eclipsis
6267文字
Public ミホペロ
 

ちぐはぐ生活

+ゾロ。※情事をはっきり匂わす場面有り



 昼夜問わず薄暗い、クライガナ島。

 空に轟く雲のせいで日の明け暮れにあまり変化が無い島にも、夜は当たり前にやってくる。
 雲の合間から見える空に星が輝き出した頃、シッケアール城外の荒野では、狒々達が彼等の住処に帰って行き、代わりのように蝙蝠が飛び交い始めていた。



 城内の広間では、二人の男女が向かい合って座っていた。緑髪の男――ゾロは今日も一日を剣の修行に費やし、その身体を傷だらけにしていた。

「あ~ぁ、今日も派手にやられたなぁ」

 満身創痍のゾロを前にして、桃色の髪の女――ペローナが憎まれ口をきいた。粗暴な言い方に反して、彼女の手には消毒液とガーゼがあり、テキパキと目の前の傷を清めていく。そんな彼女の一連の挙動にすっかり慣れているゾロは、何も言わずに手当を受けていく。ほんの少しの対抗心のつもりでフン、と鼻で返答はした。

「うわ、ここ傷口開いてんぞ」
「ッてぇ!」

 ここ、と言ってペローナが胸元の傷口に消毒液を塗ると、ゾロが少し吠えた。
 背中に傷を作るのはゾロにとって禁忌だ。そのせいで、攻撃を受けざるを得ない時はどうしても正面で受ける。必然そこに傷が集中してしまう。そして何より、彼が剣技の教えを受けるのは、あの世界一の剣豪、鷹の目のミホークだった。

「ホロホロ。あいつもちょっとは加減したら良いのにな」
「加減したら修行になんねぇだろ。もっと来てもいいぐらいだ」
「はいはい。ちょっとこの端、自分で押さえてろ」

 その手の汗臭い話は心底どうでも良さそうに、軽い返事をしながらペローナは包帯を目の前にある胸元に当てる。ゾロが言われた通りに包帯の端を押さえると、そこから続く包帯の塊を彼女が持って患部に巻き始める。
 正面全体に巻くためには、背中を通して巻かなければならない。ペローナが少し身体を浮かせてゾロに近寄った。


 ――ギィィ


 広間の扉が開く音がした。そこから現れたのは、つい先ほど話題に挙がった鷹の目だった。

 ゾロとは正反対に傷一つ無く、シャワーを浴び終えて来たのかその姿は寧ろこざっぱりしている。涼し気な顔で広間を進むと、暖炉前の絨毯に座り手当ての最中の二人に気づいた。

 丁度ペローナは包帯を巻く為に、ゾロの背中へ正面から手を回していた。その姿を端的に表すと、二人が抱き合うような形になっている。
 その瞬間、ゾロはチクリと針で刺される感覚を覚えた。

  ――あー・・・マズイなこれは。

 ゾロが脳内で独り言つと、カツ。と硬い靴音が近づいて来た。感情の無い猛禽類の双眸がこちらへ向いている。

精が出るな」
「あ、鷹の目か。何偉そうな事言ってんだ、お前のせいだろ!」

 ペローナは鷹の目には背中を向けた姿勢だった為、頭だけ振り返って吠えている。
彼女の少しヒステリー気味な声に、普段なら思いっ切り顔をしかめるゾロだったが、今は何とも言い難い顔になっていた。口を一文字に結んで、目は伏し目がちだ。
 頭上にいる黄金の瞳が妖しく光っている気がして、そちらを見る事はできない。

「偉そうも何も、おれはそいつの師だ。やるべき事をやっているまでだ」
「治療する私の身にもなれよっ。重労働だぞ、コレ!」
……暇そうな居候には丁度良い仕事だと思うが」

 自分のすぐ側で行なわれている舌合戦に、ゾロは明後日の方向へ意識を飛ばしてやり過ごす。
 デカい鷹に睨まれて石化する自分、デカい鷹に掴まれて空中へ拐われる自分、嫌な妄想ばかり浮かんだ。

