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ねぶくろ
2025-06-08 10:24:32
5573文字
Public
Skeb
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君が為の感情論
Skebにて納品した作品です。
「どうして俺を食事に誘ってくれるんですか?」
二度目の呼び出しを受け、カロン・ブランドはイーリス・ウォルターと共に街の中華料理店を訪れていた。
赤を基調にしたチャイニーズテイストの内装が目に眩しい。摩天楼からは少し離れた立地の小さな店だが、昼時ということもあって店内は賑わっていた。
カロンの問いに、メニューブックを眺めていたイーリスがこちらを見る。人を見つめることに対していささかの躊躇も気まずさも感じていないであろう真っすぐな瞳が己を見つめて、ゆっくりと瞬いた。
「友達同士、食事を共にすることは普通のことだろう?」
そう言って、開いたままのメニューブックへと視線を戻す。「何にするか決めたかい?」と問われて、カロンは慌てて身を乗り出した。
電子化の進んだ現代でも、小さな店にはアナログ式のメニューブックが置かれていることが多い。タクシー運転手のオススメであるこの店も、小さな店の例に漏れず、電子情報に置き換わっていないトラディショナルなメニューが置かれていた。それぞれの卓に一冊ずつのそれを見るために、イーリスと額を突き合わせる。
物理的に縮まった距離にどぎまぎしながらラインナップを確かめて、カロンはエビチリ定食を注文した。イーリスは食にこだわりがないのか、「同じので」と端的に注文を終えると、メニューを閉じてこちらを見据えた。
店内の喧噪を歯牙にもかけず、静かな双眸が己を見つめる。あまりにも真っすぐに見つめられるので、居心地が悪い。カロンは曖昧な愛想笑いを浮かべて、話題を探した。
イーリスは、取引先のトップの子息だ。先輩からも「失礼のないように」と釘を刺されている。そうでなくとも、カロンとイーリスが対面するのはこれが三度目だ。プライベートに触れるデリケートな話題を選ぶわけにはいかない。カロンには隠し事もある。深い話題は避けた方が無難だろう。
当たり障りのない会話というものは、改めて考えると難しい。何を話そうか、とイーリスを窺えば、彼は先ほどと寸分変わらぬ姿勢でこちらを観察していた。気まずさを感じているのはこちらだけなのかもしれない。悩んでいることが馬鹿馬鹿しくなり、先ほどの話題を継続させようと口を開く。
「友達が一緒に食事をとるのは普通のことだと思います。
……
そもそもどうして俺と友達になろうと思ったんですか?」
「君に興味があるからだ」
端的に、一切の躊躇を見せずに応じたイーリスの言葉に、目を瞬く。カロンは戸惑いつつも言葉を続けた。
「イーリスさんは、どうして俺に興味を? 失礼かもしれませんが、俺と貴方が接したのは一瞬だけで、しかもあの時の貴方は俺に興味がなかったように思うんですが
……
」
真意がわからずに問いを重ねれば、イーリスは「どうして」と問いかけを復唱して、目を瞬いた。何かを考えるような間をおいて、彼がこちらへと視線を戻す。平坦な表情から感情を読み取ることは難しく、次の瞬間に彼が何を答えるのか、予想がつかない。もしかして踏み込み過ぎただろうか、とカロンが内心で冷や汗をかいていれば、イーリスは穏やかと言うには静かすぎる声で答えを返した。
「もしかして、僕と友達になるのは不本意だった?」
「えっ!?」
とんでもない思い違いに思わず悲鳴を上げる。カロンは「違います!」と慌てて否定した。イーリス自身はさしたる興味がないのか、「そう」と静かに相槌を打つ。暖簾に腕押しだ。あまりに淡泊な彼の反応に焦りながらも、カロンは弁明を続けた。
「不本意だったわけではありません。ただ俺は、取引先の、
……
優秀な研究員である貴方に、興味を持っていただけるような覚えがないので」
強いて言えば隠し事がバレた可能性はあるが、いくら優秀な研究員とはいえたった一度の接触でカロンの素性に気付くとは思えない。テーブルの下で、膝の上に置いたこぶしを握って、息を継ぐ。
「不思議だったんです。貴方に興味を持ってもらえるような、きっかけがどこにあったのか」
それにイーリスが答えるより先、店員がエビチリ定食を運んできた。テーブルの上に同じ料理が二つ並ぶ。会話が途切れて、二人はひとまず箸を手に取った。
