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あけみ
2025-06-09 13:42:40
6799文字
Public
MCU(小説)
【MCU】あの日あの場所とは別の狭間で見る夢のまた夢【バキトニ】
8月大阪インテでの無料配布しました。こちらはweb再録です。
サンダーボルツ*後の旧アベンジャーズタワーで、
トニーが生存する世界の夢を見て情緒不安定になるバッキーの話。
あまり幸せな話ではない。不穏注意。
セントリーが見せた悪夢の中で、バーンズは思い知らされる。己の罪の深さと、どこまでも追いかけてくる過去に。
クリスマス前の夜。命令は制裁と強奪、目撃者は殺せ、だ。左腕のアーマーでハワード・スタークの頭を殴り、右手で助手席に座っていたマリア・スタークの首を絞めた。トランクにある血清を奪うと、記憶とは違う存在がバーンズの心情にとどめを刺す。二十歳頃の青年がこちらを睨んで「なぜ殺した」と叫んでいる。彼は両親の遺体の傍に座り込み、悲しみより先にバーンズに憎悪の視線を向ける。それはすぐに成長し、バーンズが知るトニー・スタークの姿に代わる。
そしてすぐにリフレイン。
クリスマス前の夜。命令は制裁と強奪、目撃者は殺せ。バーンズは前を走る車をバイクで追っていたが、ハンドルを切り脇道にそれる。スターク夫妻を殺めるシナリオから逃げるように駆け出すも、再びあの日の夜に戻る。前には猛スピードで走行する車、それを追いかけるバーンズ。脳裏に木霊する命令の呪縛。
バーンズはバイクから転がり落ち、何度か嘔吐した。
× × ×
ヒドラの洗脳下で暗殺した人物のほとんどには家族がいた。当たり前のことだが、これはバーンズにとって一生逃れられない罪の重さとして思い知らされることとなる。ヒドラが邪魔ものだと認識し、ウィンターソルジャーに暗殺依頼を命じた標的は、世間から名の知れた人物が多かった。その数はバーンズも把握できないほどで、なにより、ほとんどの場合、標的になる人たちは善人だ。
生きている間では償い切れない罪の重さだとしても、逃げることを止め、向き合うと決めた日。
サノスを仕留めたスナップは、人間には耐えきれない途方もないエネルギーを要した。彼はまさにヒーローであり、バーンズの後悔でもある。
懐から取り出した手帳に名前が綴られている。バーンズが調べられるかぎり突き止めた手に掛けた人物の親族だ。宇宙の危機を懸けて地球でサノスとの闘いが終わった後、バーンズはやっと自身の罪と向き合うことにした。
この手帳は最初に始めたその一歩だった。結局、うまくいかなかったが。手帳に書き綴った一つの名前を指でなぞりながらバーンズは苦渋に眉を寄せた。
『トニー・スターク』
逃げるのをやめて向き合おうとした時には全てが遅かった。
ニューヨークにある一等地にそびえたつタワー。アベンジャーズタワーと呼ばれていた時期に、堂々と聳え立つタワーをバーンズは見上げたことがある。
「良い眺めだろう、おれは長年ここでフードトラックをしているが、運が良ければアイアンマンが空を飛ぶところも見られるぞ」
バーンズが眩しそうにタワーを眺めていると、声をかけたフードトラックの店員が上機嫌に話す。バーンズのことを観光客だと思ったのか、すぐさま店自慢のフードをすすめてきた。ウィンターソルジャーだったバーンズが記憶を取り戻したすえ、ニューヨークまで来たのは、キャプテンアメリカのスティーブのこともあったが、ここに降り立つと聞こえてくる話は、アベンジャーズとアイアンマン、つまりトニー・スタークの話題が多い。
アベンジャーズタワーの前でバーンズは、足がすくんだ。スターク夫妻を殺したあの日の夜のことを覚えている。ハワードとは、戦時中何度か話をした程度だったが、それでも彼が天才だと呼ばれる所以は分かるほどには共に過ごした経緯があった。
バッキー・バーンズとしての記憶を全て取り戻したが、今さらどんな顔でスティーブとアベンジャーズの面々と向き合えば良い? まして、ハワード・スタークの息子のトニー・スタークと。