 ゾロが暗雲の世界へ旅立っていたら、いつの間にか鷹の目は広間から出ていき、ペローナも包帯を巻き終えようとしているところだった。


……お前なんか変な汗かいてねぇか?腹でも痛いのか?」
…………

 チクチクした針の感触は未だに残っていた。




 *


 ――何故自分がこんなコソコソしなければならないんだ。

 買い置きの雑貨類が並べられている城の倉庫で、ゾロは己の今の状況を嘆いていた。
 今日も朝早くから剣の鍛錬をして、昼からはまた同じくそれをしようと思っていた。その矢先、腕に新しい傷を作ってしまった。
 ゾロがこの城で何かを求めて行動するなら、食い物か寝る場所の二択だ。今はちり紙やタオルやらが置いてある棚を、上から下へと調べている。そこで手に取った箱に目当ての物を見つけた。
 中に入っている包帯を、一巻取り出した。

 ――鷹の目があの様な悋気を露わにするのは初めてではなかった。

 無意識なのか敢えてやっているのか、ゾロとペローナの身体の距離が近い場面に鷹の目が出くわすと、チクチクと針で刺すような殺気を出す。
当の鷹の目は至って無関心な顔でその場を去る事が殆どだが、殺気を当てられるゾロは居心地が悪くて仕方ない。
 手当ての度にあんな心地になるのを危惧するのは嫌だし、そもそもそういった男女の痴情に巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。
 だったら、今後は自分で出来る範囲の手当てなら一人でやった方が良い。つい先程出来た傷を見る。ペローナの手さばきが良いのは認めているが、この程度の傷ならゾロにだって対処できる。

「お前こんな所で何やってんだ?」
「?!」

 無心で包帯を巻いていたゾロに、突然現れたペローナが声を掛けた。驚いて振り返ったゾロの肩が棚に当たってガタリと鳴る。

「お、お前こそ何で居んだよ」
「私は裁縫道具の予備を取りに来たんだよ。……ん?あ!お前それ自分で巻いてんのか?広間の救急箱にまだ包帯あるだろ?」

 ペローナがゾロの腕へ大ざっぱに巻かれた包帯に気づいた。どっちみち気まずい展開になってしまい、ゾロはバツが悪そうにそっぽを向いた。

「おい、めっちゃ雑に巻いてんな?!私に言えよ、やってやるから。包帯も消耗品なんだからこんなテキトーに使うなよ」
るせぇな……
「あぁ?!ッんだその返事!ほんと可愛くねぇな……ぁ、お前、もしかして……私には手当てして欲しくないのか?……てめぇの好みに合わないのなら、悪いけど我慢しろよ。私は本物の医者じゃねぇからな」

 ゾロの煮え切らない態度にペローナが勘違いをして、少し傷ついたように目線を下げた。
彼女の弱々しくなった口調と曇った顔を見て、ゾロがウグッと変な声を出す。半端に握った拳を空中で彷徨わせた後、吹っ切るように口を開き出した。

「あ~~~もうウザってェ!!おめぇの手当てに文句はねぇよ!けど問題は鷹の目なんだよ!テメェらがねんごろになってから、アイツは俺とお前の距離が近いと焼くようになってんだよ!鷹の目から妙な殺気向けられる俺の身になってみろ!!これは不必要にお前と近づかない為の結果だ!」

 ゾロが一気にまくしたてた。変な誤解は大嫌いだし、少なくとも傷つけてしまった事への罪悪感を有耶無耶にするのはもっと嫌いだ。彼は小手先が利く男ではない。解れかかっている包帯すらそれを物語っている。
 そんなゾロの怒涛の告白にペローナは呆気に取られて、どうにか汲み取れた言葉を思わず口に出した。

 ね、ねんご、ろ?たかのめが、や、やく??
そう呟く間にペローナの顔は見る見るうちに赤くなった。

「た、たた、鷹の目が焼くって……嫉妬??て、ていうか、お前どうして私達の事……は?!まさか覗いて?!!」
「ッッんな訳あるかアホ!!!こっちは修行で常に気ィ張ってんだ!おめェが毎晩毎晩、アイツの部屋にふらふら行ってる気配はな、嫌でも気づいちまうんだよ!」

