kanaco
2025-06-08 07:41:21
4941文字
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【十二信】ひみつきち

大人になっても秘密基地でノンビリと仲良く喋っている、十二と信一の、むかしも、いまも、これからも、です。

九龍城砦を奪還し、数か月が過ぎた。いつも通りの毎日とは言えないものの、少しずつ日々の穏やかさや昔の雰囲気を取り戻そうとしている。

十二は九龍城砦で最もお気に入りの場所へひっそりと忍び込み、のんびりと寝転んでいた。

その場所は十二がまだ砦の住民だった頃、信一と共同で“秘密基地”と呼んでいた小さな屋上スペースだ。小柄だった10代の頃は広い空間にさえ思っていたが、いまや立派な成人男性となった十二が寝転ぶと、それだけでスペースの1/4はほぼ占拠してしまう。

それでもこの狭い場所には“たくさんの思い出”と“居慣れた心地良さ”がある。

2人の小さかった手が描いた壁いっぱいの落書きが、大人となった今では目にうるさく映っても、眺めていると不思議と心落ちついてしまうのと同じだ。壁のあらゆる場所には、自由きままに想い馳せた夢や未来への希望、当時にあった出来ごと、好きなものや空想が縦横無尽に散りばめられていた。

特別な場所だ。ここには初心が詰まってる。

本日は爽快な青天井。風はゆったりと吹いて白い雲を流す。日差しは少し眩しいが、それでもポカポカした陽気だった。

気持ち良さに目を閉じていると、突然に影が差した。
この場所を知っている人物は、あと一人しかいない。

「やっぱりここか」

耳馴染みの良い声に目を開ければ、太陽光を背負ったとびきりの美貌が、十二を覗き込んでいた。

「そろそろ来る頃じゃねぇかな、と思ってたのにちっとも気配がしねぇから」

探してみた。

そうトロリとした甘い瞳をして、恋人の信一がニコリと笑って言った。

「こんなとこにいていいのかよ?忙しいんじゃねぇの、新しいボスさんよ」
「お前までそういうコト言うなよ、俺はボスじゃなくてボス代理」
砦が無くなるまでの臨時なの!

そう言って、信一が十二の頭の隣に腰をおろす。
「期間限定だから、ここまで頑張れてんだよ」
じゃなきゃポッキリ心折れてる。
「俺は先頭で人を引っ張りたいタイプでもないんでね」

砦の人間の前では決して言わないだろうことを明け透けなく喋る信一を、十二は大きな猫目でジッと見つめた。それから何を言い返すわけでもなく、寝転がったままにゴロゴロモゾモゾと体を動かす。最後に信一の太ももに頭を乗っけた。

「はぁ~、定位置」
「ボスである俺の膝枕を定位置にするなんて、お前くらいのもんだ」
「他にいてたまるか。それにボスじゃないんだろ?」
「そうそう」
足に乗った重みを気にした風もなく、信一がケラケラと笑った。それから両腕を広げて気持ちよさそうに伸びをする。十二が大切にしている幼馴染も、この場所では色々と背負う肩書から開放されるようだった。

つまり、本音を言い合える場所でもある。
「お前さぁ、砦無くなったらどうすんの?」
「そうだなぁ。正直なところ”今”に必死で考えてねぇなぁ」
信一が苦笑して、小さな声でポソリと言った。
「兄貴といた頃は、あんなに将来のことばっかり考えてたのになぁ」

膝に頭を乗せ仰向けに寝転んでいる十二には、自分を見下ろす信一の顔がよく見えた。悲し気な声色とは裏腹に、信一は泣いているわけではない。泣きそうですらない。むしろ全てを受け入れたように、いや諦めたように、強かに薄っすらと微笑んでいるかのような表情たっだ。

それでも十二は、その表情の裏に物憂げな心悲しさを纏っているように思えてならなかった。これからも決して消えぬことはないだろう悲哀の色を滲ませるのだ。

十二は何だかたまらなくなって、そっと信一の頬に手を伸ばす。王九につけられた傷を触る。王九が、十二の刀で、つけた傷だった。この傷に触れると、十二の心火はいつだって燃え上がりそうになるのだ。激しく荒ぶるその感情をどこかに当たり散らかさぬよう、押さえつけなければならなかった。信一は伸ばされたその手を素直に受け入れる。十二を宥めるように、そして甘えるようにスリッと頬をすりよせると、案じる十二の目をしっかり見てニカっと笑った。

