でがらし
2025-06-07 22:53:10
7578文字
Public 【吸死】ドラヒナ~全年齢~
 

【ドラヒナ】リボンをほどいて、口づけて【星願2025新刊サンプル】

2025/06/15【星に願いを 2025-day1-】にて頒布予定のドラヒナDom/Subユニバース本「リボンをほどいて、口づけて」(新刊・文庫表紙込み174p・全年齢・1100円)の本文サンプルです。

1ページ目は本文サンプル、2ページ目は本作に使用した原作漫画要素の一覧です。
2ページ目は内容のネタバレなどが含まれますので、本作のお迎えに迷っている方の判断材料になれば幸いです。

~あらすじ~
Dom・Subと呼ばれる、男女とは異なる第2の性(ダイナミクス)がある世界線。DomとSubはPlayと呼ばれるやりとりを通じて、互いのダイナミクスから生まれる欲望を満たしている。ドラルクの監視任務が始まったばかりのある日。ヒナイチは突如Subと診断されてしまう。このままでは吸血鬼対策課として仕事を続けられないのではと悩むヒナイチだったが、ひょんなことからドラルクからPlayに誘われ……?
出会ったばかりの二人がPlayで距離が近くなったり、それぞれの欲望に向き合ったりする甘ハッピーエンドなお話です。

……ヒナイチが、Subだと分かった」

 全員の眼が見開かれ、驚きと困惑が混じった視線がこちらに注目する。それぞれの視線が矢のように刺さって痛い。
「副隊長が、Sub……!?」
……すまない」
 さっき茶を飲んだはずなのに、口が渇いてかすれたような声しか出ない。不意に右手をぎゅっと握られる。顔を上げると、ルリが心配そうにこちらを見つめていた。
「ここのところ、あんまり元気ないなって思っていたの。……大丈夫? 今はどこか、具合悪い?」
 菫色の瞳が揺れている。胃がきゅっと苦しくなるが、同時にひどく安心した自分がいた。その目の色に、非難の感情が全く込められていなかったから。周りを見渡してみれば、それは他の隊員たちも同じだった。
「正直、自覚はあまりないんだ。身体の動きも問題はない……と思う」
「わしから詳しく説明しよう。……いいか、ヒナイチ?」
……はい」
 隊長が封筒から書類を取り出す。それは、私がここ三日の間に穴が空くほど読み込んだ、健康診断の結果表だった。

──DomとSub。それは、男女とは異なる性別の形。
 第二の性、ダイナミクスと俗に呼ばれるこの形質は、主に第二次性徴期に発現が始まる。最初に現れる症状は倦怠感や頭痛など、風邪の初期症状や生理に近い。しかし、症状が重くなると発熱や息苦しさなどが出て、日常生活に支障をきたす恐れがある。それと同時に発現した者の中ではある欲求が強くなる。Domの場合は「支配したい」、Subの場合は「支配されたい」という欲だ。ただ、具体的にそれがどういった欲求であるのかは個人差が大きく、画一的な定義は未だ出来ていないらしい。こうした知識は保険体育の教科書に記載があるものの、ページ数は精々見開き程度。授業として受けた記憶は殆ど薄れてしまっている人も多いだろう。あくまで第二の性はマイノリティで、多くの人間はどちらの性も発現しないNormalなのだから。そして私も、去年の健康診断まではNormalと診断されていたはずだった。中高校生の時、あるいは警察学校時代に分かっていれば、きっと私はここにはいないだろう。どうして今になって発現してしまったのか。