店内の賑わいから予想出来ていたことだが、料理はどれも美味しかった。本格中華とは趣向の異なる、地域住民に愛される街中華といった味付けだ。値段の割の量が多いことも愛され続けている
所以
ゆえん
だろう。
言葉少なに食事を楽しんでいれば、今度はイーリスが口を開いた。
「僕が君に興味を持ったきっかけは、君が僕を助けたことだ」
その言葉に、顔を上げる。一拍遅れて、それが先ほどの問いかけへの答えだと気付いた。彼は何の感情も感じられない無表情でエビチリを口へ運び、嚥下してから言葉を続けた。
「多くの場合、人と人とが関係を持つきっかけは些細なことだ。たまたま同じ店に通っていただとか、たまたま会社で席が隣同士だとか。
……
友達になることに大層なきっかけは必要ないんじゃないかな」
「そうですね、その点は俺が少し
……
、身構えすぎていたのかもしれません」
苦笑まじりに相槌を打つ。イーリスは味わうこともせずに素早く皿を空にすると、改まってカロンを見据えた。食事風景を注視されると落ち着かないが、生憎カロンの皿にはまだ半分以上料理が残っている。彼はカロンの生態をレポートにでもするのか、と疑うほどにつぶさにこちらを観察しながら、口を開いた。
「君は、心とは何だと思う? どういった時に、相手に心を感じる?」
「心とは
……
?」
何か、と問われても、哲学者でも詩人でもないカロンには荷が重い。口の中に頬張っていた料理の味がわからなくなって、コップに手を伸ばした。水を飲み干し、息を吐いてから「明解なことは言えませんが」と、眉根を寄せて思考を巡らせる。
「相手を思いやる気持ちとか
……
。親切な相手には、心があると感じます」
相手を思いやり、親切な振る舞いをする者に対して「心がない」とは言わない。
曖昧な回答に、イーリスは「思いやりか」と呟いた。納得したのかしていないのか、会話が途切れる。彼をこれ以上待たせるわけにもいかず、カロンは急いで皿を空けた。食事を終えて店を出る。
帰りのタクシーを待ちながら、カロンは「ありがとうございました」と礼を述べた。彼が不思議そうな顔でこちらを見る。何に対する謝辞かが伝わっていなさそうだと察知して、カロンは言葉を付け加えた。
「奢っていただいて
……
、美味しかったです」
「そう」
ひとつ頷き、「感謝してくれているのなら」と、思いついたようにイーリスがこちらに向きなおった。
「僕の研究に協力してくれないか?」
* * *
「おかえり」
声をかけられて、カロンは曖昧な笑みと共に「ただいま戻りました」と先輩に会釈した。デスクに戻って、仕事を始める。取引先へのメールを書きながら、カロンは唇を引き結んで眉根を寄せた。
帰社の為に乗り込んだタクシーの中での会話を思い返して、ため息を吐く。キーを叩く手を止めて、カロンは天井を仰いだ。
「どうかした?」
隣の席からひょこっと顔を出して、先輩が声をかけて来る。彼女はまだ新人であるカロンの指導役だ。面倒見の良さにはいつも助けられている。助けを求めるように彼女と視線を合わせ、カロンは言葉に迷って目を伏せた。
仕事には直接かかわりのない悩み事だが、悩みの根源は取引先の社員でもある。相談してもいいだろう、と自分の中で踏ん切りをつけて、カロンは息を吸いこんだ。躊躇いつつも、「イーリスさんから、研究に協力してほしいと言われて」と悩みを吐き出す。
「身体検査を受けるだけで良いそうなんですが、どうお断りすれば良いものかと
……
」
「あら、良いじゃない。身体検査を受けるだけなら、引き受けたら?」
先輩が朗らかに小首をかしげる。その言葉に顔をしかめて「嫌ですよ」と眉根を寄せた。
「何に使うかわからないのに、精密検査なんか受けたくありません」
「
……
確かに、用途が不明な研究に協力したくはないわね」
頷いて、先輩が「それをそのまま言えば良いんじゃない?」とシンプルに結論を下した。
「取引先にそんなこと言えませんよ
……
。『御社の研究は得体が知れないので協力できません』とでも言うんですか?」
「そんな言い方しなくても
……
。そうね、それじゃあ、『信仰の関係で研究に協力できません』とかでどう? 流石に、そんなデリケートな問題に踏み込んでまで協力を頼んでくることはないでしょう」
あっさりと言を翻して別の断り方を提示した彼女に、曖昧な頷きを返す。カロンは「そうですよね」と呟いた。
「断るなら、ハッキリ言った方がいいですよね」
「そうよ。それに、断るなら早めに連絡したほうがいいわ。遅くなると切り出しづらくなるし、心象も悪くなるから」
先輩の助言に、気持ちが変わらないうちにと席を立つ。
「
……
すみません、少し席を外します」
「うん。行ってらっしゃい」
