リコとロイとドット、ウルトの一行は海沿いの道を進んでいた。現在ラクリウムサインに関するこれといった情報がなく、ひとまず近くの町まで進むことに決めて歩いていた。潮風が気持ちいいねと話しながら進んでいると、薄白いモモン色のワンピースに身を包み、同じ色のキャペリンを被った少女とすれ違った。少女はロイの顔を目で追うが、ロイは気づいていない。そして、来た方向と逆へ行く彼らの元へ、少女は走り出した。そしてドットとウルトを追い抜くとロイの右手を掴んだ。
「え」
「やっと…やっと見つけましたわ…」
帽子の下から少女の顔が覗かれた。前方に三つ編みを編んだ茶色い髪に白い肌が鮮やかな日差しと共に輝く。そして少女の丸い金色の眼がロイの紅い瞳を真っ直ぐに捉えた。その瞬間、ロイもまた彼女が何者なのかを察した。
「き、君は…」
「ずっと…ずっとお会いしたかったです…ロイさん」
なになになに。突然目の前で起こった出来事にリコは驚愕して声も出ない。ドットも呆気に取られ、ウルトは顔を赤くしている。一体、彼女は誰で、ロイとはどういう関係なのか。リコは胸にトゲが刺さったような感覚を覚えた。何も分からないまま、ロイと少女のやりとりは続く。
「なんでここに…」
「私、ずっとロイさんを探して旅をしていましたの。これでも前より強くなりましたのよ」
「そ、そう…」
「ああ…こんなところで出会えるなんて…きっと運命ですわ。さあ、ロイさん。今度こそ私のお婿さんになってください」
「お、お婿さん!?」
少女の言葉にリアクションしたのはリコ、ドット、ウルトの三人だ。一方ロイは困った顔で、肩の上のキャップは呆れた顔をしている。
「その話はちゃんと断ったよね…?」
「ええ。でも、私諦められません。だからこうして会える日を待ち望んで旅を続けてきましたのよ」
「悪いけど…僕は君と結婚する気はないよ。それに今はリコたちと大事な冒険の途中なんだ。だから諦めて」
「リコ…?」
少女が聞くと、ロイは顔をリコの方へ向けて紹介した。急に話が回ってきてびくりとなりつつ、リコも自己紹介を始め、それにドットたちも続く。
「は、はじめまして。私はロイの仲間のリコです」
「ボクはドット」
「ウ、ウルト…よ、よろしくな」
「はい。みなさんロイさんのお友達なのですね。私はマリと言います。よろしくお願いします」
純真な笑みを浮かべるマリは美少女と言うに相応しい。ウルトはぷいっとそっぽを向いた。リコは未だにロイの右手を掴んでいる彼女の左手が気になりながら、質問をした。
「二人は…どういう関係なんですか…?」
「そうですね…どこから話しましょう…」
「別に大した話じゃないよ。僕が一人で旅してた頃にマリが悪い人たちに絡まれてたからバトルで助けたんだ」
ロイはようやくマリの手を振り払ってそう言った。ロイの表情はかなり渋い。まるでウルトの相手をしているときみたいだ。ここまでロイが嫌がるなんて…と思っていると、マリは離された手を残念がりながら話を続けた。
「ロイさんは怖い人たちをバトルで追い払ってくださって…とてもカッコよくて、私…一目惚れしてその場で婚約を申し込んだのです」
「こ、婚約…」
「でも断られてしまいまして…諦めきれず、近くにあった私の屋敷まで来ていただいてお母様とお父様にも会っていただいたのですが、これまた断られて…どうしようかと思っていたら、知らないうちにロイさんが逃げ出していて…」
「帰りますって言ったのに全然帰れないから大変だったよ…出ていく時もボディガードの人に見つかって追いかけ回されたし…」
「ふふ。彼らから逃げ切るなんてロイさんはやっぱりスゴいですわ」
「誰のせいだと思って…」
話を聞いていると、ロイがマリを嫌がっている理由がよく分かる。さっきからキャップが周りを気にしているのもそういうことだろう。リコは苦笑いを浮かべ、ドットとウルトはドン引きしている。
「とにかく…僕は今リコたちと旅をしているんだ。そうでなくてもだけど、君と結婚なんてしないよ」
「嫌です。私だってこの数ヶ月、必死にロイさんを探してきたのです。そして、この美しい海辺であなたに再会できた…これは運命です。私だって簡単には引き下がれません」
どうやらマリは意地でもロイを諦めるつもりがないらしい。今度はロイの両手を掴んで胸の辺りまで持ち上げている。また、トゲが刺さるような感覚。きっとロイは何を言われても誘いを断るはずだ。でも、もし受けてしまったら…あの掴まれた手を、ロイからも握り返すことがあったら…リコはその眼を鋭くして二人の間に立ち、二人を引き離すと、ロイを背にマリに体を向ける。ロイを庇うように右腕を広げ、リコは宣言した。