帽子を深く被りなおしたバーンズは、フードトラックの店員からシャワルマを受け取り、店員との話を適当に受け流す。名物のシャワルマはアベンジャーズのメンバーがニューヨーク決戦後に食べたメニューだとか何とか。
アベンジャーズタワーを背にその場から早く立ち去りたかったバーンズは、ここには二度と訪れないだろうと思った。
あの時、逃げて目を背けなければ。自身の罪と向き合うことを選んでいたなら。彼にもう一度、顔を合わせて言葉を交わせた。けれど、そうはならなかった。
逃げることを選択した己がとった態度は、あまりにも愚かで悔やんだところであの日は戻らない。逃げても犯した罪はなくならない。それどころか、追いかけてくる。一生つきまとう。それは、一生許されないからだ。
アベンジャーズタワーが売却され、新たな基地が北部に移されたことはサノスとの闘いの後に知った。ニューヨークにあるアベンジャーズタワーの買い手はCIA長官のヴァレンティーナで、今は「ウォッチタワー」という名称のもと、ニュー・アベンジャーズ(公式名称ではない)の拠点にもなっている。タワーの名前は変わってしまったが、形はアベンジャーズタワーの時のままだ。
バーンズはタワーに設備されているバーカウンターで空のグラスを握りしめている。
ここで、かつてのスティーブや他のアベンジャーズの面々が拠点を置き、生活していたことを知っている。まさか自身が同じ立場で同じ場所に居座ることになるなんて思いもよらない。
とっくに日付も変わり二時を回る頃だというのに、街の光はまだ明るくニューヨークの夜はいつも騒がしい。もちろん、騒音などこのタワー内まで届かないが、騒ぎというのは人々が羽目を外し週末にバーで飲み明かすようなものだ。アベンジャーズタワーがあった頃は、こういう平和が続いていたという話も聞く。
ニューヨークのど真ん中にアベンジャーズのタワーがあるのは、そういった抑止力を伴っている。
バーンズがいるフロアに明りがつくと、そっと背後から声がかかる。
「良いお酒が揃ってるのに、一本も手を付けないのは勿体ない」
そう言って忍び寄るエレーナの気配はバーンズも気付いていたが、素知らぬふりをして隣に座った彼女を見やる。タワーに移り住んでから一カ月がたち、アレクセイやウォーカー、エイヴァといった面々は慣れないヒーロー業を少しずつ柔軟にこなし始めた。対してバーンズとエレーナはまだ自身の居場所に異物感を覚え、真夜中に起きてはバーカウンターに居座る日が時たまある。今もそうだった。
「居るなら、明りぐらいつけな」
「
……
暗い方が落ち着く」
「まぁ、気持ちは分かるけど」
エレーナは棚からブランデーの瓶を取ると、グラスに二杯注いだ。バーンズが飲まなくてもエレーナは己の分まで飲み干すだろう。彼女が自暴自棄になりアルコールに逃れる癖は以前より緩和しているが、ここに馴染めないでいる焦燥感はバーンズも理解できる。エレーナが注いだブランデーをバーンズは飲み干してから、ふと、言葉を紡いだ。
「
……
ここに来てから辛い夢を見る」
落ち着かない夜はいつもそうだった。
「いつもの悪夢?」
エレーナは静かに問う。
バーンズは首を振った。
「ここがまだ「アベンジャーズタワー」と呼ばれていた時の、存在しない記憶を見るような夢だ」
バーンズは話始め、いっそのこと悪夢の方が良かったと思うほど、その夢は穏やかな優しいものだと伝える。
そこには、最初のアベンジャーズのメンバーと今ここにいる者たちが同じ場所で「アベンジャーズ」をしていた。トレーニングルームではアレクセイとソー、スティーブが冗談を交わしながら今日の任務のことについて雑談し、実践で行ったことを演習して見せる。ナターシャとエレーナは彼らを呆れながら眺め、笑っていた。サムはラボにいるホアキンとバナーにレッドウィングの改良について話しているが、バナーが「こういうのはトニーが得意だ」と視線を交わし、その先には
――
「俺の義手のメンテナンスを行っているトニー・スタークがいる」
と、言ってからバーンズは妙に鼓動が高鳴り、ガラも無く顔を赤らめた。
「何、赤くなってんの?」
エレーナが怪訝に眉を顰める。
