匣舟
2025-06-08 14:37:36
4696文字
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実る恋心を摘み取って召し上がれ

六はの日記念。恋や好きという感情を知らない乱が伊に詰められていく話。

実る恋心を摘み取って召し上がれ


 最近、自分のことがよく分からない。と乱太郎は一年は組の教室の窓枠に頬杖をつきながらひとり、黄昏ていた。
 いつも一緒にいるきり丸は放課後バイトがあると早々と教室を飛び出して行ったし、しんベヱは放課後委員会活動があると言って同じ委員会所属である喜三太と一緒に用具委員会へと行ってしまった。
「はあ。」
 乱太郎は無意識に溜め息をつく。最近浮かない顔をしている事が増えた乱太郎は、きり丸やしんベヱたちにどうしたの?と言われることが増えた。
「なにか悩み事でもあるの?」
ううん、なにもないよ。」
 なあに、遠慮してるの?僕たちそんなに頼りない?としんベヱが悲しそうな顔をしてくるのだが、本当に何も無いのだ。
 本当に何も無いんだってばぁ。と乱太郎が言うと、きり丸が何も無いって本人が言ってるならそれでいいだろ〜なっ、乱太郎!と庇われてしまった。どうしてきり丸が自分のことを庇ってくれたのかは分からないが、感謝するほかなかった。
 きり丸からそう告げられたしんベヱはなにか言いたげであったが、それ心配そうな顔をしてくるもそれ以降、何も問いかけてくることは無い。
 何も無いというのは嘘だが、結局きり丸やしんベヱに話しても解決しない話なのだ。乱太郎が今抱えている悩み事は“自分のことがよく分からない”というなんとも奇妙な悩み事なのだから。
 自分のことがよく分からないというのは、ふとした時に泣きたくなったり、無性に悲しくなったり、胸がドキドキしたと思えば、締め付けられるように痛くなったり。自分の感情についていけない事が多々あるのだ。
 この感情がなんなのかが分かれば多少は対処出来るかもしれないが、乱太郎はこの感情がなんなのかまだよく分からない。それ故にずっと誰にも言えずに悩んでいるのだ。
 もし、きり丸やしんベヱに自分のことがよく分からないと相談してみろ。きっと盛大な心配をされては組の子たちや先輩たち、そして先生たちにも相談することが目に見えている。
 それは乱太郎の望むところではないし、なにより大切なふたりには心配をかけたくない。だから、乱太郎はこの悩み事を誰にも打ち明けることが出来ないのだ。
はあ、私も委員会行かないと……。」
 また無意識に溜め息をついた乱太郎はとぼとぼと医務室への道のりを歩く。今日は伊作先輩と当番だったっけな。遅いって怒ってないかなあ。と考えながら歩いていると、前からあー!いたいた!という声が聞こえた。
「乱太郎。」
伊作先輩。」
 廊下の先にいたのは乱太郎の所属する保険委員会の委員長で不運大魔王と呼ばれる、六は組の善法寺伊作だった。伊作は乱太郎に駆け寄ると、乱太郎、委員会の時間になっても来ないから心配したよ。と眉を下げて笑った。
「ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてました。」
「謝ることないさ。いつもの不運で落とし穴に落ちてるのかと思ってたからさ。」
 乱太郎に何も無くて安心したよ。と頭を撫でてくれる伊作に乱太郎はまただ。と顔を歪ませたが、胸がドキドキするような、締め付けられるような痛さを無視して伊作に笑顔を見せながら一緒に医務室へと向かった。
「今日は前の日に干した薬草の整理をしようか。」
「はい。」
 医務室へと着いたふたりは、委員会の仕事をし始めた。伊作はいつものように薬草を整理して棚に並べている。
乱太郎も前に伊作に教わったように丁寧に干してあった薬草を分けていく。