「いっそ、旅でもするかぁ~」
「旅ぃ!?」
「世界旅行とか!」
そう、あっけらかんとした顔で言う。
「香港どころか九龍城砦を出たこともなかったし。もう、ここまできたらガラリと環境を変えてみるのが一番じゃないか」
妙案じゃーん、とご機嫌に笑って、龍の子供は果てない空を見渡す。

その顔を見上げたまま、十二はしばし思案した。
九龍城砦の解体が終わって、信一が1人で旅に出る...?
十二の脳内でめくるめく想像が駆けていく。

そうして、一言バッサリと言った。
「却下」

「なんで!?」
子供っぽく頬を膨らませる信一が吼える。
(この“甘えた”が一人旅だなんて想像しただけで俺が心労で吐いちまう
それが率直な感想だった。
このまま話を続けて本当に“その気”になっても困るので、話題を変えようとさえ試みる。

「そういやぁ、ずっと言いたかったんだけど。なんだったんだよ、あれ」
「あれって?」
「王九を倒した後に4人で屋根から香港の景観を眺めたことあったじゃん。黄昏時に。」
「ああ」
「あの時にお前、自分が咥えていた煙草、洛軍の口に突っ込んだだろ」
「おう」
それが何か?みたいな顔でキョトンとする男に、十二はクワっと噛みつくように言った。

「良いわけねぇだろ!洛軍が相手だから良かったものの、あんなの勘違い野郎製造機だ」
「ええ?だって洛軍が欲しがってたからさ。手元にあったからちょうどいいじゃん。火もついてるし。龍兄貴はよく俺にしてたぞ」
「兄貴とお前の距離感を他の人に代用するんじゃない!」
昔からずーっと口酸っぱく言ってるけど、お前と兄貴の“いつもの”って普通じゃねぇからな!?

信一は怪訝な顔をする。目くじらを立ててキィと声を上げる十二を見ても、何を怒られているのかピンと来ていないのであろう。
「お前はタバコ吸わねぇじゃんか」
信一がそれでも捻りだしたのは(十二は洛軍のことを羨ましく思ったのだろうか)だったらしい。そう事実に即した反論を受けて、今度こそ十二は疲れた顔をした。
「そうだけど、話の論点はそこじゃねぇ」
「何?妬いたの?心配しなくても俺の恋人はお前だけだぜ」
「それもそうだけど、やっぱそういう話じゃない。………いやそういう話か?」

十二が眉間に皺を寄せると、なんだよ可愛いヤツだな、と信一がくすくすと笑う。

そうした笑顔だけ切り取れば、信一は少し大人びて一輪の花のような嫋やかささえある。しかし自分がイケメンであると朗々とのたまう割に、実は自覚に欠けるのだ。周囲が思っているよりも天然なこの男は、黙っていれば見目で人を惹きつけ、喋れば違った意味で他人を虜にしてしまう。親しくなればなるほど露見する”隙”が、良い意味でも悪い意味でも相手の興味を惹いてしまうのだ。

その上、信一は自分の中にある理屈を隠したまま行動することが多い。そういうところはこの男の兄貴によく似ていた。だから時々、宇宙人だ。話が通じないし突飛な行動をする。それがまたよくも悪くも人の注意をひく。

今だって十二からすれば恋人の挙動は意味不明だった。どこからか棒キャンディーを取り出して、覆うビニールを取るのにいそいそと奮闘している。

「ほら、あーん」

そうして信一は喜々として、十二の口に棒キャンディーを突っ込んだ。自信満々で最適解を出したような顔をしているその様子は、大の男に言うものではないかもしれないか、可愛い。

だが、である。十二は不機嫌な顔のままに、それでもイチゴ味キャンディーは素直に受け取ってモゴモゴと舐める。

(こいつ、もしかしてこれで洛軍と同じだろ?ってご機嫌取りしたつもりなんだろうか

「やっぱ、そういうことじゃねぇんだよなぁ」

新しい煙草を口につっこむのと、あの場面、あの状況で信一が自分の吸い刺しを自らの手で相手に差し込むのとでは、そこに漂う”色”が違う。何かの起因になるかもしれないその機微が、この鈍感男には伝わらないのだ。そういう危うさを持つ信一が、例えばどこか遠くへフラフラと行ってしまったら、十二が心穏やかではいられやしない。