 ついさっきのゾロの発言で限界に達しそうだったのに、それを上回る発言にとうとうペローナは頭から白い煙が出始めた。
 羞恥で蒸発しそうなペローナを見て、ゾロの溜飲が下がったのかハァと一つ息を吐いた後、落ち着きを取り戻した口調になった。

……俺にとっちゃあな、テメェらがどういう関係だろうがどうでも良い。ただ俺の修行が順調にいかねぇのだけは我慢ならねぇ。ここでは無駄な苦労はちょっとでも持ちたくないんだ。いいか、テメェの男ならちゃんと手綱を握れ。嫉妬しないように何とかしろ。お前だったら鷹の目も許すだろ」

 どーんと効果音が付く勢いでゾロはそう言い放つ。完全に限界突破したペローナはただ呆然とするだけで、そんな彼女の返事は待たずにゾロは倉庫から出ようと歩み出した。
 扉の前で一度ピタ、と止まると彼女の方を振り返った。

 
「最後に言っとくけどな、俺は絶ッ対に覗きなんかしてねェ」


 人差し指をペローナに向かって突き立てて言った。

 よっぽど出歯亀のように言われたのが嫌だったらしい。




 **


 倉庫での一悶着があった後、夜もすっかり更けて暗くなった廊下をペローナは彷徨っていた。

 鷹の目が嫉妬しているらしい。全く気づかなかった。いつも涼やかで時には冷たさを感じるほどの瞳をしているのに、その奥では炎が燃えていたりするのだろうか。

 そんな事を想像すると、誰もいない廊下でペローナは顔を隠すように抱えていたぬいぐるみへ顔を埋めた。頭が未だに倉庫での熱を引きずっているようで、フラフラと周りをよく見ないで飛び進む。


……あれ、ちょっと待て。ここ鷹の目の部屋の前じゃん...」

 ほぼ毎晩一緒に寝ているせいでペローナの身体は勝手に鷹の目の部屋に行っていた。
 
 本当に意識ゼロだった。ヤダ。私、夢遊病みたいじゃんか。若しくは彼の男だけを求め彷徨い歩くゾンビか。
 通い慣れ過ぎてしまった事実に対してまた余計な羞恥心が生まれて、ペローナは苦悶するようにぐるぐるとその場を旋回した。
 すると、目の前の扉が開き、鷹の目が姿を現した。

……そこで何をしている。入るならさっさと入らんか」
「わっ!?急に出てくるな!何で気づいたんだ!」
「さっきから扉の前でうろうろ、うろうろと気づかない方がおかしい」

 鷹の目はゾロの師匠だ。修行中のゾロが "気配"とやらに気づくなら、鷹の目なら当然言わずもがな、だ。

 ――剣士って何かちょっとヤダな。

 そう思いながら、じっとりした目でペローナは鷹の目を見た。その姿は叱られた小犬に少し似ていて、鷹の目はそっと溜息をついた。
 迎え入れるように彼女へ手を差し出したら、尻尾がぴょこんと揺れる幻覚が見えた。



 鷹の目の部屋にある大きなベッドの上で、ヘッドボードを背もたれにして二人は寄り添う。これがいつもの定位置だ。
鷹の目は片手に本を持ち、もう片方の手は隣の彼女の腰へ回している。変わらない居心地の良さを感じつつも、ペローナはゾロに言われた事を思い出していた。

『テメェの男ならちゃんと手綱を握れ。嫉妬しないように何とかしろ』

 いや、無理じゃねェかな。と隣の鷹の目をちらりと盗み見てペローナは思った。
 眉一つ動かさない鉄面のような男に嫉妬するのは止めろと忠告しても、まともに受け取ってくれる気がしなかった。
 機械的に本のページを捲る事しかしない鷹の目を見て、ペローナは少し焦れてきた。その厚い胸板に手を伸ばして触れてみる。すると、お返しのように腰に回っていた手が穏やかに動いた。
 それに調子がつき始め少し身体を伸ばすと、今度は鷹の目の頭に手を伸ばし撫でてみた。

