いを
2025-06-07 22:30:27
4335文字
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ワードパレットまとめ5

ワードパレットお借りしております。
それぞれフォロワーさんのお子さんお借りしています。

【ブツメツフツマ/蓮実さんと倭】
真昼の満月(08.コバルトヘヴン/角の席、珈琲の香り、おかわり)

 喫茶店の隅の席は少々狭いが、いわゆる角部屋――のような、妙な安心感がある。目の前の蓮実は熱心にメニューを見ていた。倭は少し見ただけだが、メニューの数が多いと感じた。コーヒーやフロート、ジュースにはじまり、ナポリタンやミートソース、しまいには生姜焼きや丼ものなんかもあった。メニューの裏にはパフェの写真がずらりと、これ見よがしに並んでいる。
「決まったか」
 メニュー表で顔がかくれてしまうほどのちいさな頭がわずかに動く。
「倭お兄ちゃんはせっかちです」
 そう言われてしまえばそうかもしれない。周りから――主に黛無告から、せっかちですねと言われて育った。
 手持ちぶさたにはめごろしの窓を見上げる。石灰のような壁だった。ふれるとざらざらとしている。窓の向こうに、同じ学園であろう生徒が行き交っていた。
「私、これにします。苺パフェと、オレンジジュース」
「メシはいいのか」
「甘いものが食べたい気分です」
 ひまそうにしている店員に苺パフェとオレンジジュース、アイスコーヒーとナポリタンを頼んだ。煙を噴くような音が聞こえて、視線をうつすと店員がエスプレッソマシーンをいじっていた。
 ぽつぽつと話をしながら蓮実のあごを見る。小さいと思った。うぶ毛がうっすらと生えていそうで、桃のような柔らかさを感じる。
 お待たせしました、と妙に棒読みの店員が目の前に苺パフェとオレンジジュースを置いた。一度戻りアイスコーヒーとナポリタンを持ってきて、目の前に置いた。こってりと炒めた玉ねぎと、分厚いソーセージ、瑞々しいピーマンがトマトケチャップに絡められている。
 苺パフェはてっぺんに大きな苺が一粒、生クリームに埋もれそうになっていた。ポッキーと薄いゴーフレットのようなものが刺さっている。
 彼女は目を輝かせて、いただきますといった。柄の長いスプーンをパフェのグラスに入れて、そっと掬った。
「おいしい」
 幸せそうな顔をする。ふっと笑って、自分もナポリタンに手をつけた。
 ドアベルがなった。顔をわずかに上げて見ると割腹のいい、イギリス紳士みたいな格好をした男が慣れた足取りでカウンターに座る。ブレンドひとつといった。イギリス紳士みたいな男がブレンドを頼むのが少し面白かった。てっきり紅茶と思ったのだ。
 アイスコーヒーを頼んだときでは感じられなかった匂いが喫茶店に充満する。
「いい匂いだな」
「コーヒーの匂いですね」
 ベビーブルーのワンピースの蓮実が笑った。うなずくと、またスプーンを動かしてコーンフレークを掬う。
 口の中はケチャップの味しかしなくなってきたので、アイスコーヒーを飲んだ。氷がとけても濃くもなく、薄くもない。ゆっくりするには十分な味だった。
「ジュース、おかわりでもするか」
 ゆるく結われた黒い髪の毛がちいさく嬉しそうに揺れた。



【モイラと鼎と糸車/夢見さんと大森】
月と同義の何かに触れて(ハートに灯して/待ち合わせ、ドアベル、目が合う)

 じじ、じ、と、蓄音機がざらついた音をたてた。そして数秒後に重たく深い音色が流れてきた。最近の音楽――歌謡曲は分からないが、モーツァルトなら分かった。戦時中では音楽と名の付くものは眉をひそめられ、軍歌ばかりが耳に入ってきた。が、今に至ってはモーツァルトだけではなく――クラシック音楽はよいものだと、教鞭を執る音楽教師もいる。まるで手のひらを返したような時代の流れも、もう慣れた。これからもきっと細く長く、時にはうらっかえしになりながら続いていくのだろう。
 家にある錆びまみれの手入れされていない刀も、もう80年もすれば鞘から抜くこともかなわないのかもしれない。カップに手をつける。深い琥珀色の液体がカップの中で生き物のようにゆらめいた。
 夢見瑠美――先生と10分後に待ち合わせをしている。十分、余裕をもって来たが、杖の音が薄い壁の向こうから聞こえてきた。もう聞き知った音だ。黒く長い髪が墨のように流れる。机に手のひらをあて、思わず立ち上がった。ガタンという木のこすれる音が響いて、驚いた顔をした店員に「失礼」といった。そして、数分席を外す旨をはなし、鞄を椅子に置いて外に出た。ガランと重たいドアベルが鳴ったが、外に出ると喧噪ばかり聞こえる。モーツァルトの曲も途絶えた。
「夢見先生、大丈夫ですか」
 声をかけると彼女は顔をわずかに上げた。目が合う。すこし疲れた目をしていた。
「大森さん」
 もう来られていたんですねと彼女はいった。
「時間が余ってしまっていたので、先に頂いていました」
 申し訳ないと伝えると、彼女の薄いくちびるがかすかに緩んだ。
「待ち合わせの時間まではまだ十分、あります」
 杖を突きながら、ゆっくりと歩き始める。保もそれに続く。ドアを先立って開くと「ありがとうございます」と囁いた。
 蓄音機からはヨハン・シュトラウスの美しく青きドナウが流れていた。レコードを変えたらしい。
 先ほど座っていた席に案内して、コップに入った水を店員が置いた。細い指でそれを持ち、そっと飲みこんだようだった。
「お迎えに上がればよかったですね。すみません」
「いえ、そんな。こちらのほうでちょうど、用事があったので」 
 そういい、夢見は窓の外を見た。空が青白かった。風も出ておらず、人の喧噪以外は静かなものだった。
「先に飲みものでも頼みましょうか」
「それなら……紅茶を」
 ふっと窓から視線をはずし、保にそう伝えた。
 手を上げると店員が足音をさせずにやってきたので、紅茶をふたつ頼んだ。
 テーブルの上には原稿用紙を包んだ封筒が置いてある。少々皺が寄っている気がした。これくらい問題は無いが、やはり迎えにいくべきだったと思う。
「そういえば……夢見先生、音楽はお好きですか」