十二の機嫌が直らないので、信一が困ったように眉を下げた。
「お前ぇそんなに俺が旅にいくのが嫌なの?」
機微が伝わらないくせに、点を突く聡いところもそれなりに見せる。これがまた厄介だ。

「.................」
「俺は兄貴との”箱庭”を愛していたからさ」
だからその場所で幸せを抱いていただけだから、それがもうないのなら

「俺、意外と1人でもけっこう行けちゃうタイプ」
「ああ」
「龍兄貴仕込みだから、かなり器用だし、それなりに強かだぞ?」
「そうだな」
「トラブルが起きても、なんなとなるってこと、多い。だから心配はいらねぇよ」
……うん」
「それにさぁ」

信一が十二のふっくらとした下唇を感触を楽しむように、プニプニと右手の人差し指で触る。
「俺は一途だぞ」

悪戯っぽく目を細めて十二を真っすぐ見つめ、それはそれは美しく笑った。

……知ってる」
十二も目を細めた。

龍は空に飛んでいく生き物だ。そうして時には在る土地に恵の雨を降らす。この龍の子供も好きにしたければ自由に天を舞い、いつかは自分のところへ帰ってくるだろう。

それでも縄張りの外に出したくないというのはエゴなのだろうか。でも仕方がない。それは自分の性分であるし。虎の子供は縄張りを作り、愛し、決めた場所をずっと一途に守るのだ。

それになんか信一のことだから。
わけわかんない事態と、わけわかんないヤツラを引き連れて帰ってきそうな気がする。そうしてそれを見て目を剥き、剣呑で呆れた目をした自分と、目を丸くしてオロオロする洛軍と、仆街と苛立たし気に舌打ちする四仔がいるのだ。きっとそう。

アホっぽい笑顔で呑気に帰ってくる信一を想像したら十二は無償にイラッとしてきた。腹いせに、自分の唇を好き勝手に弄ぶ指をパクリと咥えてベロリとひと舐めすると、ガブリっと噛んでやる。
「ぎゃ!」
突然に自分の指が他人の口内に放り込まれたこと、指を噛みつかれたことで信一が悲鳴を上げる。十二がカパッと口をあけると大慌てで指が抜かれた。
「何だよ、もぉ~」
目くじらを立てる信一が反対の手でバシリッと十二の額を叩く。それから普通に痛かったのだろう大事な指にフーフーと息を吹きかける。それって何の意味もねぇぞ?むしろ傷は乾かすな??と十二が眺めていると、今度は傷を舐めることで痛みを中和しようとしたのだろうか。十二の口に入ってイチゴ風味が移った指をパクリと咥えた。
「甘ぁ」
そうしてヘラリとご満悦のように十二に笑う。


だぁーーーー!!!!

いやぁ、ダメだ。
こんなヤツ放任したら俺は心配で夜も眠れねぇ!

大体、なんでコイツの方がさっきから俺のことを「もう、しょうがないヤツだな」みたいな、呆れた顔で見てるんだよ!?「十二の様子さっきからおかしいなー。ウケるなー。頭でも打ったかなー」みたいな目をしてんじゃねぇよ。ああ、無理。こんな男に惚れたのが運の尽き。

しっかり俺の見える範囲に繋いでおかないと!!

十二はチラリと右側の壁に描かれた落書きを見た。そこには子供らしい下手くそな絵で、龍兄貴と信一、十二と虎兄貴の絵が描かれている。どちらが描いたかは覚えていない。たぶん、2人で共同で描いたはずだ。真ん中に並んで描かれた信一と十二の顔は未来を何も憂いていないかのようにスマイルだ。その両隣をやっぱり笑っている兄貴たちが囲うようにしている。その4人の様子はまるで色褪せない家族のようだった。

まぁもう、そもそも兄弟みたいなもんだけど。

そうだよ。俺ら恋人なんだから。もう、これはいっそ。

「やっぱ、ここらでいっちょ結婚しとくかぁ~」
「唐突な結婚宣言!!!」

信一が大口を開いてゲラゲラと笑ったので、十二はその五月蠅い口に自分が舐めていたキャンディを突っ込んでやった。