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かのまる
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伊剣ワンドロワンライ「傘」
「傘」のお題を書かせていただきました。
久しぶりに全年齢を書くので、どうなるかと思いましたが様々な解釈をしていただき嬉しいです。
わずかに加筆しました。
神社の石段を降りる。一段、一段と降りてゆく。
階段の端には首を垂れた武家人の骸、足元には紅い血溜まりが。それを踏みつけるのも、跳ねた雫が足を穢すのも厭わず歩みを進める。
セイバーは、ふと視界に入った赤い蛇目傘に目を止めた。
「
……
まだ綺麗なのに、勿体無い」
思わず呟きたが、すぐその考えをかき消す様に、緩く首を振る。
私達はもう傘を持っている。
傘なぞ一本あれば十分だ。
セイバーはまたゆっくりと歩きだした。
「イオリ、やけに最近雨が多いが
……
どうしてなのだ?」
「ん、あぁ。おまえは梅雨を知らんのだな」
「ツユ? ツユとは何だろうか。確かに今くらいの時期には雨が多かった
……
様な?」
セイバーはこめかみに指を当てる。生前の記憶を何とか思い出そうとしているらしい。
伊織は今にも降り出しそうな灰色の空を見上げる。
「梅雨の頃は雨が続き、蒸し暑い。だが作物の成長には欠かせぬ時期だ。この時期、玉縄には紫陽花が咲いて、大層綺麗だという」
「では今度タマナワに行き、アジサイとやらを愛でよう!」
「儀の最中だぞ。まあ、近くに行く機会があれば、だな」
伊織は呑気なセイバーに呆れながらも、ふっと楽しそうに口元を緩めた。
暫くして暗い空は泣き出し、ぱらぱらと雨が降り始める。
人は蜘蛛の子を散らした様に慌てて消えていき、賑やかな往来はがらんとした。
伊織達も一旦、空き家の軒下に避難する。
「あっ、イオリ、見よ! あの男が持っているのは
……
傘であろう?」
視線の先には、一人の男が黒い番傘を差していた。
「セイバーは、傘を知ってるのか?」
「うむ、知ってるぞ! 私が知るものとは些か形が違うが
……
似たものを従者が持っていたな」
そうだ、セイバーは元より大変高貴な身分の者であるのだ。つい忘れがちだが、言葉の端々で住んでいた世界が違うと感じることはあった。同じ時代に生きていれば、顔を合わすことも無かったのだから、不思議な縁だ。
「ほら、そこの万屋に同じ物があるぞ。いいなぁ。当世の傘、私も使ってみたい」
童が玩具をねだるように、袖を軽く引かれる。
「
…………
」
結局、セイバーに負けて傘を買ってしまった。
一番安い物を、一本だけだ。
傘は大きいが、それでも二人入ればもうぎゅうぎゅうだった。
「セイバー、濡れてないか?」
「私は大丈夫だが
……
イオリ! きみの肩が濡れてしまっているぞ」
セイバーが濡れないように傘を傾けたことで、伊織の半身は少しはみ出てしまう。雨が藍鉄色の着物を濡らし、徐々に色を変え、ずしりと重みが増した。
「俺は良いんだ。セイバーが濡れなければそれで」
伊織の眼差しはまるで、カヤに向けるような慈愛に満ちたものだった。何故か、セイバーは胸の奥がじくじくと痛くなる。
ならばせめて少しでも雨に濡れぬようにと、セイバーは伊織に身を寄せた。
案の定、その男の身体はひんやりと冷たかったのだ。
「雨、か
……
」
セイバーが石段から空を見上げる。
傘を買ったあの日と同じ、昏い空が一面に広がる。
「
……
あぁ、疾くイオリの元に戻らないとな」
イオリが冷えて風邪を引いたり、傷を負っていては堪らない。そうしたら、あの時の様に
温めて
・・・
あげなければ。
やはり冷えた体には人肌が一番だ。
更に一つになれば互いの熱が融け合い、芯まで伝わり温まるのだから
……
うん、きっと効率が良い。
それもこれも全ては弱いイオリの為なのだ。
決して私欲では無く。
セイバーの瞳が鼠色の空をものともせず、きらりと宝石のように輝く。急に身体が軽くなった気がして、石段を思い切り蹴り、宙に舞った。ひらりと石畳に着地すると、脇目も振らずに駆け出す。ただ黒い足跡を残して、彼は消えた。
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