ある日の午後、静まり返ったAbyss本部のボス専用の部屋にて確認しなければならない書類全てに目を通し、私は一息ついて椅子にもたれかかった。
(……お腹すいたな)
時刻は午後3時。世間一般で言うところの[おやつの時間]だ。何かないかと立ち上がり、部屋に置いてあるお菓子用の箱の中を覗く。
空っぽだった。
(最近何かと忙しくて買いに行く暇も無かったからなぁ~。しょうがない、家に帰るまで我慢するか………)
普段こういった事態になった時は類か柩に頼んで簡単なお菓子を作ってもらうのだが、あいにく二人とも今日は別件でよそにお使いを頼んでいて不在なのだ。
他の部下の子達には頼めるには頼めるが、こんなくだらない事を言うのは申し訳なく感じてしまう。
そう考えてた時だった。
コンコンコン
誰かがノックをした。
「ボス。朧です。入ってもよろしいでしょうか?」
「うん。いいよ」
ドアが開き、幹部の朧が来てくれた。ちょうどいい。彼に何か買ってきてもらおう。
「何か急ぎの用事?」
「いえ、ずっと書類とにらめっこしてお疲れかと思いまして。間食をご用意しました」
なんてこった。頼む前にもう準備しておいてくれたのか。結構長いつきあいとはいえ、私の空腹事情まで把握しているのはこう言ってはなんだがちょっと怖いくらいだ。
「ありがとう朧。ちょうどお腹空いたなって思ったところ。何買ってきてくれたの?」
「いえ、買ったのではなく、時間があったので俺が作りました。」
………ん?作った?
今朧[作った]って言った?
「…朧が作ったの?」
「はい!材料が安く手に入ったのでカップケーキを作ってみました。自信作ですよ!」
満面の笑顔で彼は答えた。
「ではすぐにお持ちしますね」
そう言って朧は部屋を出て行った。
(……どうしよう。)
少し血の気が引いた気がした。なぜこうなるかって?数多の一次・二次創作を目にしてきたであろう皆様なら分かってくれるはず…
そう彼は
〈料理がとんでもなく下手〉なのである!
何を基準として下手とするのかと聞かれると答えにくいが、前に一度お祝い事があった際に朧が作ったケーキのスポンジをつまみ食いしてしばらく布団から出られないくらいの腹痛を経験した事がある。
あの場には幹部全員が揃っていて、朧は柩や荊から数時間説教をくらっていたのを覚えている。その日から料理禁止令をボス権限でだしていたはずだが、忘れてしまったのだろうか?
「お待たせいたしました」
帰ってきた。手にとてもカップケーキとは言い難い物体を持って…。
「………一応聞くんだけどさ、前に私が料理はしないでねってお願いしたの覚えてる?」
「勿論です。ボスからの願いを俺が忘れる訳ないじゃないですか」
「じゃあ、なんで急にそれ作ったの?」
そう聞くと朧は自信満々な顔で答えた。
「あの一件から俺、ボスのために何度も何度も練習したんです。どうしても俺の作った物で喜んで頂きたくて…これは挽回のチャンスとして食べてほしいんです!」
そこまで言われると食べないなんて言えなくなってしまう…。
「…分かった。食べてみるね。」
私は朧からカップケーキを受け取った。
見た目は完全に爆発した事後物体にしか見えない。しかもなんで紫なの?食用色素入れてみましたどころのレベルじゃないんだけど。色が毒々しすぎるだろ。
ケーキを凝視していると
「ボス?遠慮なさらず召し上がってください。おかわりも沢山ご用意してあるので!」
朧はこちらに満面の笑みを向けている。こんな化学兵器並のもの量産するんじゃないよバカタレ。前の私みたいにつまみ食いして犠牲になる奴が出たらどうすんだ。
ええいもう覚悟を決めろゼロ!一口でもいいから食べるんだ!
ゆっくりと息を吸ってかじりついた。
正直な話をすると、そこから記憶が一切ない。
気がつくと私は変身が解けていて、救護室のベッドで横になっていた。傍には半泣き状態の類がいて手を握ってくれていた。
私の意識が戻ったのを確認した類は、自分が帰ってきてからの事を教えてくれた。
柩と二人で本部に帰ってきて、お使いの報告をしに私の部屋まで来たところ、大慌ての朧とぶっ倒れた私がいたという。
倒れてからもう2時間ほど経過しているらしく窓の外を見るともう夕日が見えていた。
「朧と…柩は?帰ってきてるんでしょ?」
そう聞くと類は苦笑いして答えた。
『んと…朧、ひぃちゃんに引っ張られて指導室で怒られてる。もうすぐ荊も帰ってくるから、まだお叱りは続くと思うよ』
そんな話を聞いていると
「朧のアホは何処やぁ?!」
ドアの開く音と荊の怒鳴り声が遠くから聞こえた。声の感じからして相当怒っている。顔はきっと真っ赤になっているだろうな。
「もう…こうは言いたくないけど、朧厨房に行くこと事態禁止にしようかな……」
ため息混じりに呟いた。しばらくはお菓子を買いだめしておこう、そう心に決めた夕方だった。
ちなみに、例の如く腹を壊し、2・3日ベッドから起き上がれなかった
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