・・・(中略)・・・

……なるほど。つまりヒナイチ君は今までNormalだったはずなのに、ここ最近Subだと分かって戸惑っているんだね」
「ああ。VRCからはこの抑制剤を処方され、経過観察することになっている。ただこれはあくまで頓服薬だ。それに副作用のほうが強く出るかもしれない、と忠告された」
「うーん……副作用は、眠気と吐き気か。確かにこれは飲みづらい」
 薬袋の中の説明書きには、青いカプセルの写真と共にこまごまとした注意書きが記載されている。ヒナイチ君の職務上、頓服薬よりも予防薬が欲しいというのが本音だろう。生憎人類の科学力はこの性質をコントロールするにはまだ至っていない。ヒナイチ君はキッチンの奥をちらちらと見ていて落ち着かない様子だ。クッキーはまだ焼き始めたばかりだから、甘い香りがしてくるにはまだ時間がかかるだろう。
「先ほどは猫相手にあんな醜態をさらしてしまったし……。実力不足か、この性のせいなのか分からないが……情けないな。Playも上手くいかなかったし」
「ん? ……ヒナイチ君、もしかして半田君とPlayしたのかい?」
 目の前のヒナイチ君は少し驚いた様子で、こくんと頷く。
「どうして分かったんだ?」
「そりゃあ、君の身近にいるDomって言ったら半田君でしょ? ……彼、ダンピールだし。それにしてもいきなり半田君みたいな圧が強いDomとPlayするなんて、随分無茶をしたねぇ」
「そうなのか? さっきの会議で、椅子に座るコマンド?を試してもらっただけなのだが……
 飲みかけていた牛乳を吹き出しそうになったのを耐え、結果喉に引っかかり私は死んだ。絶句とはまさにこのこと。
「はぁ!? Subなり立てのヒナイチ君と、他の人が見ている中でPlayしたの? ……まさか、セーフワードは……
……? なんだ、それは?」
「全く、これだから人間諸君のPlayは!」
 怒りのままに復活し、マントを翻す。偉大なる吸血鬼ドラルク先生の楽しいPlay講座の開講だ。
「いいかいヒナイチ君、先ほど君がしたPlayはノーカンだ。Playとは本来、お互いが話し合って同意の上で行うもの。人前で大っぴらにやるものでもないし、上手くいくようにDomが細心の注意を払う必要があるんだよ。そもそもヒナイチ君と半田君はPlayの相性が良くない。仕事上では君が上司で半田君が部下なのに、Playではそれが逆転するからお互いに心理的なハードルが高かったんだろう。吸対の中で良いチームワークならば尚のことだ」
「それは……そうかもしれない」
 ヒナイチ君は俯く。私の話を聞いてもまだ、「自分が悪かった」と思っているに違いない。Playに失敗してしまった時、Domが上手くケアできなかった時、Subは自分を責めてしまうものだ。それがますます症状を悪化させる。きっと彼も慣れていなかったのだ、半田君が悪いわけではない。これは不幸な事故だということも分かっている。なのになんだ、この腹立たしい気持ちは。私だったら、君にそんな顔をさせないのに。……そうか。怒りに満ちていた頭の中に、一筋の光が差し込む。
「どうだね、私と一つPlayをしてみるというのは?」
……なっ!? お前は私の監視対象だぞ、自分の立場を分かっているのか? それに、どさくさに紛れて吸血しようとしているんだろう!」
「やだなぁ、そんなことしないって! ……君がお望みならば、そういうのは大歓迎だけどうわぁスナァ!」
 ひらひらと手を振っていたら、ヒナイチ君の拳が飛んできた。よく撓ったいいパンチだ、痛い。
「そう、嫌だったら今みたいに私を殺せばいい! そんな力強い拳じゃなくても、デコピンでも私は死ぬからね。ヒナイチ君が高熱を出していようが、私を殺せるはずさ」
「自分で言っていて情けなくないのか……? しかし砂山のお前に言われると、確かに説得力はある、か……
「ちょっとした暇つぶしだと思ってさ、試してみようよ。それに君、私の調査をしているんでしょ? いいネタになるんじゃない、ね?」
 遠くの方で、じりじりとクッキーを焼く音が聴こえてくる。腕組みをして考えていたヒナイチ君は、ゆるゆると復活していく私を見上げ、やがて小さく頷いた。

◇◇◇

 数分の話し合いの結果、Playを止めてほしい時にヒナイチ君が言うセーフワードは「セロリ」に決まった。一般的には赤信号に因んで「レッド」を使うことが多いのだが、ありきたりな言葉ではつまらない。言いやすく、けれどもあまり使わない言葉として連想していった結果、この言葉になったのだ。半田君への細やかな当てつけでもあることは私だけの秘密とする。
「しかし、お前もDomなんだな。魅了チャームも何もないから、てっきりダイナミクスもないと思っていた」
「魅了(チャーム)ね。あれは吸血鬼特有のDom性の発散方法の一つだよ。人間たちには区別がつかないかもしれないけれど……催眠能力と織り交ぜて使えば、Normalの人達にも効くんだ。しかし私のDom性は蝋燭の火のように貧弱だし催眠も使えない。つまり新米Subのヒナイチ君と相性ピッタリってわけ!」
「なるほど。いや、私との相性は納得できないが……
「ま、とにかくやり方はちゃーんと分かっているから、私の畏怖に存分に身体を委ねていいんだよ。……さあ、準備完了だ」
 焼きたてのクッキーが並んだ皿を棺桶の上にそっと置き、私はソファの端に座った。まさかこの下で眠るジョンもこんな事態になっているとは夢にも思わないだろう。防音対策は万全だから、おそらく私たちの会話は聞かれていないはずだ。ダイニングの椅子に座るヒナイチ君の方を振り返る。ノーカンだとは言ったものの、ヒナイチ君が半田君とのPlayで行為そのものに恐怖心を持っていてもおかしくない。なし崩し的にPlayを提案しておいてなんだが、私が相手になる以上ヒナイチ君にはとびきり心地よくなってもらおう。
「最後に確認。今から私とヒナイチ君はPlayをします。時間は五分間。キスや吸血行為はしない。途中で止めてほしくなったら、ヒナイチ君は『セロリ』って言うか、私を殺すこと。OK?」
……分かった」
 実践の前に合意内容を確認するのは基本中の基本だ。こうすることでPlayの始まりが分かるし、決定権はSubにあることを明確にすることができる。ヒナイチ君は緊張した面持ちだが真っ直ぐにこちらを見ている。覚悟は決まったようだ。その顔に微笑みを返し、呟くように私はCommandを出す。

