みずあめ
2025-06-09 18:12:14
4047文字
Public brmy
 

ゆづあい

ワンライお題「結婚式」(1時間で書いたものに加筆修正しています)

 大学の同期の結婚披露宴で、いるはずのない人の横顔を見つけて俺は目を見開いた。むこうは俺に気がつくことなく同じテーブルを囲む人たちと会話を楽しんでいる。
 彼の席は俺が座っている新郎側ではなく新婦側の招待客の方だ。年齢層の広いテーブルに座っているから、おそらく過去の仕事関係の知り合いなのだろう。
 順調に進んでいく披露宴の最中、お色直しのために新郎新婦がテーブルの合間を通って出口へ向かう。拍手で包まれる空間の中で視線を感じてそちらを向けば、驚いた顔の逢さんと目が合った。気がついてくれたという喜びと、こんなところで会いたくなかったなぁというひねくれた心が混ざって、でも俺はそっと口元に微笑みを浮かべて逢さんを見つめ返した。
 新郎新婦が戻るまでこちらのムービーとお食事をお楽しみください、と司会の人が言い、正面にスクリーンが下りてきて映像が流れ出した。彼らの思い出フィルムのような美しい映像と、家族や友人に当てたメッセージが紡がれていく。照明が落とされて薄暗くなった会場内で俺は隣の人にお手洗いに行ってくると声をかけて静かに席を立った。ふと視線を向けた先で、逢さんも立ち上がっている。彼と目を合わせることもなく会場を出てトイレへ向かえばすぐ後に逢さんが入って来た。
「由鶴」
「お疲れ様です。驚かせてしまってすみません」
……知ってたのか?」
「まさか。俺も途中で気がついて、いつ気づくかなとドキドキしてました」
「こんな偶然もあるんだな……。おまえは新郎の友人か?」
「ええ。逢さんは、新婦さんの……?」
「何年か前に仕事でちょっとな。それから俺自身はあまり関わりはなかったんだが、当時の仕事関係の人をまとめて呼んだみたいで、懐かしい人にも会える良い機会だと。……まさかお前がいるとは思わなかったが」
「世間って狭いですよね」
 ふふっと笑って見せたけれど逢さんは硬い表情のままだった。俺が首を傾げると彼の唇は迷うように動き、それから意を決したようにスッと息を吸った。
「二次会とかは、あるのか」
「え? そうですね、この後みんなで飲みにって話にはなってましたけど、……行かない方がいいですか?」
「違う。そうじゃない、が、……夜、うちに来てくれないか?」
……えっと、じゃあ、これが終わった後に駅で少しだけ待っててもらってもいいですか?」
「え?」
「急に明日仕事が入っちゃったって言えば問題ありませんから。一緒に帰りましょう?」
……いいのか」
「はい、もちろん」
 ホッとしたように息を吐き、ありがとうと言って逢さんはトイレを出て行った。壁越しに小さく楽しげな笑い声が聞こえる中、俺は一人きりで鏡を見てうまく笑えている自分に向かってよしと頷いた。いつも通りにできていたはずだ、きっと気づかれていない。
 少し間を置いて俺も会場に戻り、そのまま披露宴を最後まで楽しんだ。引き出物をもらった後会場の片隅で同期が集まり次の場所の話をし始めたところで、学生時代からよく一緒にいて今でも時々顔を合わせる友人に明日仕事になっちゃって、と二次会に不参加する旨の伝言を頼む。引き止めるように声をかけてくれた久しぶりに会った友人たちにも挨拶をして、俺は会場を後にした。
 一人になって取り出したスマホに特に連絡は入っていなかった。早く会いたい、このまま帰ってしまいたい、と、正反対の気持ちを抱えたまま足は確実に駅へと向かう。
 遠くからでもその人は目立っていた。シンプルなブラックスーツだというのに立っているだけで目を惹く美しさに、俺は一瞬だけ足を止めてから逢さんに駆け寄った。
「お待たせしてすみません」
「いや。……本当によかったのか?」
「はい。ここからだと電車でもすぐですが、タクシーにしますか?」
「そうだな。荷物もでかいし、なによりおまえは目立つ」
「え? 俺が?」
「ただの礼服なのにかっこよすぎるだろう。何回も見惚れた」
…………そっくりそのままお返しします」
 じとっとした目をお互いに向け合い、ふっと笑い声を溢して駅から出る。幸い駅前のタクシー乗り場は空いていてすぐに乗り込むことができた。
 運転手さんに聞かれても問題のない当たり障りのない会話をしたかったのに、二人きりになったらうまく言葉が出てこなかった。逢さんの方からも特に話を振ってこないから無言のままで逢さんの家に着き、タクシーを降りてマンションに入る。
 エレベーターの中でようやく「やっぱりいいな」と呟く声が聞こえて視線を向けると、逢さんは俺の全身を眺めるように見ていた。どうやらただ見惚れているだけらしい。素直に嬉しくて、でもちょっとだけ照れて、俺は笑みを溢しながら唇を尖らせた。
「逢さん、見過ぎです」
「嫌ならやめるが」
……嫌じゃないですけど」