バーンズは顔を俯かせた。本当に、なぜだろうか。あの夢の中でバーンズは罪を許されたわけではない、どうやら過去に行った罪についての裁判が行われ、トニーが協力してくれたようで、専属の弁護士まで付けてくれた。夢の中だというのにどうもむず痒い。
「
……
聞いてる限り、良い夢じゃない?」
それが何で辛いの?と、エレーナは問うたが、顔を上げたバーンズの表情を見やったエレーナは呆れた笑いを引っ込めた。
「辛いだろ。目の前に親の仇がいるのに、俺の義手のメンテナンスを行っている。夢の中のトニーは、それが日常のことのようだった。けど、俺は
……
本当の彼とは一度もそのことについて話し合ったことはない」
その機会をみすみす逃した。
バーンズは、カウンターに肘をつき再び俯かせた額を両手で支え項垂れる。
「そんな夢を見るたびに、思い知らされる。過ちは許されないが、歩み寄る術は他にたくさんあった。その一つの可能性を見せつけられて苦しい
……
だって、ここには、彼はいないのだから」
どうやっても叶わない。
エレーナは黙って聞いていた。今のバーンズにはその沈黙が心地良く、慰めのように思えた。
× × ×
バーンズはパーティ会場を見渡し、目を細めた。タイムズスクエアにある会場に集まった者たちは皆、有名な議員や各分野の専門家、学者までいる。そして、バーンズの視線の直線上にいるのはトニー・スタークだ。スリーピースのスーツを着こなし、議員や学者たちと入れ替わりに対話する姿は、アイアンマンになる前の彼のようだと周囲の人たちは言うが、バーンズは以前のトニーのことは知らない。今、目の前に見えるのは苦手な人物に長々と絡まれ迷惑がっているトニーの姿だ。腕を組んでいたバーンズはスッと前に出て、トニーの肩に触れようとする男の前に割って入った。
「時間だ。出よう」
トニーの方へ顔を向け、そっと呟くバーンズに男は文句を言おうと口を開くもバーンズの鋭い視線に表情を引きつらせた。
バーンズはトニーをエスコートしながら会場を後にする。会場の出入り口では新聞記者やテレビカメラが待ち構えていたが、適当にあしらいながらトニーのスポーツカーに乗り込んだ。運転はバーンズだ。
「
……
助かった。タイミングも良かった」
後部座席にいるトニーが呟く。溜息をついたところを見ると、表情には出ていないが、疲労がたまっているようだ。
「乗り気じゃない会合なら断った方が良いんじゃないのか?」
わざわざ出席しなくても良い、とバーンズは前を見据えながら言い放つ。
「昔、招待状を幾度となく蹴った結果、周囲の人間関係、組織の不穏な動きを把握できず恨みをかったからな。隙を見せないためにも、出席はする」
「
……
それは必要だが、他の奴に回せる仕事なら任せればいい」
トニーはアベンジャーズの顧問という立場もあるため、責任も全て背負いすぎる。多忙すぎるのだ。アベンジャーズの面々もそれぞれ得意分野はある。トニーひとりで背負う仕事を肩代わりすれば、負担も減らせるはずだ。
「他の奴に任せるって、誰に」
「
……
たとえば、俺とか」
「さっきの会合をお前に任せるのか?」
トニーは呆れながら言い放つ。
「俺も少しなら経験がある。」
「そうか、一応、元議員だったな?」
後方から含み笑いが聞こえ、バーンズはバックミラーに写るトニーの柔らかい表情に一瞬、ドキリとする。こんなふうに穏やかに会話ができるようになったのは、いつ頃からだったのか。バーンズは過る思考にハンドルを切る腕を一瞬、止めた。突然、今、見ている光景が覚えのない幻想のようなものに思えた。
そんなはずはない。
バーンズは懸命に今までの記憶を辿ったが、トニー・スタークが生存(・・)し、自身がアベンジャーズの一員として活動している記憶はどう足掻いても存在しない。激痛が走る頭痛と共に、降り注いだ記憶は、バーンズに現実を突きつける。
ここは、悪夢だ。
車を停めると、アベンジャーズタワーに到着した。いや、今は、ウォッチタワーと呼ばれている。
恐る恐る顔を上げると、バックミラーに写るトニーは苦笑しながらバーンズを見やった。
「どうした? バーンズ、幽霊を見たような顔をして」
× × ×
バーンズは、高鳴る鼓動で目を覚ます。勢いよくベッドから起き上がると、今いる場所が分からなくなる。治まらない鼓動は冷静な思考を鈍らせる。ふらつく足はすぐにベッドから転げ落ちる。洗面所まで辿り着き、蛇口を捻ってから冷たい水を顔にかける。滴る前髪を両手で後ろにかきあげる。