【刀神/戒靜さんと蓮】
いつか化けてね(きらきらみなも/海の見える、ピアノ、高い天井)
 
 ――黒猫が……いや、もしかすると灰色だったかもしれないけど。
 蓮は何にも置けないような小さいテーブルの上のグラスを見た。戒靜はそっと聞いている。
「黒猫がピアノに化ける夢を見た……気がする」
「面白い夢だね」
 スーツをまとった肩がかすかに上がる。白っぽい漆喰の壁が今日はやけにはっきりと見えた。目もとにふれるとサングラスではなく眼鏡をかけていたことに気付く。
「ピアノが黒猫に似ているって思ってた……昔は」
 昔は、を強調し、今はそうではないことを伝えたかったが彼にはきっともう分かっていたのかもしれない――し、どうであろうと口を出さなかったかもしれない。
 カラカラと天井のファンが鳴っている。時折変な音を立てて止まり、そしてもう一度ゆっくりと回り始める。
 ここには街中だから海などありはしないが、その音が潮騒に聞こえた。
「猫はなんにでもなれる」
 ――って、聞いたことがあるよと彼はいった。それは液体だとか――と問うと、ちいさく笑う。
「猫の命は九つある」
 猫は執念深いという意味のことだと、蓮も聞いたことがあった。
「人間にそこまで言わせるんだからね」
 白いストローが氷が溶けるにしたがってゆらりと揺らぐ。彼はここでなにを頼んでいたのだったか。
「執念深い人間もいるけど、命が九つもあるなんて聞いたことがないな」
 戒靜の瞳がうっすらと細められる。耳朶あたりの耳飾りが揺れた。
「猫の特権。まあ、人間は猫みたいに死ぬ場所を選べるから」
 窓辺――窓硝子の向こう側に黒猫が大きなあくびをしていた。ピンク色の大きな口から細長く伸びた舌が見えた。
 戒靜も気付いたのか、そのようすを見てまた笑う。
「もうじき夏だね」
 彼はそういい、みずみずしい緑色の葉っぱを眺めた。
 ファンはやはり波の音のように止まったり、動いたりしていた。
 


【刀神/白梅さんと一葉】
0より100より数えたいものがあった(いい子の言い訳/降り出した雨、窓の下、小さなケーキ)

 夜でも営業している喫茶店を見つけた――とは言いすぎだろうか。時折訪う喫茶店の主が、白梅氷華と一葉をよびよせた。
 飴色の美しい木のテーブル。そこへ白地に青の絵の具でつるばらを描いた皿、その上にチーズケーキが置いてある。いつも白梅氷華が注文するものよりも、半分くらいちいさい。
……小さい」
 と、彼は正直に――あるいは不満げにいった。店主は少ししわのある目尻をゆるめて、「試作品を召し上がってほしくて」とこっそりと耳打ちをする。見回しても他に、客はいない。
 彼は銀色のフォークをもち、タルト生地の寸前まで押し進めた。
「白梅、どうしたの」
「いつもより、硬い」
 そう呟くとフォークと皿が触れる、すこし高い音が聞こえてきた。店主はなにも言わず、ほほえんでそのようすを見ていた。
 そして、そのちいさいチーズケーキの半分を口に入れる。そこに躊躇いなどはなかった。ここのケーキが本当に好きなのだろう。
「ヨーグルト、の味が強い。これじゃあ一葉は食えないな。俺が食べる」
 彼は気に入ったのか、一葉の返事をきかずにあっという間にもう一切れも食べ終えてしまった。
 一葉は乳製品にそれほど強くないのでそれでよかったのだけれど、白梅氷華の言葉が独り占めをしたいような言い方で微笑ましく思ってしまった。
 暗い窓ガラスに、水滴が張り付く。それに気付いた後、土砂降りになったのはあっという間だった。
「すごい雨ですねぇ。傘もあるけど、やむまで雨宿りをしていってください。コーヒーを……ああ、もう夜だからミルクたっぷりのカフェオレにしましょうか。桐月さんはブラッドオレンジジュースにしておきましょうね」
 店主はそっとキッチンに向かった。
 ありがとうございます、と言ったときにはもう奥にいて、通る声で「はぁい」と答えてくれた。
「白梅、どんな味だった?」
「いつもより酸っぱくて、あんまり甘くなかった」
「そう。レモン果汁を多めに入れたのかな」
「タルトは、前より甘かった」
「そうなんだ。おいしかった?」
 問うと、彼は素直に頷いた。さらりと青白い髪の毛がゆれる。一葉はそれをみとどけて、口もとを緩めた。白梅氷華がうれしいと、一葉もうれしい。
 窓を覗き込んで見下ろすと、水たまりができていた。
「雨がやんでも、気をつけて帰ろうね」
 店主がテーブルの上に置いてくれたカフェオレが入ったマグカップをしっかり持って、もう一度彼は頷いた。