eclipsis
3019文字
Public ミホペロ
 

赤髪と鷹の目

酔っ払いに不意をつかれる




 酒という飲み物は信じられないくらい美味い飲み物で、いくらでもばかすか飲めるがその分、下から出ていってしまう。

 日は暮れると夜になるらしい。と説明しているようで自分がものすごく馬鹿みたいだが、しこたま飲んだ酒をその例に則って、さよならして来た後だから仕方ない事なのだ。

 自分の根城ではない廊下を、ほろ酔いながら歩く時に考える事としては合っている。


 薄暗い石造りの壁と、そこから続く鉄格子の窓から月光が差し込む。趣のある良い場所だと思った。これも一種の酔い方だ。便所帰りにこういう事を考えるのが乙というものだ。
 ただ、変わり映えしない石壁と明かりの少なさが自分の帰り道をあやふやにしてしまう。

 迷子になりそうだと思った時、白いモヤのような物体が前を横切った。とぼけた顔をしたゴースト達だ。ホロホロと鳴くそれに、導かれるように着いて行くとゴールの広間に着いた。


 扉を開けて中に入ると、この城の主人とその傍に娘が一人居た。俺はその主人と二人で宴会をしていたので、新しい参加者にオ、と眉を上げる。
 二人は直前まで何か話していたようで、広間に入ってきた俺に気が付くと一方の娘が主人――鷹の目と少し距離を取った。

「よぉ、挨拶が遅れちまった。邪魔して悪かったなァ。うるさくするつもりは無かったんだけどえーっと……
……ペローナだ。別にいいよ。お前らのせいで起きた訳じゃない。水を飲みに降りてきただけだ。こいつと仲良くしてるなんてよくやってると思うぞ」

 こいつ、と言って顎をしゃくるようにしてペローナは鷹の目を指した。娘の周りに居るゴースト達が、それを可笑しそうに見て揺れている。
 ぞんざいな扱いを受けた当の鷹の目は、咎めるようにジトリと横目で娘を見る。俺はそのやり取りにクスリと笑った。親と子どもか、それとも長年連れ添った夫婦か、よく分からない関係だと思う。

「どうだ、せっかくだしペローナも一緒に飲まないか?度数はちと高いが良い酒があるんだ」
「いや、私はいい。こんな時間に飲み出すと太っちまう。お前ら、あんまり飲みすぎるなよ」

 あっさりとした様子でペローナはそう告げると、もうここから去るのかフワリと身体を浮かせた。そして広間の扉に向かって飛んでくる。

 その様子を突っ立って見ていた俺とすれ違う瞬間、娘がこちらを一瞥した。

 間近で見たペローナは、真っ黒な瞳に濃い睫毛で、いっそ出来の良い人形のように見えた。珍しい宝を見た気分で少し呆けていると、桃色の長い髪が続いて流れていき、俺の脇をすり抜けるように去った。
 お供のゴースト達もその後に連れ立って滑空する。

 飛び去るゴースト達の尾っぽが、触れずとも撫でるように俺の首筋や脇を掠めた。

 その感覚に少しゾワッとした。この行為には、覚えがある。


 陸で酒盛りをした時、珍しく俺が泥酔せずに場を仕切ってそろそろお開きにしようかと宣言した。クルー達に引き上げるよう声をかけ、我が副船長にも声をかけると、彼の周りで侍っていた女達が不満げにする。
 それでも促せば彼女らは席を立つ。そして俺の横を通り過ぎる時、ある女は豊かな髪をかき上げ、またある女は白い首筋を見せて去って行く。

 そういった時に、女が纏う化粧品や香水の香りがけぶるように俺を撫でてやんわりとなじる。

 ――取らないでよ。そう聞こえた。

 香しいそれらと引き換えに、ペローナのものは随分可愛らしくて思わず喉の奥で笑った。


 あの娘にそんな事をさせている罪な男は、一人がけのソファで勝手にワインを飲んでいた。
大層優雅でいらっしゃるその姿を見て、少し揶揄からかいたくなった。
 鷹の目の、前にある机に片脚をあげて座った。行儀の悪い座り方だが、机上には既に酒瓶が乱雑に置いてあるからきっと問題ない。座る俺を見て鷹の目も、無言で空のグラスへ酒を注いでくれた。