……乱太郎。」
「はい?」
 作業をして少し経ってから、薬草を分けている乱太郎に伊作が声をかけた。乱太郎は手を止めて伊作を見るが、伊作は薬草を分けている手を止めずにそのまま言葉を続けた。
「乱太郎、なにか悩んでる?」
「え?」
 突然伊作が問いかけてきたことに驚いた乱太郎は先程再開した作業を止めてしまった。伊作はそんな乱太郎に、やっぱり。と一言言うと手を止めて乱太郎を見た。
……どうしてそう思うんですか?」
 乱太郎の問いかけに伊作は手を止めて顔を上げた。乱太郎の瞳と目が合うと伊作はにっこりと微笑んで口を開く。
僕の勘だけれど、最近、乱太郎が元気が無いように見えるからかなあ。」
 最近ずっと委員会中も上の空だったし。乱太郎が嫌じゃなかったら、僕でよければ相談に乗るよ。と伊作は笑った。その笑顔に後押しされたのか、乱太郎は伊作先輩なら、この問題を解決してくれるかもしれない。と思い、思い切って伊作に悩みを打ち明けることにした。
「伊作先輩、笑わないで聞いてくれますか?」
……うん、笑わないよ。」
 乱太郎の言葉に一瞬驚いた伊作だったが、僕の大切な後輩の悩みを笑うなんてありえないよ。と直ぐに乱太郎の頭を撫でて頷いた。乱太郎は伊作が頷いたのを見ると、自分の胸に手を当てて口を開いた。
「最近、自分のことがよく分からないんです。」
「自分のことがよく分からない?」
 伊作は乱太郎の言葉に首を傾げるが、乱太郎はそんな伊作を気にする様子はなく、話を続ける。
「私、泣き虫じゃないのに泣きたくなったり、悲しくなったり、胸がドキドキしたかと思えば締め付けられるように痛くなる時もあるんです。」
うん。」
なにか病気かもしれないと思って図書室の医療の本を漁ったんですけど、私の症状に当てはまる病気がなくて。」
 だから、未知の病気だったらどうしようって思って。乱太郎は胸に手を当てたまま話を続けると、伊作は少し考えてから口を開いた。
「多分、それは病気じゃないと思うなあ。」
「え、そうなんですか……?」
 病気ではないと言われてしまった乱太郎はぽかーんとした顔をして伊作を見た。そんな乱太郎に伊作は優しく微笑んで頷く。
「うん、病気ではないよ。」
……じゃあ、この症状は何なんですか?」
 乱太郎が不安そうな顔をして問うと、伊作はうーん……。と考え始めたが、直ぐに口を開いた。
「これはね、“恋”だよ。」
……へ?」
 “恋”という予想外の単語に乱太郎は間抜けな声を出してしまった。そんな乱太郎に伊作は優しく微笑む。
「乱太郎は誰かに恋をしているんだよ。」
……こ、い……?」
「うん、そう。その症状はね、“好き”っていう気持ちからくるものなんだと思うよ。」
 だから、病気ではないよ。と伊作が言うと、乱太郎はえ?え?と混乱した様子で伊作を見る。
僕が思うに……乱太郎が泣きたくなったり、悲しくなったり、胸が苦しくなるのはきっと自分だけを見ていて欲しいっていう嫉妬から来てると思うし……、胸がドキドキするのはきっと、乱太郎がその人のことが気になって仕方がないから、じゃないかな?」
 伊作に説明された“恋”という感情の乱太郎は唖然とする。まさか自分が誰かに恋心を抱くなんて……。と呆然としている乱太郎に伊作は頬をかきながら優しく笑う。
「それに最近ぼーっとしていたのもその人のことで頭がいっぱいになっていたからじゃない?」
……そうかもしれません。」
 伊作に言われて乱太郎は今まで自分がぼーっとしていた時のことを思い出す。確かにその人のことが気になって、その人のことで頭がいっぱいになっていた気がする。と乱太郎は納得したように頷いている隣で、伊作は複雑な顔をしていた。
ねえ、乱太郎はさ、誰のことを考えていたの?」
……え?」
