雄英高校教師寮に壊理が訪れてから、香山が主催する酒盛りや猥談の類いは鳴りを潜めていたと言える。香山とて教員免許を持つ一人の良識あるプロヒーローだ。幼い子供の前では優しい大人の女性として振舞っている。その態度も決して偽りなどではなく、香山の顔であるということは確かなのだが。
「あら、エリちゃん寝ちゃったのね」
この日は教師寮に久し振りに酒が登場した。貰い物とかなんとか、出所は忘れ去られてしまったが、「折角あるものを飲まないなんて、ねぇ?」と誰かが言えば、「そうだそうだ」と続く誰かもいる。もちろん壊理の前だ。羽目を外さない程度に、というのは全員の了解であった。
壊理は壊理で、この大人たちがいつもよりはしゃいだ姿が見たいという気持ちもあったのだが、それは壊理だけの秘密である。静かな寝息を立てて夢の世界へ出発した壊理は、相澤にそっと抱きかかえられて部屋の寝台に横たえられた。
「よく寝てるみたいです」
「それは良かったわ、さて相澤くん。悦びなさい。大人の時間が始まるわよ」
「お、寝よっかな」
「つれないわねぇ!」
端的に言えば、香山はムラムラしていた。ここしばらくは、職員室でも猥談を我慢していたから。本来職場とはかくあるべきではあるのだが、十八禁ヒーローと名高い彼女にとって、エベレストでマラソンをするくらい呼吸が苦しい状況と言えた。
「相澤くんと山田はマストよね、十三号とオールマイトも寄ってらっしゃいな、お待ちかねの猥談タイムよ」
「あの猥談屋さん最近見かけないな、日本の未来は安泰かなって思ってたんですけど」
「香山先輩、酔ってるんじゃないすか? もう寝た方がいいっすよ」
「先輩の分までおつまみ食べときますね」
「ま、まあまあみんな、ミッドナイトくんだってその、頑張ってるんだから」
中途半端なフォローを入れる八木に、「余計なこと言うなバカ」と思ったのが三人、「ナイス良心」と思ったのが一人だった。
香山はアルコールを飲まない八木にペットボトル飲料を見繕い、新しい紙コップに茶を注いで渡した。乾杯。間髪入れずに香山の口から飛び出たのは、元・平和の象徴の性事情への興味だった。
「オールマイトって、夜も優しいのかしら。それとも、好きな子には肉食系?」
「禁欲を経たミッドナイトくんってこうも明け透けになるのかい?」
「ちょっと! 今は私が質問してるのよ、私だけを見なさい。ベッドで他の女のこと考えるのはマナー違反でしょう?」
「ここは広間だよ、正気に返って!」
止まらない香山に八木が助けを求めるように振り返る。酒を煽る山田、空いた缶を集め出す十三号、最後に、目が合った相澤。何だかんだ甘いと称される相澤だ。八木が子犬のように喉を鳴らすと、諦めたような溜め息を一つ吐き、香山たちの側に近寄ってくれる。山田たちは心の中で「優しい奴から食われていくんだ」というようなことを考えていた。
「いらっしゃい、聞いてよ相澤くん、オールマイトってば私の下ネタに眉一つ動かさないのよ」
「はぁ、意外とむっつりすけべなんじゃないですか」
「あら、オールマイトってそうなの?」
「相澤くん、私の味方に来てくれたんじゃないの?」
「あなたが泣きそうな顔でこっち見るから仕方がなく来ただけです。俺のことはお構いなく」
「そんなぁ」
担任と副担任の絆があえなく崩壊する瞬間だった、と思っているのは当の本人たちだけで、相澤が片手に持ってきた紙コップの中身がミネラルウォーターであることを知っている香山は、また違った感慨を抱いていた。口では悪態を吐きながらも、八木が過度なセクハラを受けていたら香山を止められるように、相澤は追加の酒を控えているらしい。
「ううん、美しい愛情ねぇ……」
「は? 何を見てそう思ったんですか?」
「無意識に出る行動に本性が現れるものよ、相澤くんはそのままでいなさい」
「えぇ? 相澤くんに愛情をかけられているなら私も知りたいのだけれど」
「オールマイトさんがバカを言わないでください、俺の味方じゃないんですか」
「君がそれを言うの?」
「うんうん、酒が進むわねぇ……」
香山はなんとなく、将来的に、八木の隣には相澤がいてほしいし、相澤の隣には八木がいてほしいと思った。二人を結ぶものが愛情なのか、愛情以外の何かなのか、一瞬想像したが、すぐになんでもいいと思った。自分の好きな人間同士で好き合ってほしいなど、小学生が夢想する恋のようで香山は少し笑ったし、しわくちゃになった二人を想像し、もっと笑った。
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