナミ達の姿が浮かんで、ロビンは擽ったくなりはにかんだ。極わずかに震える程度の笑みでジンベエには分からない。ゆっくり、ただゆっくりと歩いている。ロビンは安らぎを覚えて目を閉じた。
ジンベエの温もりは包みこむようで、身を任せていると自然に呼吸が深くなる。次第におひさまの匂いと、海の匂いがロビンを優しく抱きしめてきた。
揺られる身体はその重みを無くし始めていく。ひたひたした波に預けて乗って、漂う。
ロビンは陽の光を浴びた海へ浸かっている。生まれて初めて、
揺蕩
たゆた
っているのを感じた。海はどこまでも温かった。
薄く瞼を開けてもどこか寝惚けた気分になって、ロビンの口は夢見心地にぼんやりと動き出した。
「
……
ねぇ、おやぶん。海で泳ぐってどんな気分?海流を掴むってどうやってるの?手に取った海には感触があるの?」
「ん? ハハハ!なんじゃ、急におしゃべりになったな。しかし、そうさなぁ。う~ん
…
わしは生まれた時から海におるから説明しにくいが
――
」
背中からポロポロと投げられる問いかけに、ジンベエはありのままに笑って答えてくれた。歩みはやっぱりゆっくりと、ロビンを揺らしながら落ち着いた口調で話し続ける。耳から入ってくるその声は彼女の聡明な頭の中で尽くほどけていく。目を閉じてみると、ロビンは再び海に包まれていた。
波間には穏やかなジンベエの声が渡っている。ロビンは優しく大きい海にずっと、ずっと浸っていた。
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