軽く手を振る彼女に会釈して、カロンはオフィスを出た。人に会話を聞かれない場所を探し、外階段のドアを開ける。
非常口として設置されている外階段は、年季が入っており整備が行き届いていない。鉄錆びた非常階段に用事がある者などいるはずもなく、この場所に近寄る社員はほとんどいない。時折、喫煙所が混んでいる時に代わりの場所を求めて喫煙者が立ち入る程度だ。
人の気配がないことを確かめて、イーリスに電話をかける。数コールで通話が繋がり、『もしもし』と抑揚のない声が耳朶を打った。会社名と名前を名乗って、生唾を飲み込む。カロンは息を吸い込んで、「先ほどの、研究協力のお話についてですが」と言葉を押し出した。
「大変申し訳ないのですが、宗教上の理由でご協力できません。
……
すみません」
『宗教上の理由?』
彼が断わり文句を復唱して、『それは、どんな宗教?』と問いを重ねた。返事に窮して端末を握る手に力を籠める。視線をうろつかせても、雲一つない広大な青空と、錆だらけの手すり以外は目に入らない。そこに妙案が転がっているはずもなく、カロンは押し黙った。
『
……
嘘か』
短い断定に、「すみません」と電話口で項垂れる。怒鳴られるだろうか、と眉間にしわを寄せて彼の反応を待っていれば、イーリスは一切の感情がうかがえない平坦な声で『本当の理由は?』と問いかけた。
「
……
怒らないんですか?」
『なぜ? 嘘をついてまで協力したくない理由があるのだろう? ならば、その理由を知って、君に協力してもらう方法を考えた方がいい。怒りを感じる必要はない』
その言葉に、「そうですか」と言葉を返す。カロンは彼に聞こえないように小さく息を吐き出して、「すみません」ともう一度謝罪を口にした。
「理由は、言えません。
……
それでも、納得していただけますか?」
固唾をのむ暇もなく、イーリスが『納得はしていない』と応じた。
『けれど、君が協力したくないということは理解した。他のアプローチを考えるよ』
「
……
めげないんですね」
呆れまじりに言葉を返す。カロンは錆だらけの手すりに腕をのせて、蒼穹を見上げた。遥かな空の彼方に、星の姿は見つからない。頬を撫で去る風の匂いを吸い込んで、「どうしてそんなに協力してほしいんですか?」と質問を唇に乗せた。
「俺じゃなくても良いんじゃないですか?」
『いや、君でなければ意味がない』
イーリスの返事は迅速で、彼は迷う素振りも見せずに言葉を続けた。
『僕は君に興味があるんだ。君のことを知りたい。だから君に協力してほしい』
捉え方によっては熱烈な口説き文句にも聞こえるその言葉に、思わず笑みが零れる。カロンは小さく息を吐き出した。薫風が髪の毛を揺らす。麗らかな陽光に目を細めて、カロンは「そう言われても、協力はできません」と言葉を返した。
「イーリスさんは、どんな時に相手に心を感じるかって聞きましたよね」
唐突な話題の転換に、彼の返事が出遅れる。
『
……
あぁ、食事中の話か。聞いたね』
「俺、今のイーリスさんにも心を感じました」
研究に協力しない代わり、というわけでもないが、感じたことを率直に伝える。
カロンの言葉に、彼は『なぜ? 僕は今、君に親切なことはしていない』と相変わらず喜怒哀楽の感じられない声を返した。わずかな笑みと共に、「そうですね。なので、さっきの俺の答えを修正させてください」と言葉を続ければ、彼は黙して先を促した。
「相手について知りたいと、
……
興味関心を表現する人にも、心を感じます」
摩天楼の社員たちは否定するかもしれないが、と内心で注釈をつけくわえつつ、カロンは目を凝らした。霞のかかった遠景に、ぼんやりと巨大なビルの影が見つかる。天を貫かんとするそれを眺めて、言葉を続けた。
「
好奇心
それ
が心じゃないなら、俺には心がなんだかわかりません。貴方にも、ちゃんと心がありますよ」
自然、励ますようになった自分の声音に、はたと気づいて「すみません、偉そうな口を
……
」と謝罪する。イーリスはしばらくの間を置いてから、『君の解釈はよくわかった』と、気分を害した風でもなく応じた。
『僕にそういうことを言ったのは君が初めてだ』
続く言葉に身構える。イーリスは、間を置かずに『面白いな』と、どこまで本気なのかわからない声を発した。
『ますます君に興味がわいた。明日のランチも一緒にどうかな。君について教えてくれ』
平坦に押し出されたその言葉に、カロンは苦笑交じりに頷いた。
「えぇ、もちろん。
……
友達ですから」
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