roku
2025-06-08 07:56:38
2350文字
Public イチ沢
 

きみを忘れないように【イチ沢】

いつもイチ沢って仄暗い感じになりがちなんですけど、今回は甘くなったかなと思ってます!

「イチノさん、好きです」
「知ってる」
沢北の拠点は高校2年の頃からアメリカにある。それ故ふたりは年に一度、ほんの数日、同じ時間を過ごすだけの関係。恋人でありながらそう呼ぶにはあまりに浅く、とても不安定。だからなのか。沢北は一之倉の愛を確かめるように思いを伝えては一之倉からの言葉を強請る。
「イチノさんはオレのこと好き?」
「ん」
「もぉ!ん。じゃなくてちゃんと言ってください!」
「はいはい。好きだよ」
「テキトーなんだから
不服そうに漏らした沢北の膨らませた頬にチュッとキスをしてやれば、へにゃりと崩れる表情。
「沢北、好きだよ」
今度はその頬を両手で挟み曇りのないアーモンド型の瞳を真っ直ぐ見つめて告げる。先ほどよりも低く色気を含んだ声で囁くように。
「イチノさん
キスを強請るようにその瞳を閉じれば、沢北の望み通り唇に触れる温もり。
ん、もっと……
沢北は一之倉のTシャツを掴んで潤んだ瞳で訴える。フッと漏らした一之倉は優しくそれに応えてやる。
「イチノさん!」
「ん?」
「今日が最後の夜なんでまたしばらく会えなくなるんでえっと、あの、その……
覚悟を決めてその名を呼んだところまではよかったが、いざ言葉にしようとするとうまくできずに口ごもってしまう。
「ん?」
……わかってるくせに、意地悪っすね……
ふっと笑みをこぼした一之倉はゆっくりと沢北を押し倒す。そんな一之倉に抱きつくように沢北は全てを委ねたのだった。

◇◇◇

荷物を詰め込んだキャリーケースは、沢北が初めて帰国した時に比べれば随分と小さくなった。それは沢北が必要のないものを日本に持ってくることがなくなったこと。そして、大抵の必需品が一之倉の部屋に揃っているからだった。
「沢北」
靴を履きキャリケースに手を掛けた沢北を呼び止めた一之倉。振り返った沢北との距離を詰め軽く背伸びをしてキスをする。
「好きだよ」
「い、イチノさん⁉不意打ちやめてください‼」
「何で?」
「心臓もたない……あと、オレのほうが大好きです」
「張り合うなよ」
「へへっ」
「ほら行くよ」
スッと差し出された手。いつだってとてもスマートな一之倉に沢北はドキドキさせられてばかりだった。

「イチノさんはこっち‼」
運転席に乗り込もうとする一之倉を制止して助手席に押し込んだ。
「はぁ〜……お前はいつも何でそうなんだよ?オレが運転するって言ってるだろ。何かあったらどうするんだよ?」
「イチノさん!イチノさんが運転する方が何かある確率がぜーーーったい高いですからね‼」
一之倉は心外だという視線を投げる。沢北はそれを軽くいなしてハンドルを握り車を発進させた。

初めて帰国した時、車で空港まで迎えに来てくれた一之倉。大好きな人とふたりきりになれる空間に心を躍らせた沢北だったが、一之倉がアクセルを踏み込んだ瞬間息を呑んだ。一之倉はハンドルを握ると性格が変わるタイプのようで、決して運転が下手なわけではなかったが、命がいくつあっても足りないと思ったのは確かだった。

それからというものふたりで車に乗る時は沢北が運転するようになった。一之倉はいつも不満げにぼやいているが、命を危険にさらすよりはよっぽどかマシであった。
空港の駐車場に車を停める。ほんの数分前まではなんてことない会話で盛り上がっていたはずの空間に沈黙が流れる。どちらからともなく重ね合わせた唇は離れたくないと語っていた。
っ、んッ……はぁ、いちのさん……すき……いちのさんは?」
「知ってるだろ?」
「意地悪言ってよ
「好き」
お前が思ってるよりもずっと。そう囁けば、沢北の鼓動が速くなる。
……イチノさん。ぎゅってして」
運転席から助手席へ身体を寄せれば一之倉の腕が沢北の背にまわる。
「そろそろ行かなきゃな」
……はい」
「そんな寂しそうな顔すんなよ」
頭を撫でもう一度キスを交わした。
一之倉の手から沢北の手にキャリーケースが渡る。膜が張り揺れるアーモンドアイ。沢北は一之倉の服の裾を掴んで離そうとしない。
「沢北」
「離れたくない
「沢北」
「わかってます。そんなこと言ってもどうにもならないこと。自分で選んだ道だってことも」
「お前なぁ毎回このやり取り、もう飽きたんだけど?」
毎回最後には帰りたくない、離れたくないとわがままを言う沢北。だけど「一緒に来てほしい」という言葉は絶対口にしなかった。
「ちょっ!そんな言い方なくないですか?」
「お前は向こうに戻ればバスケのことしか考えないくせに」
「すぐそうやって意地悪言う!オレはイチノさんを思い出せるように――
知ってる。いつでもすぐに思い出せるように、キスして抱き合って言葉を欲しがることを。だからその騒がしい唇を唇で塞いでやった。誰が見てるかもわからない空港の搭乗口で。
「イチノさんはオレのこと思い出してくれないの?」
「そうだな」
「えぇ⁉」
「話は最後まで聞けよ」
「すんません
「オレはお前を思い出すことはない。忘れることがないからな」
最後に沢北の大きな身体をギュッと抱きしめてその温もりを確かめる。
「何それほんとずるいオレだって、イチノさんがいっぱい愛してくれるから、その声も温もりも忘れてないんで」
「フッ、そういうことにしといてあげる」
「も〜!本当なのに‼」
「はいはい」
「てきとー!」
「沢北」
「なんすか?」
そっと頬に添えた手。
「頑張れ。でも無理すんな」
「うん」
「愛してるよ、栄治」
………‼もぉ‼」
不意打ちはダメだといつも言ってるのに!
一之倉は言葉を欲しがる沢北へ最上級の愛を伝え、その背中を見送った。