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racmon
2025-06-10 17:54:39
2670文字
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CALL UP
24サが新生マッ…と食事中にロから着信があって慌てて場所変えて電話に出る話です
「アメリカにメシ食いに行きたい人ー!」
俺のデタラメな提案に食べ盛りたちは興味を示した。その目の輝きを無視できないのが左馬刻である。面倒見のよさでは、いままで出会った人間の中でも一二を争う。事務所の外は一瞬で蒸発するほどの気温だが、足があるなら安心というものだ。俺がニンマリとしてみせると、左馬刻は優しい舌打ちのあとに車のキーを手に取った。
言い出しっぺはナビをしろということで、俺は助手席に乗り込み、地図アプリを開いた。ピンを立てたのはとあるハンバーガーショップ。ドライブインのアメリカンスタイルが人気らしい。それでも近頃は一時期のような混雑はないようだった。人々の興味の移り変わりの早さたるや、時々自分だけ取り残されている気さえする。
もっとも、それは別の事柄に起因しているのかもしれないが。
「よっしゃ、気分上げてこか〜!」
雰囲気を出すためにカーオーディオをつけた。明るくてどこか切ないサウンド。去り行く夏を惜しむ曲だ。久しぶりに聴くと、染みついた煙草のにおいとコーヒーの香りが脳裏を掠めた。これはたしか、1960年代の曲だ。有名な映画のエンドロールで流れるのだと、そう得意げに教えてもらったのも遠い昔のように感じる。
「なんちゅうタイトルやったかな、ここまで出かかってんねんけどなあ」
喉の辺りを叩いて呟いた独り言は、開け放した窓から流れていった。
店を半円状に囲む広いパーキングエリアに客はまばらだった。噂通りの落ち着き具合。暇そうに爪を眺めていた店員がメニュー片手に窓をノックした。
山のように注文されていく様子は大変気持ちがいい。俺もなんだか腹が減ってきた。セットにして、フライドポテトのサイズアップでもしようか。
「おい簓、お前は」
「盧笙」
スマホが長く震えているなとは思った。何気なく着信を確認して、息が止まった。
「てめぇいい加減にしろ」
「いやちゃうねん」
次に視線を戻した時には一件の不在着信通知になっていた。一瞬の躊躇が、一生の後悔になる。そもそもかけ間違いだったのかもしれない。その可能性がある限りは、どうしても折り返すことができない。もしも、もう一度かかってきたら出てみよう。期待をしないようダッシュボードにスマホを置く。それでも視界の端に真っ暗な画面を捉えてしまい、フード一覧の上を目が滑る。
「そうやな、腹減ったし、なんかガッツリ」
さっきまでなにを注文するつもりだったかさっぱり忘れてしまった。適当に、なんでもいい、それなりのなにかを。
「ほんなら俺は──」
もしもの着信はすぐだった。メニューが足元に落ちて、俺の手はダッシュボードに伸びた。
「俺、芋」
スマホの代わりに一万円札を置き替える。
「ちょおタバコ──」
やや慌ただしく飛び出してしまった。三歩進んで、煙草とライターをコンソールボックスに置きっぱなしだったことを思い出す。無駄にカモフラージュしたつもりだったが、取りに戻る時間はない。
「
……
はい」
「え、簓?」
「あ、うん。さしぶり」
この期に及んで、頭の片隅で、チャイマッセとボケればよかったなどと思った。
「よかった、番号変わったんかとおもたやん」
「変わってへんよ」
変わってへん、と繰り返し口にして、俺は盧笙になにを悟って欲しいのだろう。よかった、とはどういう意味なのか、勝手に踵が浮く。
「電話、どないしたん?」
口説くときのような声色になった。そうじゃないだろと頭を掻きむしる。
「お前保険証ウチに忘れてんで」
「ああ。お前ンちにあった?」
首からさげた合鍵越しに早まる鼓動を押さえた。俺は今、おかしな呼吸になっていないか? 意識するとどんどん浅くなっていく。盧笙はまだあの部屋に住んでいる。額縁の中に入れたはずの光景がわずかに動き出す。
「そう。ないと困るやろおもて、電話した」
「なくしたおもて再発行してん」
「そうか、ほな大丈夫やな」
馬鹿正直に答えてしまった。保険証が手元にないままであると知れば、盧笙はきっとそのままにしておくはずがなかった。現にこうやって連絡をくれたのだ。取りに行くと言えていれば、青のジャケットはクリーニングに出したままにできたかもしれなかった。
「切って捨てとくわ」
「ああ、ありがとう」
わずかな沈黙にさえ、あの頃と同じ俺たちではないと思い知らされる。次に言葉を発したのは盧笙だった。ほな、と言い合って、あっけなく電話は切れた。
保険証はたしかになくしていた。どこへやったかは覚えていなくて、引っ越しの時にでも捨ててしまったのだと思っていた。まさか盧笙の部屋にあるとは考えもしなかった。でも盧笙が言うのだから、それはそこにあったのだ。適当な口実を作って、俺に電話をかけてきただなんて、そんはなずはない。
山ほど話したいのに一切の連絡ができなかった俺に比べて、盧笙は理由があれば一本の電話を軽く寄越せるらしい。
虚脱感に遠くなっていく耳の奥で、盧笙の声だけが響いていた。
車に戻ると三人とも食べ終わり、追加のポテトが到着したところだった。
「おい、冷めちまってんぞ」
「食わねえなら寄越せ」
「簓さんポテトしなしな派っすか」
拍子抜けするくらいの現実が、今の俺にはちょうどよかった。大袈裟に背中を丸めてみせる。
「そやねん。俺みたいなヤツはしなしなポテトと冷めたハンバーガーをぬるいコーヒーで流し込むのが似合うてんねん
……
」
左馬刻が律儀に釣り銭を渡してきた。レシートと、あともう一枚の折り畳んだ紙切れが紛れている。万札を出した時にくっついていたのか、折り目がふやけて傷んでいる。俺は何気なく開いてみた。ゴミだったら捨てようと、それくらいの気持ちで。
そこにあったのはネタの走り書きと、各漫才賞レースのスケジュール。どうしても捨てられず、財布に仕舞ったのだ。大阪を出る時に。
空いたスペースには、よく通っていた喫茶店の店主の似顔絵もあった。ほかにもいろいろ書き込んであるが、ほとんど落書きのような──。
「ああ、思い出した」
実家にDVDがあったと思うと言われ、ええやんと返した。タイトルは思い出せたが、どんな物語なのか、俺はまだ知らなかった。あれは一緒に観る約束とも取れる会話だった。リダイヤルまで、あと一タップだけ。
地図アプリを開き、事務所までのルートを検索する。すぐに最短の道と所要時間が表示された。俺はと言えば、盧笙と再会できるまでの道筋をまだ見出せずにいる。
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