傘道
2025-06-10 21:50:08
2468文字
Public ビリイト
 

雨が紡ぐ昔話

#billighter1w
【お題投稿〈第5回〉】
お題①: 雨宿り
お題②: 『 』が二人を別つまで
から書きました。
暗い話です。

雨は嫌いだ。
過去を痛みで思い出させる。
嫌な思い出を思い出させてくれる。
そんな雨が嫌いだ。


郊外に雨が降る。
風が吹き荒れ、嵐のような雨が降る。
仕事で郊外にやってきたビリーは足止めをくらった。
シーザーから「今夜、新エリー都に帰るのはやめた方がいい。」と警告されるほどの雨だった。
モーテルにでも泊まるか一瞬考えたが、近くに恋人の拠点があるのを思い出す。
着替えも置いてあるから、もし拠点に居るなら泊めてもらおうとノックノックにメッセージを送る。
そもそも今回の仕事で恋人と顔を合わせていない。
だから雨によって生まれた逢瀬の機会に感謝はしていた。
これはいい雨宿りだとビリーは嬉しそうに黄色のアイライトを細めた。
トラックの中で雨雫をぼうっと見ながら返事を待つが、既読すらつかない。
もしかして寝ているのか?と思い、電話をかける。
数回のコールの後に相手が電話に出る。
「あ、もしもし。ライト!ちょっと悪いんだけど
「パイセン
泊めてくれという言葉は曇天のような声色に遮られた。
どこまで沈んだ気持ちになればこんな声が出るのだろう?
「ライト?もしかして具合が
「パイセン………………たすけて。」
弱々しい声で求められた助け。
こんな恋人の声聴いたことがない。
「ライト!今どこにいるんだ!?」
………自分の拠点っす。」
「わかった!今すぐ向かうから待ってろ!」
トラックのエンジンをかけ、雨音をBGMにビリーはライトの拠点に向かった。
どうか無事でいてくれと祈りながら。



「ライト!大丈夫か!?」
ビリーはライトからもらった合鍵を使い、拠点に入る。
部屋の明かりはどこもついておらず、カーテンも閉め切っているので洞窟の中のように暗い。
ビリーは明かりをつけながら恋人を探す。
目についた扉を片っ端から開けて、拠点の奥にある寝室の扉を開け放つ。
ベッドの上にある毛布の塊。
ベッド近くのサイドテーブルに投げ出されたスマホ。
「ライト!」
ベッドに近づき、毛布を引き剥がすと震える恋人の姿があった。
虚な翡翠色の瞳。
追い詰められているような荒い呼吸。
怯えているのか自分自身を抱きしめるように回した二の腕。
「おい、本当に大丈夫か!?」
「パイセン……痛い……怖い……
痛みがあるということはどこか怪我をしたのか?
慌てて痛みを訴えているようにさする手をどけ、スウェットをめくる。
ライトが苦手な赤い血はなかった。
あるのは見慣れた古傷だけ。
古傷?
「もしかして古傷が痛むのか?」
返事の代わりにライトは静かに頷いた。
雨が降ると古傷が痛む。
どうやらこれは迷信ではなかったようだ。
「雨の日に痛むことはあるんすけど、今回は痛みが酷くて
「嵐みたいな雨だもんなぁ。痛み以外は?気分は悪くないか?」
ビリーの問いにライトは答えない。
雨音だけが静寂を遮る。
「怖いって言ってたな?何が怖いんだ?」
ビリーは迷子の子供に話しかけるような優しい声で聞いた。
「怖いんです。ずっと仲間の顔がチラついてあの場所に居ないのにそこに居る気分になって
傭兵団の仲間の顔が浮かぶ。
地下闘技場に居た記憶が浮かぶ。
古傷ができたきっかけ達が頭に浮かぶ。
痛かった思い出が浮かぶ。
苦しい思い出が浮かぶ。
嫌な思い出が浮かぶ。
思い出が浮かんで、浮かんで思考を支配する。
「雨は嫌だ助けてください、パイセン
自分にしがみつくライトを見て、ビリーは戸惑う。
こんなに弱った恋人を見るのは初めてだ。
不安定で陽炎のようで、目を離せば死の淵へ近づいていきそうな姿を見るのは初めてだった。
奈落の底へ落ちてしまったらもう二度と会えない。
まだライトと話したいことがある。
まだライトの手を握って出かけたい場所がある。
まだライトにどれだけ愛しているか伝えきれてない。
まだ死によって離れ離れになりたくない。
だから絶対に行かせない。
「ライト大丈夫だ。俺がずっとそばにいてやるから。」
ビリーはライトを抱きしめた。
ここに居るぞと言うかのように優しく力強く背中をさする。
「怖いのが来たら俺様がやっつけてやる。」
「傷が痛むなら痛くなくなるまでさすってやる。」
「何かあったかいもの飲むか?ティーミルクの素あっただろ?」
「気がまぎれるものないかなぁ。店長から映画借りてなかったっけ?」
ビリーは話しかけ続ける。
声が、言葉が届いてくれるように。
過去ではなく、今を見てくれるように。
背中をさすりながら、優しく話しかける。
今のライトは無敗のチャンピオンではない。
ビリーの大切な後輩であり、恋人だ。
頼っていいんだぞ。
言葉には出さないが、その想いが伝わるように抱きしめる。
どれだけの時間が経ったのか?
止まない雨音だけではわからない。
「パイセン……
ずっと耐えるように黙っていたライトがようやく声を発した。
「ティーミルク飲みたい
「お、いいな。味は何がいい?」
「チョコレート。」
後輩からのリクエストが嬉しい。
「あと……プロキシからアート映画借りていて
「アート映画かぁ。ティーミルク飲みながら一緒に観るか。」
ビリーは深緑色の髪を撫でた。
「あと
「なんだ、なんだ?今日はいっぱいお願いしていいぞ?」
「一緒にお風呂入って……一緒に寝たいです。」
「いいぜ、お前の願い全部叶えてやるからな!他にして欲しいことあったら遠慮なく言えよ。」
なにせ俺はライトのパイセンだからな!
そう励ますように言うとビリーはライトを抱き上げた。
そしてティーミルクを淹れるために一緒にキッチンに向かう。
子供扱いにも見えるが、ライトはビリーの首に腕を回し肩に顔を埋めるだけだった。
今はまだ本調子じゃないかもしれない。
古傷がまだ痛むし、辛い過去が脳裏から離れない。
それでも大好きな恋人がそばにいる。


雨が紡ぐ昔話。
辛い辛い昔話は、優しくてかっこいい先輩が忘れさせてあげよう。