「良いな、ここでの生活」
「フン、毛程も思ってないだろう」
「心外だなぁ。あんな可愛い娘と一緒に暮らせるなら、俺ぁ船を降りてもいいかもしれんぞ」

 なはは。と笑ったら、鷹の目が不愉快そうにこちらを見た。

「いや実際、意外じゃないか。お前の周りにいた女ってああいうタイプじゃなかったろ」
……行きずりの女共の事か。顔も覚えていない」

 名が知られているこの男には、当然女が寄ってくる。殆どが鷹の目の名を借りて、箔をつけたいと意気込む娼婦たちだった。その手の奴は口が軽い。陸で飲んでいると、噂をよく聞いた。

「それでも同じ女を何度か抱いてたろ。あん時俺はお前にも、春がやって来たかと思ったのになァ。お気に入りの娘ができたんだ!って。それで根掘り葉掘り聞こうとしたらさ、お前、何て言ったと思う」

…………何だ」

「どうでもいい。だ!」

 ハァ~とわざとらしく溜息をついて、持っていたグラスの酒を一気に飲み干した。
鷹の目は至ってマイペースにワインを呷る。酒気や女ではこいつの顔色を変えられない。
 好きや嫌いという感情が少なくて、代わりに1ミリでも興味が無いと思えば、あとは全部"どうでもいい"になるのだ。


 ――それじゃあ、あの桃色の娘は何なんだろう。


……そばに居る意味が分からないよなぁ」
「貴様、酔っているのか?話に脈絡が無い。独り言なら他所でやれ」
「あのは可愛いよ。俺達だけで飲んでるから気ィ使って出てったんだと思うぜ?本当は寂しいのにさぁ~」
……貴様はもうこれ以上飲まん方が良さそうだな」

「あの娘はなんなんだ、鷹の目」

 だし抜けにそう言ってやると、男の目が少し見開いた。金色の瞳が僅かに揺れて、直ぐにその手に持っている酒へ視線を逸らされる。


……どうでもいいだろ」


 たっぷり間を置いた返事に、俺は自分の口元が緩むのが分かった。こんなにどうでも良くなさそうな、どうでもいいは今まで聞いた事が無かった。鷹の目と飲んだ中で今が一番面白いかもしれない。

「あぁ、そぉ。そっかぁ。なぁ、ところでさぁ、お前、口になんか赤いの着いてないか?」

 ここ、と言って自分の唇に指を当てて、鷹の目を見た。そう言われて、鷹の目の指先がほんの少しピク、と動く。
 唇に着いた赤の正体を触って確認するのかと思ったら、瞬時に勘づいた鷹の目に思い切り睨まれた。


 ――そりゃあそうだ。そこには何も着いて無い。
さっき隣をすり抜けた、あの娘は口紅なんか塗っていなかった!


……おい赤髪。さっきからくだらん真似ばかりを……そんなに追い出されたいのか」
「だははは!!!すまんすまん!!もうしねぇから!!酒が良い具合に回ってきちまったのかも。お前もホラ飲め飲め!」

 鷹の目が座っているソファの肘掛に握った拳を静かに置く。血管が浮きまくったそれを見たら、飛びかかって来そうだと思った。
 俺は机からひらりと飛び降りた。笑いながら机に並んでいる酒から一番高いのを選んで、鷹の目に注ごうとする。笑ったせいで酒が零れた。あぁもったいない!


 久しぶりにこいつから怒気を向けられて、本来なら背筋が寒くなる筈なのに。その原因を辿ると暖かくて、くすぐったい気分になる。



 今度この地に来た時には、微笑ましい両人を肴に何杯でも飲めそうだと思った。