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桐子
2025-06-08 21:12:09
2672文字
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まっさら⑨
「いらっしゃいませ」
営業用の笑顔で客を出迎え、席へ案内する。その足取りがぎこちないことに気が付かないでくれ、と願いながら。幸い、客はおしゃべりに夢中で、水木のことなど見てもいない。ホッとしてお冷とおしぼりを置き、「ごゆっくり」と告げてその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと君」
ところが、別のテーブルの客に呼び止められてしまった。
「なんでしょう?」
サラリーマン風の男は、やや怒った様子で水木を睨みつけてきた。
「注文したものがまだ来ないんだけど、どうなってるのかな」
「申し訳ありません。すぐに確認してまいります」
厨房へ行って確認すると、注文が通っていなかった。厨房側の確認不足だろう。とりあえず最優先で待たせているものを作るよう指示し、急いで元のテーブルへ戻る。
「大変お待たせいたしました。こちらのミックスグリル定食ですね」
「おっせえなあ」
チッと大げさに舌打ちされ、水木は顔を引きつらせた。こちらのミスなので何も言い返せないのが悔しい。しかし、それでも怒りを抑えつつ笑顔で対応を続けた。
「お待たせしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
誠意をこめ、申し訳なさそうに謝罪する。男はなぜか顔を赤らめ「ま、次は気をつけて」とだけ言って、そっぽを向いてしまった。
厨房の方へ戻ると、バイトの犬山が意味ありげな笑みを浮かべて水木を見ていた。
「な、なんだい」
「さすが水木さん、また一人たぶらかしましたね」
「はあ?」
たぶらかすとはどういうことだ。水木はただ謝っただけだ。
「お客さんの中にも、水木さんのファンが増えてるんですよ。私が接客したら『あの人に注文を取りに来てほしい』って言われることもあるし」
そんなことがあったのか。初耳だったので驚いた。それよりもお客さんの中に『も』というのはどういう意味だろう。
「最近の水木さん、雰囲気変わりましたもんね。色っぽくなったというか
……
もしかして彼女とかできました?」
「犬山さん、アウト。それセクハラだからね」
犬山は「ごめんなさーい!」と明るく笑いながら、出来上がった料理をトレーに乗せて運んでいった。水木はため息を吐いて、自分も料理を運ぶために厨房へ向かった。
「はあ
……
」
色っぽくなった、色気が増したと言われるのは今日が初めてではない。夜のクラブでは、もっとあからさまな言葉で揶揄されることもある。原因は分かっている。あの男だ。
「んっ
……
」
仕事中だというのに思わず甘い声が漏れてしまう。慌てて唇を噛み、声を押し殺した。昨夜も散々に貪られ、泣いて許しを乞うてやっと解放してもらったのが明け方のことで、いまだ身体の奥に熱が残っているようだった。男を受け入れていた後孔はまだ閉じ切っておらず、歩くたびに違和感がある。仕事に集中しなくてはいけないと思うのに、気を抜くとすぐに『あの男』のことを考えてしまう。
周囲から熱い視線を浴びていることにも気が付かず、水木は火照る身体を持て余しながら仕事に戻った。
レストランと高級クラブの黒服、そしてゲゲ郎の愛人という三足のわらじを履く生活も、三か月を過ぎると慣れてきた。
水木がネットカフェで寝泊まりをしているという話をするやいなや、ゲゲ郎は「このマンションを好きなように使え」と言ってきた。税金対策のために買ったマンションで、女を連れ込むためにしか使っていないという。
「部屋代も光熱費もいらん。食事も店で食べればよかろう。ハウスクリーニングが週に一度来る契約じゃ」
「いや、さすがにそれは」
「よいから。ほら、鍵じゃ」
そう言って、強引にカードキーを渡された。本当に好きに使っていいのだろうか。身の丈に合わないこんな高級マンションで暮らすなど冗談じゃないと思っていたが、実際住んでみれば快適そのものだった。
ふかふかの広いベッド、手足を伸ばして入る風呂。水木がいない間に業者が掃除をしてくれるので、常に部屋は綺麗だ。
職場からは少し離れているが、家事をしなくていい分、時間に余裕ができた。家賃も光熱費もかからず、愛人としての手当てももらえる。おかげで通帳には今まで見たこともない金額の金が振り込まれていた。おかげで母親にもまとまった金を仕送りすることができた。
つい三か月前までは、明日の食事にすら困る状態だったのに、あまりの変わりように困惑するばかりだ。
「はあ
……
」
水木はソファに寝転がり、ぼんやりと天井を見つめていた。生活は劇的に改善した。しかし、すべてがいい方へ向かっているわけではない。
「そろそろか」
時計を見ると午後九時を回っている。本当は今夜はクラブに出勤する予定だったが、ゲゲ郎がこちらへ来る時間ができたというので欠勤にしてもらった。男が着くまでに風呂に入って、身体を綺麗に清めておく。それが水木の日課になっていた。
シャワーを浴びて、全身くまなく洗っていく。ややぽってりと腫れた後孔に指を這わせると、昨夜の行為を思い出して身体が震えた。昨日もしたのに、今日もまたあの男に抱かれるのかと思うと、はしたない期待で腹の奥がきゅんと疼いた。
「ん
……
っ」
水木はゆっくりと指を埋めていった。腹の中をきれいに洗って、ローションを仕込んで、自分で準備をする。あまりにも滑稽な姿だったが、そうしなくては男の相手ができない。
「あ
……
っ、ん
……
」
指を出し入れして、中を広げるように動かす。早くしないとゲゲ郎が来てしまう。水木は指の動きを速めていった。
「ん、ん
……
ッ!!ふ、う
……
あっ!」
水木の陰茎はすっかり勃起して、先端から蜜を垂らしていた。それをもう片方の手で握り、一緒に擦り上げる。
「あっ、あんっ、んっ」
気持ちいい。でも足りない。もっと太いものがほしい。あの太くて熱い肉棒に奥まで貫かれ、めちゃくちゃに突いてほしい。そんなはしたない妄想をして後孔をいじる自分が嫌になるのに、手は止まらない。
「
……
ッ!」
やがて絶頂に達して、白濁液が手と腹に飛び散った。
「はあ
……
、くそっ」
息を整えつつふらふらと立ち上がり、シャワーで残滓を洗い流す。
たったの三か月、そのわずかな期間で、ゲゲ郎にすっかり身体をつくり変えられてしまった。刻み込まれた強烈な快楽が身体を苛み、あの男に抱かれたいと訴えてくる。
「ここにおったのか」
浴室の外から男の声が聞こえた。いつの間に着いたのだろう。水木は慌ててシャワーを止めた。
「あ、ああ。すぐ出る」
ドアを開けると、青い着流しを着た男が脱衣所に立っていた。
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