信一の買物につきそい店前で1人待機していた洛軍は、音色を耳にして気を惹かれた。店は住宅街にひっそりと建っている。 “お向かいさん”の2階の窓が開いており、そこから聞こえているようだった。
「ピアノか」
手持ちの紙袋を増やした信一が、店から出てくるなり言った。
「連弾だな。2人かな」
「連弾?」
「一台のピアノに横に並んで座って、一緒に1曲弾くんだよ。4本の手でな」
「そうなのか」
「けっこう楽しいぜ?手数が増えるから迫力でるし。誰かと一緒にやるってなると、失敗も成功も一蓮托生だからさ。ミスしてどちらかの音が消えようものなら笑っちゃうし、1曲通せれば喜びは2倍よ」
洛軍は「ふむ」と納得して耳を澄ませた。跳ねたリズムの切れ味と、時折に重なる音の濁ごった響きが逆に味わいで心地良く、異国情緒を想わせる賑やかな音楽であった。テンポのせいか疾走感が進むにつれて強まっていく。
「分かる~」
一緒になって聴く信一がまた喋る。
「速いテンポの曲って、だんだん調子ノッて加速しちゃってさ」
確かに、最初の頃よりずっとテンポが早い。
「こうなってくるとキャパオーバーでも止まんなくてさ……コケちゃったり」
高音でメロディを奏でていた旋律が消失した。リズムを刻んでいた低音がそれを認めてそっと止まる。少女たちの弾けた楽し気な笑い声が、窓から男たちへと届いた。
「ほらな」
信一が優しい目して笑む。
「信一はピアノが弾けるのか」
「子供の頃ちょっとだけ。昔は砦にも古いのが1台あって、当時は調律師のおじさんが住人にいてさ。時々に遊んで弾くくらいしていたんだけど…」
過去を懐かしむようにして空を見上げた信一は、すぐに視線を降ろして洛軍を見つめた。
「ナイフの練習に夢中になってからは止めちゃったな」
ほら、指が傷つくと手が痛ぇからさ。
また曲の最初からピアノの音が始まった。ペースを乱さないためか、さっきよりもリズムを強調するように音が跳ねる。
「2台ピアノでやったこともあったけど、なんか寂しいんだよな。相方が遠くてさ。隣に座った方が俺は好きだったな」
「聴いてみたかった。信一のピアノ」
「まぁ、今じゃこれだしなぁ」
2本しかない指を見せつけるようにして悪戯っぽく笑った信一は「でも…」と続けた。
「連弾なら映えも悪くないぞ」
「連弾…」
「例えばお前が低音でリズムを刻み土台をつくる。お前がつくった旋律の上で、俺の7本の指が高音で軽やかに、遊ぶ」
な?と言ってフワリ、と信一が花がほころんだように笑った。
「2人って楽しいだろ」
洛軍はその瞳に吸い込まれて薄っすらと頬を朱に染め、そうだな、と呟くように言った。
自分の横で信一が笑ってくれるなら、それも素敵だ、と洛軍は思った。
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