「マリさん、ロイが欲しいなら私とバトルしてください」
「リコ?何言って…」
ロイの言葉をリコは腕を振って遮って話を続けた。
「もし私が負けたら、ロイはあなたに渡します。でも私が勝ったら、ロイから手を引いてください」
覚悟に満ちた表情をリコは見せた。その青い聡明な眼差しを受けてマリも頷く。
「分かりました。その勝負、受けて立ちます」
「ルールは一対一。いいですか?」
「ええ。必ずや勝って、ロイさんを私のものにしてみせます」
周りの三人が呆気に取られている間にリコとマリのバトルが決まった。場所はそばの浜辺に決まり、五人は歩き始めた。その最中、ロイがリコに声をかけた。
「リコ…こんな勝負しなくても…僕の問題だし」
「仲間の問題は私たちみんなの問題だよ。それに…ロイのこと取られたくないから」
そう言ったリコの目は鋭くも、頬はやや赤い。なにか様子が変だと感じてロイはドットたちにも止めるよう頼む。しかしどちらもロイの願いには答えなかった。ドットはリコなら勝つだろうし別にいいだろと。ウルトもリコの勝利を確信しているが、それ以上にリコに勝ってほしいと思っていた。もしロイが抜ければウルトは女の子二人と三人旅だ。そんなのは耐えられないので、ロイには絶対に残ってもらわないと困るのだ。
そうこうしているうちに浜辺に着き、リコとマリはバトルの準備に入った。こうなったらもう全力でリコを応援するだけだ。ロイはボールを構えたリコに後ろから声をかけた。
「リコ、頑張って」
「うん。絶対勝つ」
ロイと言葉を交わしたリコはバトルの目になった。ボールを投げ、名前を呼んでマスカーニャを出した。ボールから飛び出したマスカーニャが華麗に舞って着地すると、周囲に小さな砂埃が立った。一方マリはガマゲロゲをくり出した。
「…!前に会った時はまだオタマロだったのに…」
「強くなったと言ったでしょう?このバトルに勝って、必ずロイさんをお婿さんに迎えてみせますわ」
「ロイは渡さない。先攻はもらいます。マスカーニャ、マジカルリーフ!」
先手を打つリコ。輝かしい緑葉がドリルのように渦巻いて突き進む。対抗するようにマリも指示を飛ばす。
「ガマゲロゲ、マッドショットです」
ガマゲロゲは大きく口を開けて泥の塊を連射する。マジカルリーフを打ち消すと共に黒煙が広がり、砂浜に泥が散る。さらにガマゲロゲはマリの指示の下、マッドショットを周りの地面に打ち込んでいく。煙が過ぎ去ると、フィールドは泥で満ち溢れていた。
「これじゃマスカーニャが動きづらい…厄介だな」
「逆にガマゲロゲはこういう地形に慣れてるから有利…」
「なんだあの子けっこうやるな」
ドットたちが冷静にバトルを観察する。もちろんリコもフィールドを落ち着いて見極めている。
「マスカーニャ、アクロバットで空から攻撃!」
「そう来ますのね…ガマゲロゲ、ひきつけて回避」
空中をくるくると華麗に舞いながらマスカーニャはガマゲロゲの元へ向かい、蹴りを入れる。するとガマゲロゲは寸前で泥に乗って滑り、攻撃をよけた。マスカーニャは勢いよく泥に突っ込み、足を取られると共に泥が跳ねる。
「ガマゲロゲ、マスカーニャの顔にマッドショット!」
「…!マスカーニャ、避けて!」
再び口を開いたガマゲロゲはマスカーニャの顔面めがけて泥を飛ばす。リコの指示も虚しく、泥に足を取られたマスカーニャは動きが遅れ、攻撃を食らった。視界が泥で埋まり、マスカーニャは泥を顔から払おうと両手で顔を掻く。
「今です!れいとうパンチ!」
ガマゲロゲは泥の足場をすいすいと滑りながら右の拳に力を込める。ブルブルと震える拳は氷を纏い、マスカーニャの体に強烈な一撃をお見舞いした。吹っ飛ばされたマスカーニャは泥の地面に仰向けに倒れる。
「マスカーニャ!」
「いいですわよガマゲロゲ!ロイさん!見ていますか〜!」
ロイは目を細めてそっぽを向いた。マスカーニャは起き上がると、顔をぶんぶんと振って泥を払う。そんなマスカーニャを見つめながらリコは状況を分析する。ガマゲロゲのれいとうパンチは強力で、もう一度受ければ致命傷になる。そうなったら負けだ。負けるわけにはいかない。ロイとの冒険をこんな形で終わらせたりはしない。リコは想いを強くした。泥を巧みに利用するガマゲロゲ相手に正攻法は通じにくい。でも、搦手を入れるのはリコの十八番だ。策を思いついたリコは口角を上げる。それを見たロイもまたふっと笑った。リコはマスカーニャに視線を送った後、指示を出した。
「マスカーニャ、もう一度アクロバット!」
飛び跳ねたマスカーニャは再び空中を舞う。そして先ほどと同じようにガマゲロゲに向かってキックを入れる体勢だ。
「なにやってんだリコ…これじゃさっきと同じだぞ」