……何をしている」
「いや、スキンシップ不足なのかなって思って」

 ようやく鷹の目がペローナに注目して、彼女の奇行に口を出した。ペローナは頭を撫でる手はそのままに、ある事を考えていた。

 この地に来て以来、ペローナは新聞を読み始めた。彼女の主人の安否が気がかりで、どんな小さな情報でも欲しかった。
 紙面に隈無く目を通していたら、小さなお悩み相談のコーナーにも目がついた。詳しい事はもう覚えていないが、恋の相談らしかった。
『些細なことで嫉妬するのは愛情不足かも?いつもよりたくさん話したり、スキンシップを取ってみよう☆』
 くっだらねぇ。世界一いらない情報だ。と思ったのに。今、ペローナの頭の中にはその欄がでかでかと浮かび上がっていた。

 口で言えないなら、せめて行動で。そう思いついて、鷹の目をよしよしとやってみたものの。何かが変化する気配も無さそうでペローナは、う~~んと唸りながら身動ぎをして知らず鷹の目に更に密着した。彼女の柔らかい乳房が彼の胸元に押し当てられると、違う何かも押されたようだった。

ん?ちょ、おいっお前、何しようとしてんだ」

 いつの間にか読んでいた本を何処かへ置き、鷹の目がペローナの着ているキャミソールの肩紐に手を掛けていた。抱えていたぬいぐるみも放り投げられてしまった。
 急に間近に迫った黄金の瞳にペローナはたじろぎながら問うて、鷹の目はやはり顔色を変えずに答えた。

「"不足している"のを補うのだろう。ならばそれを貰ってやる事にした。今さら反故にする気か」
「あっ、そ、それはお前が……!んっ……

 嫉妬するから。そう言おうとした口は、鷹の目の大きなそれに塞がれてしまった。
 喉の奥から根こそぎ声を奪うかのように、侵入した鷹の目の舌がペローナの口内を蹂躙していく。ちゃぷ、と水音が己の中に響くのを聞いたら、ペローナも何かを押された感じがした。
 舌同士を絡ませて、出ていく時に少し吸われて、最後は下唇を食むようにされた。一連の動作に彼女の頭はモヤがかかったような心地になった。
 それでも、せめて何か言わなければと思って潤んだ唇を開けた。

「お前が……お前が、最初に私に、ロロノアの手当てしろって言ったんだぞ……
……なんの話をしている。こっちに集中しろ」

 そう言われて、ペローナはベッドに押し倒された。こっち、という鷹の目の手はキャミソールの下に潜り、直に彼女の肌を触り出す。それがあちこちに渡り出すとペローナの意識はついに何処かへ飛び立ってしまった。



 ***


 スゥ、ハァ、と二人分の息が高い天井に登っていく空想をすると、熱く交わった余韻が少し薄らいでいく。
 ペローナは何となく身体から幽体が飛び出しそうだと思って、目の前に自分の手をかざした。その輪郭はぶれずに一つだけだ。するとそこに、もう一つ大きな手が重なった。
 横臥の体勢のペローナを後ろから、鷹の目が抱えるようにして寄り添っている。捕まえた手は引き戻されて、彼女の耳に唇を落とした後に頬同士をすり合わせた。

 程よい疲労感に鷹の目の体温が心地よくて、ペローナの思考は微睡まどろみ始めてきた。

 何か伝えることがあったんだけどな。何だっけ。

 半分寝かけている頭が出す命令のまま、口が動き出した。

「私はさぁロロノアの方がお前に、ご執心だと思うなぁ。お前に傷つけられても、怪我なんて屁でもねェって感じでお前に向かっていくだろ……あいつは健気だよ」


 ――私は嫉妬するぞ。そう呟いて、ペローナはホロホロと小さな笑い声を出した。

 そのままくたりと目を閉じて、夢の世界へ一人舟を漕ぎ出してしまった。

 取り残された鷹の目は、寝ぼけたペローナが出鱈目に紡いだ言葉に身体が固まっていた。
怪電波を受信してエラーが出たような、彼の心の背景には宇宙が広がっていた。
 



 後日、妙にゾロと距離を取る鷹の目がいた。