 突然の伊作の質問に乱太郎は驚いた。伊作の真剣な表情に思わず生唾をゴクリと飲み込む。乱太郎が今、伊作に恋というものを教えてもらい、そして、自分がはじめて好きという感情を向けていた相手というのは乱太郎の目の前にいる伊作なのだから。
 伊作と一緒にいるとずっと胸がドキドキしていたし、きり丸やしんベヱと遊ぶ時以上に一緒に作業している時、一緒にいる時間が何よりも幸せで、ずっと隣にいたいと思うほどだったのだ。
 逆に伊作が他の人と笑って喋っている所を見たとき、きゅうっと胸が押しつぶされそうな痛みが襲ってきて、私だけに笑いかけてくれるんじゃないんだと泣きそうになり、悲しくなるほどだった。
 自分だけに笑いかけて欲しい、自分だけを見ていて欲しい。そんな醜い、恐ろしい気持ちが乱太郎の心を巣喰っていたのだ。
 でも、こんな気持ちを伊作に告げたとてどうするんだろう。と乱太郎は思う。伊作はきっと乱太郎のことを後輩としてしか見ていない。
 そんな伊作にこの気持ちを伝えたところで、困らせるだけなのではないだろうか。
ねえ、乱太郎。」
そんなことを考えていると、ずっと黙っていた伊作が口を開いたので乱太郎は顔を上げた。
……誰?」
 伊作の表情は笑顔だったが、その目は全くと言っていいほど笑っていなかった。
「え……?」
 突然のことに驚いた乱太郎は目を大きく見開く。すると、伊作はいつの間にか距離を詰めてそんな乱太郎の頬を両手で包み込んだかと思うと、そのまま顔を近づけた。
ねぇ、乱太郎。誰のこと考えてたの?」
 伊作はじっと乱太郎の瞳を見つめたまま問い続けた。それは答えを聞くまで離さないと言っているような瞳で。
ぅ、えっと、あの、」
 目の前の伊作がはじめて怖いと思った乱太郎は、恐怖でしどろもどろになっている。そんな乱太郎を見た伊作は、怖がらせたいわけじゃないんだ。と言ってまたにこりと笑うと今度は伊作の額と乱太郎の額を合わせたかと思うと目をゆっくり閉じて口を開く。
「ねえ乱太郎。僕はね君が好きだよ。」
「え……?」
 伊作は乱太郎の頬から手を離して今度は優しく抱きしめた。
「だから、僕以外の人のことを考えて欲しくないんだ。……ねえ、乱太郎は?」
……っ!」
 伊作に問われ、乱太郎は思わず息を飲む。そんな乱太郎に伊作はゆっくりと体を離して再び目を合わせた。その目はとても不安そうで今にも泣き出しそうだった。
「ねえ、乱太郎は僕のことどう思ってる?」
「わ、私は……
 乱太郎が言い淀んでいると、伊作は再び乱太郎を優しく抱きしめた。
「乱太郎、僕は君が好きだよ。僕と同じで不運だけどめげない所も、何事に対しても一生懸命なところも、好きなところを挙げたらキリがないくらい、大好きだよ。君の瞳に僕だけを映して欲しいと思っているくらいには。」
 伊作は乱太郎を抱きしめている腕に力を入れる。そして、決して離さないというような力で抱きしめながら乱太郎の耳元で愛を囁いた。
「っ……!」
そんな愛の言葉に乱太郎は顔を真っ赤に染めて潤んだ瞳で伊作を見るが、伊作はにこりと笑って続ける。
乱太郎。君の気持ちを僕に聞かせてくれないかい。」
 伊作の言葉に乱太郎はごくりと喉を鳴らす。言ってもいいのだろうか、この気持ちを伝えてもいいのだろうか。迷惑じゃないのだろうか。と不安が頭によぎるが、目の前の真剣な瞳が乱太郎の瞳を射抜いており、不安はいつの間にか消えていた。
 もう、どうにでもなってしまえ!と思った乱太郎は緊張しながら口を開く。
「わ、わたしは、」
「うん。」
「わたしも、伊作先輩のことを
─お慕いしております。乱太郎が言い終わるのと同時に伊作は一層強く乱太郎を抱きしめた。
「乱太郎。」
……はい。」
「僕と、恋仲になってください。」
 伊作はそう言うと腕の力を緩めて乱太郎の頬に手を当てる。そして、微笑みながら乱太郎の返事を聞く前に、ゆっくりと顔を近づけるとそのまま乱太郎に口づけをしたのだった。