「いや、リコはちゃんと考えてるよ」
ロイは彼女を信じて微笑む。その曇りのない目の先で、バトルは動く。またガマゲロゲにひきつけてかわすよう指示を出すマリだが、ロイの思った通り、同じようにはならなかった。
「マスカーニャ、トリックフラワー!」
マスカーニャが指を鳴らすと、海で爆発が起こり大量の水飛沫が砂浜へ降り注ぐ。マリは帽子を深く被りフィールドを見れない。その隙をリコは見逃さない。
「マスカーニャ、今度はガマゲロゲにトリックフラワー!」
スポットライトを受けたマスカーニャが再び指を鳴らす。するとガマゲロゲにスポットが当たり、いくつもの小さな花々が黄緑の煙を広げながら爆発し、ガマゲロゲに強力なダメージを与えた。
「ガマゲロゲ…!ドレインパンチで反撃を!必ず勝つのです!」
「私たちは負けない。マスカーニャ、さらにトリックフラワー!」
ガマゲロゲが拳を震わせて駆け進む中、マスカーニャの合図で今度は泥の中から爆発が相次いだ。道を塞がれ、さらには跳ね上がった泥がガマゲロゲの視界までも奪う。そしてその泥を突っ切ってマスカーニャが飛び込んだ。
「ふいうち!」
ガマゲロゲの横顔にマスカーニャが振りの早い蹴りを入れ、ガマゲロゲは吹っ飛ばされた。戦闘不能。ガマゲロゲは倒れた。
「勝負あったな」
「ああ」
「は、やるじゃねえか」
「やったね!マスカーニャ!」
喜びの声を上げ、リコはマスカーニャとハイタッチした。マリはガマゲロゲの元に歩いていき、しゃがみこんで撫でながらボールに戻した。立ち上がると、今度はリコの方へ近づいていく。そのそばにはロイたちもいた。
「リコ、すごくカッコよかった!勝ってくれてありがとう」
「ううん、私が勝手に言ったことだし…私のこと信じてくれてありがとう」
「当たり前だよ。リコのこと、誰よりも信じてるよ」
話し込んでいる二人を見つめて、マリは口元が緩んだ。初めての感情を覚えると共に、口にする言葉が決まってリコの名を呼んだ。
「私の負けです。残念ですが、約束通りロイさんにはもう求婚いたしません。でも、なんだか清々しい気分です…とてもいい勝負でした。リコさん、ありがとうございました」
「こちらこそ。本当に楽しいバトルでした」
深々と頭を下げたマリにリコは手を差し出し、二人は握手を交わした。その手を互いに離すと、マリはリコに聞いた。
「それにしても…海や地面にトリックフラワーが仕掛けられていたなんて全然気づきませんでした…一体いつの間に…?」
「マスカーニャとアイコンタクトしたとき…だよね、リコ」
「うん」
質問に答えたのはロイだった。マリが驚いていると、今度はリコが説明をした。
「ガマゲロゲのれいとうパンチを受けた後、マスカーニャに視線を送ってトリックフラワーを準備してもらったんです。この子は言葉にしなくても分かってくれることが多いから」
「なるほど…リコさんとマスカーニャはそこまで通じ合っているんですね」
マスカーニャが「ニャ」と言って頷くと、マリは言葉を付け足した。
「そして…ロイさんとリコさんも」
「え?」
突然そう言われ、リコとロイは揃って声が出た。それを見てくすくすとしながら、マリは続けた。
「だってロイさん、リコさんから直接聞いたわけじゃないのに分かったのでしょう?」
「ああ…あの時のリコ、何か思いついたって顔してたし…」
「ほら、通じ合っている証拠じゃないですか。私、応援してますね、二人のこと」
マリの言葉を聞いた瞬間、炎が宿って風で揺れるかのように、リコの心臓は激しく動き出した。マリのあの表情は明らかにカップルを見守るそれだ。ロイとウルトはピンと来てない様子だが、ドットは全てを理解して少し口角が上がっている。
「あ、あの!私たちそういうのじゃ…!」
「誤魔化さなくていいですよ。バトルが始まる時もリコさんおっしゃってたじゃないですか。『ロイは渡さない』と」
「そ、それはあくまで仲間とか友達としてで…!」
「もう…素直じゃないですね」
「…?よく分かんないけど、リコのこと変に揶揄わないでよ」
リコの顔は真っ赤になってまるで風船だ。ロイが心配して声をかけるも、顔を見れずよそを向いてしまう。少し離れたところにいたウルトはリコが照れていることをなんとなく理解したが、その理由まではよく分かっていない。
夕陽が浜辺を染める頃、マリと別れを告げてリコたち一行は再び冒険の道を歩き始めた。赤い太陽に照らされるロイの横顔を見て、リコはまた頬を赤らめた。今日やっと自覚した気持ちに戸惑いながら、ただ隣を歩いた。
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