……Comeおいで』、ヒナイチ君」

 優しく名前を呼んでみせると、ヒナイチ君は立ち上がり、ふらふらとこちらにやってきた。生まれたての小鹿のようにおぼつかない足取りだけれど、一歩一歩私のもとへ。ふふ、戸惑ってる。勝手に脚が動く感覚にまだ慣れないのだろう。
「な、なんだ、これ……
「その調子だよヒナイチ君。そうそう、ゆっくり私の隣まで来て。はい、『Sit(すわって)』」
 ぽすんとヒナイチ君が私のソファに腰かける。肩はまだ強張っているな。でも恐怖心は抱いていないようだ。眠たげにも見える潤んだ瞳と、桜色の頬がその証。
「はい、よくできました。『Good Lady』……初めてのCommand、上手に出来たじゃないか、ヒナイチ君!」
「これが、Play……
「そうだよ。どんな感じがする?」
「なんだか、ふわふわする……それに、あったかい……
「嫌な感じはする?」
 ふるふるとヒナイチ君は首を振る。ここまでは順調だ、では第二段階。
「じゃあ、次のCommandに挑戦してみよう。いくよ……『Look』」
 顔の前にピンと人差し指を立てれば、ヒナイチ君の視線が私の指先に集中する。軽く指を動かすと、おもちゃにつられる猫のようにヒナイチ君がそれを追う。右から左、くるくると回して、上下に揺らして。ああ、なんて素直な子なんだろう。
「さあ、そのまま私の目を見て。十数えるよ。いーち、にーい、さーん……
 ゆっくりとカウントする。ヒナイチ君の瞳は、さらに水分をたっぷりと含んで、目尻からは今にも涙が零れそうだ。まるで夜露のように清らかで、甘そうで。出来ることなら舐め取ってしまいたいけれど、そんなことをしたらルール違反だ。脳裏に過った誘惑を振り払い、ヒナイチ君をじっと見つめる。クッキーとはまた別の、しっとり甘い香りが私を包み込んでいく。まるで暖炉の前でうたた寝しているかのような温かさが、彼女から伝わってくる。
……九、十!『Good Lady』。さあ優秀なヒナイチ君、ご褒美のクッキーだよ。召し上がれ」
「クッキー……!」
 チェック柄のクッキーをヒナイチ君の口元に近づけると、小さな唇が吸い付いてくる。先程のように夢中で食べてくれるのも嬉しいが、こうしてゆったりと味わってくれているのは、作り手冥利に尽きるというもの。サクサクと音を立てて彼女の頬が動いている。よく噛んで、飲み込んで、そしてもう一口。やがてヘアバンドから飛び出した赤毛の一房が、緩く弧を描く。ご機嫌な猫のしっぽのようにも、ハートマークにも見えて、愛らしい。
「髪の毛、撫でてもいいかい?」
「か、髪……? ええと、その……
「嫌ならセーフワードを言って?」
……いいぞ」
 流石にまだ羞恥が勝つらしく、ヒナイチ君はこちらから視線を逸らしてしまった。ほんの少しだけね、と言って私は彼女の後ろ髪を掬う。手袋を付けていても分かるほど手触りの良い、若々しく燃えるような赤い髪の毛。この赤毛をなびかせて、日々新横浜を駆け抜けているのだろう。けれど、今の彼女は無防備で、首元のリボンが緩んでいることにも気づいていない。目を閉じ身体を委ねている彼女の口元を盗み見る。リップクリームを塗りふんわりとした唇、その端の僅かな裂傷。もしここに舌を添わせたら、彼女は痛がるだろうか。まだ血の味はするのだろうか。
「綺麗な髪の毛だ。シャンプーは何使っているの?」
「ええと……いや、特にこだわりはない……安いのを買っている……
「へぇ、それはすごい。髪質がいいのかな? ……うん、私のお願い聞いてくれてありがとう。お礼にもう一枚クッキーをあげよう」
 今度はバタークッキーを差し出すと、嬉しそうにヒナイチ君が飛びついた。顔を綻ばせてクッキーを頬張っている姿は、もうすっかり緊張が解けてリラックスしていることが明らかだ。私の側で心を許しているヒナイチ君が、なんだかひどく愛おしい。そんな君の姿をもっと見ることができればいいのに、なんて思ってしまう。これがDomの性を満たすということなのか、中々悪くない感覚だ。壁時計を見ると、丁度約束の五分が経とうとしている。名残惜しいけれど、そろそろ実践授業も終わりにしなくては。
「よし、ヒナイチ君。時間になったし、Playはおしまい! お疲れ様」
