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マエバ・セイボスキー
2025-06-09 01:28:10
2123文字
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祈り
バソとピオ先生のはなし
星を見て生きた海の男と星になった医師。
※モブクルーが喋る
「
船長
キャプテン
」
「オレの」
「宝は、この船にね、隠したんで」
「みつけたら」
「いつもみてえに」
「みんなでやまわけ、してください」
男は、襤褸切れのようだった。
私は、襤褸を胸に抱き、いつものように唇の端をつり上げた。
「やあ海賊の宝、それはきっと大層なものだろうな」
隙間風のような音をもらし、男は震えた。
笑ったのだ。
「そりゃもう」
「心得た、私の完璧な裁量で、きっと、きっちりとわけてみせるとも」
男はもう一度震え、そして、動かなくなった。
海の男にしては軽い身体だ。
珍しく、食事も、酒も、休息も、きちんととれている航海にもかかわらず、だ。
数日前に戦いがあった。
船を襲い、襲われ、海上の熾烈な争いがあったのだ。
それは日常茶飯事で、なにも、海賊船にとって特別なことじゃない。
船医がいても、腕が良いとは限らないし腕が良くても、駄目なときはだめなのだ。
男は、先の戦闘で両足を失っていた。
数日、生きただけで御の字だった。否、生きてしまったと言った方が良いのだろう。
最後の数時間だけは、痛みも、苦しみも、認識できなくなったのが、唯一の救いだったかも知れない。
男は、数日ぶりに軽口を叩き、食事をし、酒を飲み、煙草を吸った。
そして、たったいま、船長の見守る中、永遠に苦しみから解放されたのだった。
私は、同胞を哀れんだりなどはしなかった。
ただそれでも、二度と、奴のふざけた軽口が聞けないのだと思えば、それは寂しいものだった。
きっとまだ我々と共に海を駆けたかっただろう。
こんな風に死んだ者はごまんといる。奴が特別だったわけではない。
誰も特別ではなく、誰もが特別だった。
私は、同胞を厳しく律したが、同時に、同胞をある意味で愛しく思っていた。
それは、例えるならきっと、我が子への思いに、多少似ていたのかも知れない。
ついぞ、子供も家庭も持つことはなかったので、正確にはわからないが。
愛し、律し、育て、守り、導いた。
勿論、彼らから与えられるものも多かった。
きっと、そういう意味では、我々なりの共同体、家族のようなもの、だったのかもしれない。
穏やかでもなく、優しくも綺麗でもなかったが、それでも、はみ出し者同士、助け合って生きていた。
目の前で、頼りないほどに白く細い指先を血に染め、医師が顔を上げた。
「よし、1週間は安静にしていろ、医者の言うことを聞け、治りたくないのか?」
そうして、目の前の患者をさっさと追いやり、次の治療へと向かうべく立ち上がった。
「
先生
ドクター
」
「む、なんだ患者か?」
「少し休んだらどうかと、マスターが」
微少特異点だった。
放置していても消えるのではと思われたが、結局、我らがマスターは解決に乗り出した。
無事、不安材料は取り除き、この特異点はじきに消滅するだろう。
「貴方は何故治す?」
不思議だった。
この医神は、完治の前に消えるだろう人々を治療して回っている。
アスクレピオスは、その目だけはしっかりと見える前髪の隙間から、私を見上げた。
美しく、いつか奪った宝石のような色をした瞳に見つめられると、どこか病因がないかとスキャンでもされているような心地だった。
彼は、私の手から水のボトルを受け取ると、纏めていた髪を解いた。
「
……
」
人々を癒やす指先はボトルのキャップを開け、口をゆすぐ。
もう一度、今度はゆっくりと水を飲み、私に背を向けた。
「僕は医者だ」
私は、彼の視線を追った。
そこには、人々がいた。傷つき、苦しみ、生きる人々。
そして、その向こうには沢山の骸が並んでいる。
「医者の前で死ぬなど、あってはならない」
風が吹く。
死の匂いを吹き飛ばすかのように、森を抜けた冷たい風が、我々の間をさらっていく。
宝などないのは分かっていた。
あっても、微々たるものだっただろう。
海賊は蓄えを作ったりしない。
奪い、浪費し、花火のように生きる。それが、我々だ。
その後、脚のない彼を、海に還した。
そうやっていくつもの仲間を、海に還してきた。
どうか自由が彼を迎えますようにと、そう願って。
「私の船に貴殿がいたら
……
」
船医でもあった医の神は、美しい横顔を見せた。
ここに降り注ぐ最後かもしれない陽射しに縁取られ、その横顔は、まさしく神のように輝く。
「僕は、医者だ」
もうすぐ夜が来る。
明かりの少ないここでは、星々の輝きが、何よりも強く空を彩り人々を導くだろう。
「医者の前で、死ぬことなど
……
あってはならないんだ」
唐突に思い出した。
この医師は、南の空で強く光る星なのだった。
「
先生
ドクター
」
「さあ、治療だ」
ボトルを受け取り、小柄な背中を追いかける。
「手伝おう」
医師は髪を結び直しながら、小さく頷いた。
ナンセンスな想像、意味の無い夢。
けれど、思わずにいられない。私の船に彼がいたら、もう少し私の海賊達は苦しまなかったのではないか、もう少し夢を追えたのではないか。
後悔ではない、これは、ただの──
「祈り、かな」
胸元でクロスが揺れる。
私は痛みに呻く男の肩を撫で、どうか彼が少しでもやすらげるようにと星に祈りを捧げるのだった。
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