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モリア様と鷹の目
親バカなモリア様
率直に言うと海軍からの知らせはちり紙に等しい。
この海での出来事は新聞か、若しくは己の目で直接見てきた。それで事足りる。何より気ままに漂う自分にはそれが一番合っている。
だから小さな
蝙蝠
こうもり
が携えてくるそれを、いつも無視していた。けれど、今回は本当に気まぐれで受け取った。これと言った暇つぶしが無かったせいだ。
招集された地、海軍本部の長い廊下を歩く。会議の場まで変わり映えしない景色と、緊張した面持ちで配置されている下士官を視界に入れた。いつ来ても白ける場所だと思う。
廊下の壁に下半分塗装されている濃い藍色のパターンが、余計にこの道のりを単調に見せている。それがずっと長く続いているのだ。
ふと、何とはなしに見ていた自分の傍の壁に違和感を覚えた。
影が何処からか伸びている。照明がいくつもある屋内にしては真っ黒な影だ。分散していない、生きているようだ。そう思った瞬間、後ろを振り返った。
「キシシ、流石は"鷹の目"だな」
「
……
貴様は
…………
ゲッコー・モリアか」
後方の廊下に、天井に届きそうな程の身の丈をした男が立っていた。蝋のように白い顔をし、耳まで裂けそうな口で笑っている。
おれの傍まで忍ばせたあの影は、壁から床へ這うように移動し主人のそれにひゅる、と溶け合わさり消えた。
こいつと顔を合わせるのは初めてだ。
昔の懸賞金の写真と幾分か雰囲気が違う。今は異様な達磨のように見えた。
部下を一度全て失い野心が
潰
つい
えた代わりに、不死のゾンビ達を作ることに今は執着していると、風の噂で聞いた事がある。
「お前のツラ拝めるとは思わなかったぜ。滅多な事じゃあ来ないんだろ?」
「
…
ただの気まぐれだ。そう言う貴様も似たようなものだろう」
モリアの問いかけにそう返すと、大男はちげェねぇ。と言いながら例の笑みをした。
今から行き着く場所はお互い一緒なので、モリアは長い腕をぞんざいに振りながら歩を進めた。そしておれの横を通り過ぎようとする。
見上げたモリアの巨躯は鍛えられたものではなかった。自らの力で高みに昇る事を辞めた証拠を目の当たりにして、おれの中でハッキリと気が逸れるのが分かった。ただ、虚空に見える真っ黒の瞳が闇夜を湛えているようで不気味には思った。
何も無い廊下をモリアと連れ立つのは少々きまりが悪い。図体がデカいから歩幅もそれ相応のはずなのに、おれと並びそうになった。こういうところも怠惰なのだろうか。それが癪で奴の少し後ろを歩いた。すると、モリアは突然こちらを横目で見て、話しかけてきた。
「あぁそうだ。ついでに聞いておきたい事がある。鷹の目、お前は色々と海を
流離
さすら
っているんだろう?何か珍しい物を見つけたら、俺にそれを寄越せ。良い値で買ってやるぜ」
意図がよく分からない交渉だった。海賊ならば自ら奪いに行けば良いものを。何故、おれから買うのか。
「
……
死体でも持っていけばいいのか」
「
…
キシシ。良いなァ。そいつぁ魅力的だが、間に合ってる。俺が欲しいのは宝石とかぬいぐるみとか、何かカワイイもんだな」
もっと分からない返事をされて、おれは一旦歩くのを止めた。それを訝しんでモリアも歩むのを止め、終いに身体ごとこちらへ振り向いた。
「
…
あぁいや、なに。少し我儘な娘が居てな。プレゼントを買って来て欲しいと、煩いんだ」
察しの着いたモリアがそう返事をしたが、想定外を大幅に超えた回答だった。
思わずおれは、娘。と一言ぽつりと口に出した。
モリアも真似をするように、ムスメだ、俺の娘。と同じ言葉を言った。
「驚いたか?まぁ、面倒くせぇ事はあるがな。育てるのは楽しいし、悪くないぞ」
キシシ。とモリアはまた笑った。そこには今まで感じていた不気味さは無かった。言葉の節々から邪気も感じず、あろう事か、一種の爽やかさも垣間見えた。
こういう類の笑みは何処かで見た。つい最近好ましく映った記憶を思い返すと、頭の片隅に麦わら帽子が浮かんで消えた。
執着も裏返せば、絆だ。それを注ぐ他者が居なければ生まれもしない。一人きりでは成しえない想いなのだ。モリアの言う"娘"は、その他のゾンビ達とは少し違うのだろう。
あの麦わら達と比較したのは、我ながらやり過ぎたとは感じたが、失せていたモリアへの関心がほんの少し復活した。
「
……
貴様に娘が居たとはな」
そう呟いたおれを見ると、モリアは笑みを湛えたまま前へ向き直り、歩みを再開した。
「俺の可愛い、小さな小さな、ゴーストだ」
キシシシシ、と何が愉快なのか先を行く大男は、鳴き声めいた音をまた出した。
それと同時に、奴の影が揺らめいて立ち上がった。主人と同じ巨躯をこちらに向けている。
前方に突然現れた影に対して、おれの背中に居る愛刀へ意識を少し集中させた。
それに反してモリアの影は嘲笑うかのようにおどけた動きをして、おれを指差した後、首を掻っ切るジェスチャーをした。
あからさまな挑発に、おれは即座に鼻白んだ。
挑発だけだったならまだ良かった。あのジェスチャーに、牽制の意味も含まれているのを感じ取ったからだ。
――
俺の娘には手を出すな、という意味だ。
誰がモリアの娘を、狙うのだろう。誰が"娘"という形をしているのかも怪しいゴーストを、求めるのか。
とんでもない見当違いをして、前を歩く大男の背中を睨めつけた。
モリアの中に見たあの光はきっと気のせいだと確信し、また奴への興味が無くなった。
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