落ち着け。ここは旧アベンジャーズタワ
―
だ。自身に宛がわれた部屋で、ニュー・アベンジャーズとして始動してからまだ数カ月。元サンダーボルツの面々は、やっとヒーロー業というものに慣れ始めた。
(
……
大丈夫、覚えている)
時々、自身がいる現実が分からなくなることがある。
何かが可笑しい。
バーンズは顔を上げた。鏡に映る自身の顔は情けないものだ。目元にくっきりと隈があり、連日続く悪夢に疲労が蓄積している。
目を閉じると、トニーと親しげに話していた光景が現実のように思い浮かぶ。
トニーの瞳には親愛めいた情が覗き込んでいた。そんな視線を今の自身に向けられる経緯もなければ、望むことすら許されない。
だというのに、夢で見たトニーの姿が脳裏から離れない。「もしも」あの時、己の罪から逃げずに向き合っていたら
――
と、考えてしまう。
身支度を整えていると、タブレットが点灯した。
『おはようございます。ジェームズ・ブキャナン・バーンズ様、本日のご予定は、三十分後からニュー・アベンジャーズの皆さまとミーティングがあります。』
タブレットに映し出されるタスクを確認すると同時に、追うようにニュー・アベンジャーズのセキュリティシステムを補う電脳知能がタスクを読み上げる。溜息をつき、作戦会議のために用意されたフロアまで降りると、エレーナがバーンズの姿を見た途端、眉根を顰める。
「酷い顔してる」
「
……
ああ」
返事はしたものの、バーンズはそれ以上の追求を拒み澄ました顔でミーティングに参加する。ふと、周囲に視線を配るとエレーナとウォーカーが意見の食い違いで討論をし、アレクセイは的外れな言動をする。エイヴァは退屈そうに欠伸をしてから顔を背ける。背後では読書しているボブがいる光景は、夢でみたアベンジャーズの姿と重なる。
バーンズは口元が緩み、顔を綻ばせた。トニー・スタークがいればもっと
……
、と思考が過って頬を赤らめる片手で顔を隠し俯く。そこでトニーの姿を思い浮かべるな、と自分を律する。あの夢は自身が望む光景だ。可能性の世界を自身が潰したことを承知しているからこそ追い求めるのだろう。
『どうした? 幽霊を見たような顔をして』
あれは確かにトニーが実際に言った言葉だ。
トニーが向ける眼差しには、複雑な感情があった。バーンズの義手をメンテナンスしている時のエンジニアとしての彼と、両親の仇と対峙している時と、全部ひっくるめてのトニー・スタークだった。夢にしては鮮明すぎる。まるで、本当にそんな世界が存在しているかのように。
ミーティングのフロアから出て行くバーンズに、ボブが呼び止める。
「その寝不足、僕が原因かもしれない」
「
……
どういうことだ?」
廊下で立ち止ったバーンズはボブを見やった。睨むような視線に、ボブは一瞬、怖気づく。それでも、ポツリと呟いた。
「僕の中にいるセントリーが蠢いているのを感じるんだ。懸命に抑えているけど」
精神攻撃をしてチームを引き裂こうとしているのかも、とボブは唸る。
バーンズは幻影の中のトニー・スタークを思い出す。現実では叶わぬ世界。トニーとスティーブ、ナターシャがアベンジャーズに属し、さらにサムとバーンズもメンバーに入っている世界線。精神に干渉しているセントリーの思惑を警戒すべきだと、バーンズは充分に感じている。
それでも、誘惑はバーンズの思考を惑わした。
トニー・スタークがいる世界。
「俺は悪夢ではなく、幸せな夢を見せてたはずなのに、お前は悪夢を見ていた時よりも酷い状況だ」
バーンズが顔を上げると、セントリーが首を傾げてこちらを覗き込んでいた。表情は影をおとし見えないが、セントリーはバーンズの欲望を読み静かに納得する。
「それがお前の望みなら、夢を見ている時だけ与えよう」
契約だというように伸びるセントリーの手を、バーンズは握った。反転世界があるのなら、夢の中だけでも良い。
君がいる世界に浸らせてくれ。
終
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