 パンと手を叩き、私は立ち上がる。クッキー皿をダイニングテーブルに移動させると、ヒナイチ君が後を追って立ち上がった。少しふらついてはいるが、すっきりとした顔をしている。どうやらPlayからちゃんと切り替られたようだ。
「あの、その、ドラルク……ありがとう。なんだか身体の怠さが取れた気がする。マッサージを受けた後、のような……?」
「フフン、気持ちよかった?」
「そそ、そんなことは……!」
 そう言ってヒナイチ君は口を噤んでしまった。Playの続きと称して私がCommandを使えば嘘かどうかは分かるのだけど……それは止めておこう。物欲しそうにクッキーが乗った皿を見るヒナイチ君を手で制止しつつ、空になっていたティーカップに温くなった紅茶を注ぐ。
「さて、今のPlayでも分かった通り、やはりヒナイチ君はSubだ。Domを悪用する吸血鬼に充てられないよう、定期的なケアはしておいたほうが良い。そしてどうやら私との相性は悪くないらしい」
……何が言いたい?」
「これは提案なんだけど……ヒナイチ君、私とパートナーにならないかい?」
「え」
 沈黙すること数秒。ぱくぱくと口を動かし、みるみるうちにヒナイチ君の顔が真っ赤に染まっていく。感情を示す赤いアンテナが一瞬だけハートマークを描いたような気がしたが、確認する間も無くヒナイチ君が叫んだ。
「き、貴様! いきなりプロポーズとはどういうつもりだ!」
 耳まで真っ赤になったヒナイチ君がパンチを繰り出し、瞬く間に私は砂になった。砂になった私が崩れ落ちる前にまたパンチするとは、恐ろしい瞬発力だ。的確なラッシュを全身で浴びつつ、どこが口とも分からない身体で声を張り上げる。
「違う違う、パートナーっていうのは、DomとSubの間で行うPlayの相手を決める契約のことだよ! 相性が大事なんだということは君も分かっただろう? 一回だけじゃ不安ということならば、仮パートナー契約としようじゃないか」
「仮の契約か。 ……だ、だとしてもあれをまたお前とするということか!?」
「そうさ、君は週に何回か私を監視しにくるだろう? 今日みたいにロナルド君がいないタイミングを見計らって、簡単にPlayをするんだ。そうだねぇ……週に一回、五分もあれば十分じゃないかな。ほら、ぎっくり腰になってから治療するよりも、毎日ラジオ体操で予防したほうが安上がりで健康的だろう?」
 ヒナイチ君は首を捻って難しい顔をしている。やはり例えが分かりづらかったか。他に思いつかなかったからつい口に出してしまったが、ヤツから教わった時から私もこの例えには納得していないのだ。見た目は取り繕っていても滲み出る加齢臭、その癖にスケコマシなのだから心底タチが悪い。ナスナスと身体を元に戻し、私にPlayのやり方を教えた嫌なヤツのことは記憶の彼方に追いやる。
……本当に、私をたぶらかす気はないんだな」
「もちろん」
 にっこりと笑みを作って答える。「今は」という言葉を言っていないだけだ、嘘は言っていない。だから胸を痛める必要もない。これからゆっくりとPlayを積み重ねて、また好感度のパラメーターを上げていけば、きっといつかヒナイチ君は私に血をくれるはず。そう、これはちょっとしたゲーム。慣れてきた日常に新たに加える、シナモンシュガーのような香(かぐわ)しく甘いスパイスだ。私の提案をプロポーズだと勘違いしてしまうほど、初心で清らかな乙女を篭絡して血を捧げてもらう。ああ、なんて畏怖くて恐ろしい計画だろうか!
「せっかく可愛いお嬢さんが私を監視してくれるんだ、お互いWin-Winの関係でいようじゃないか。Playのお供には今日みたいに素敵なお菓子も用意しよう。クッキーでも、他のお菓子でも」
 そう付け加えると、ほんの僅かに陰りのあったヒナイチ君の顔がみるみるうちに明るくなっていく。やがて凛々しい眼差しでこちらを見上げ、ほんの僅かに微笑んだ。差し出された手を取り、握手を交わす。

……監視の目は緩めないからな」
「おお怖い。……改めて、これからよろしくね。ヒナイチ君」

 こうして今、真祖にして無敵の吸血鬼ドラルクと、そんな私を監視する吸血鬼対策課の警察官ヒナイチ君との間に、密約は交わされたのだった。