「なら、いいだろう」
 本当に見ることをやめてくれないから、もう、と呟いて逢さんの手を取った。ちょうど到着したエレベーターから降り、行き慣れた逢さんの部屋へ向かう。チラッと振り向くと逢さんは片手で鍵を取り出していて、扉の前に着いてすぐに鍵を開けてくれた。
 開いた扉の中へ先に一歩入って逢さんを引っ張り込み、扉を閉めて薄暗い玄関でぎゅうっと逢さんのことを抱きしめる。逢さんは驚くこともなく俺の抱擁を受け入れながら引き出物の袋を二人分まとめて床に置いた。それから空いた手でしっかり背中を抱き返してくれる。
「由鶴、俺はおまえと別れないからな」
 まるで心の中を読んだように、逢さんははっきりとそう言い俺の背中をぎゅっと引き寄せた。冷えていた心臓が、逢さんに抱きしめられて鼓動を早める。
……どうして俺が別れたいって言うと思ったんですか」
「そういう顔をしていた。俺の結婚式に参列するつもりなら諦めろ」
 ぐしゃっと後頭部を乱して、逢さんの手が俺の頭を強く引き寄せた。逃がさないと言われているようなキツさにくらくらして溶けてしまいそうだった。
「俺はおまえではないどこかの女と結婚して幸せに暮らすべきだと、そう考えているんだろう。悪いがその夢は叶わない。俺はおまえの手を離すつもりはないからな」
「っ、でも、逢さんが良くても、周りが」
「親の人生でも、どこかのお偉いさんの人生でもない、これは俺の人生だ。誰と幸せになるかなんて俺自身が選んで決める」
「俺と一緒にいたら逢さんは」
「由鶴」
 俺の言葉を遮って、逢さんはごつんと額を重ね合わせた。涙を浮かべる俺に気がついて一瞬目を見張り、すぐにふっと甘やかすような顔をする。
「おまえは俺に幸せになってほしいと、きっと俺以上に願ってくれているだろう。でも、由鶴がいないと俺は幸せじゃないんだ。俺を幸せにしたいなら、おまえが隣にいろ」
 首を振りたかったのに、逢さんに掴まれているせいで少しも動けない。ぼろっと溢れた涙を追いかけて逢さんの唇が俺の頬に触れ、その温かさに余計に涙が出た。
「一度掴んだ手を離すつもりは最初からない。俺の結婚式が見たいのならおまえも隣に立たなくちゃいけないからな。特等席だろう?」
「っ、あいさん……
「うん?」
「普通の、結婚、できなくてごめんなさい」
……ん、それで?」
「わかれたくないです……
「あぁ、別れないよ。何があっても別れてやらないから安心しろ」
 ちゅっと優しくキスをして逢さんが笑う。今日見た幸せいっぱいの新郎新婦と同じように、幸せそうな笑顔だ。本当にこれでいいのかなんて正解は分からないけれど、それでも俺はこの手を離せない。
「逢さん、俺と、結婚してください」
……もちろん。ふふ、いいのか、こんな可愛い泣き顔のままでプロポーズして」
「あっ……、う、でも、……はい、いま、言いたかったから」
 ごめんなさいと呟くと逢さんが俺の目元を優しく拭ってくれた。晴れた視界で真正面から逢さんと見つめ合う。
「謝らなくていいから、……ただ、ずっと一緒にいると誓ってくれ。今日を思い出して懐かしいと笑える日まで、ずっと」
「はい。ずっと、一緒にいます。……逢さんに誓って」
「ふ、神様じゃなく?」
「俺にとっては同じようなものですから」
……それじゃあ、誓いのキスでもしとくか?」
 電気を付けていない薄暗い玄関で、俺は丁寧に唇を重ねた。離れて、目を合わせて、逢さんの瞳も少し濡れていることに気がついてもう一度唇を重ねる。
 神様の前では怒られそうなキスを逢さんに止められるまでして、俺は壁に押し付けた逢さんとコツンと額を合わせた。
「俺と出会ってくれて、ありがとうございます」
……こっちのセリフだ」
「俺のこと、離さないで」
「ん、約束する。おまえはすぐ一人でどっかに行きそうだからな、ちゃんと捕まえておいてやる」
「うん……
 逢さんが俺の手を掴み、薬指の根本をすりっと撫でた。ドキッと心臓が跳ねたのを見透かしたように笑って「今度買いに行こう」と言う。頷いた拍子にまたぽろっと涙が溢れてしまい逢さんが俺の目元にキスを落とした。
「結婚しよう、由鶴」
 今日の披露宴のように、みんなに笑顔で祝われることは難しいかもしれない。俺は逢さんにはたくさんの祝福の中で幸せにいてほしい。でも、逢さんが俺が良いと言ってくれるのなら。この手を離さないと言ってくれるのなら、俺は俺の全てで逢さんを愛し続ける。
 法的に関係を結ぶことは、今は俺たちにはできない。それでも俺たち自身がそれを誓えば十分だ。目を合わせ、お互いの思いを言葉にすることで、未来を約束する。
「はい。ずっとあなたのことを愛します」
……俺も、愛してる。これからもずっと」
 俺がいま感じている幸せと同じだけの幸せを、逢さんも感じてくれているかな。指輪もないし、神様も家族もいない、電気すらつけていない逢さんの部屋の玄関だけど、それでいい。きっとずっと先で今日を思い出して二人で笑うだろう。