ナガレ
2025-06-07 21:14:00
2359文字
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ぶぜまつワンライ「てるてる坊主・迷子」

2025/6/7第20回ぶぜまつワンドロライ「てるてる坊主・好きにして・迷子」で書いたもの。放置していたネタメモに使えそうなメモがあったので、一部使ってみました。いつも以上に雰囲気ぶぜまつ。

ここしばらく雨降りの日が続いている。付喪神も天気には勝てないから仕方ないと受け入れていた本丸の面々も、降りやむ気配のない長雨に対して苛立ちを隠しきれなくなってきた。長雨と書いてながめ。やれ風流だ雅だ歳時記だと、雨垂れを眺めて楽しんでいられたのもほんの数日だけだった。
本丸を覆う苛立ちに耐えきれなくなり、皆でてるてる坊主を作って軒下に吊るそうと提案したのは誰だったか。短刀の誰かのような気もするし、彼らの保護者を自認している誰かのような気もするし、審神者のような気もする。少なくとも自分ではない。材料一式を渡された側だから。そんな事を考えながら豊前江は、中庭に面した廊下の軒下に吊るされた大小様々なてるてる坊主の群れを見上げていた。
ずらりと並ぶてるてる坊主達。その光景は圧巻だ。中にはひっくり返っているものもあったが、それはご愛嬌。男士達総出で作った甲斐あって、しとしとと降り続いていた雨は先ほどから雨脚が弱まり、じきに上がりそうなところまできている。――いい頃合いだ。そろそろ行くかと、豊前は長傘を片手に中庭に降り立った。明日はここに洗濯物がずらりと並ぶのだろう。
……ん? 外には出ない。ちっと見回りに行ってくるだけだ」
豊前が傘を差すか差さまいか悩んでいると、こんな雨の中どこに行くのかと声を掛けられた。本丸の外に出るなら外出許可が必要だが、外にでる予定はない。目的地は本丸の敷地内だから。じゃあなと言って軽く手を上げると、豊前は傘を差さず手に持ったまま中庭を突っ切った。目的地は庭園の隅にある四阿。不規則な雨粒が豊前の内番着に染みを作った。

雨でぬかるんだ地面に水たまり。どうせ洗うのだからと、泥水を跳ねさせながら豊前は四阿までやって来た。周囲から隠れるようにひっそりと建つ簡素な四阿。そこに置かれた長椅子の上で、一振りの男士が立て膝に顔を埋めて座り込んでいた。
「松井」
近づいた豊前が声を掛けると、小さくなっていた男士がのそりと顔を上げた。雨に濡れた烏の羽色の髪に、晴れた日の昼下がりの空の色に似た碧眼。豊前の同胞、松井江だ。顔を上げた松井は豊前と小さく呟いた。
「いつからここに?」
……一瞬雨がやんだ時があっただろう? その時から」
一瞬だけ雨がやんだのは一刻ほど前のこと。それから約二時間、松井はずっとこの場所に居たらしい。何でこんな所に居るんだと思う気持ちが半分、やっぱりここに居たと思う気持ちが半分。松井のさ迷う表情を見たら後者の気持ちの方が強くなった。豊前は松井の隣に腰を下ろした。
「何かあったか?」
「特に何も」
つれない松井の返事。これも想定通りだから気にならない。理由をでっち上げて取り繕おうとしなくなった分、進歩したと言えるかもしれない。松井が何故ここにいるのか、そこに理由は無いのだから。強いて言うなら、何となくそういう気分だったからくらいか。
「じきにこの雨も上がる。明日は一日中洗濯に駆り出されることになるんだろーな」
タオルが足りない、手ぬぐいが足りない、内番着が乾かない。各自が自室で干すのにも限界がある。洗濯当番達の張り切る様子が始まる前から目に浮かび、豊前は笑いを噛み殺した。
「豊前」
「どーした?」
「どうして君はここに?」
「何でだろーな。何となく?」
松井と同じく、豊前にも理由は無い。そろそろ雨がやみそうだなと思って、松井はあの四阿にいるんだろうなと思って、迎えに行こうかと思って。それだけだ。
豊前は隣にいる松井を引き寄せた。立てた膝を抱えたまま、ぐらりと傾く松井の体。傾いたことで松井の顔が近づいたのを良いことに、豊前は色の薄い松井の口を吸った。わずかに驚いた素振りは見せたけれども抵抗らしき抵抗は無く、豊前が二度三度と繰り返しても松井はされるがままである。嫌でないなら遠慮なく。豊前は松井を深く吸った。
暫くして、豊前は引き寄せた時に掴んだ松井の肩から手を離した。白かった松井の唇は、ほんの少し色づいている。血色は良くなったみたいだ。ではこちらはどうかと、豊前は松井の手を取った。まるで氷みたいとは言い過ぎだが、松井の手からはしっかりとした冷えを感じる豊前は内心で渋面を作った。
「冷たい」
そんな言葉が思わず豊前の口から漏れる。そうかなと返すと、松井は豊前に取られていないもう片方の手を頬に当ててみた。ずっとこの場所に居たからか、松井には己の手の冷たさがよくわからなかった。
「そーだよ。指の先が真っ白だ。これくらいなら傘がなくてもいけそうだし、戻るぞ」
手を取ったまま松井を立ち上がらせると、豊前は松井を先導するようにして四阿を出た。雨雲の切れ間から陽の光が差している。
時々、松井はこんな感じでいなくなる。ひとり物思いに耽りたくて、解けない心のパズルが解きたくて、でも解けなくてままならなくて、降りしきる雨から逃れたくて。松井の心にもてるてる坊主を吊るすことが出来たらいいのにな。
ひとりになりたくて姿を消すのに、その表情はまるで迷子。迷子の松井を初めて見つけた時から、豊前は頃合いを見て探しにいくのは自分の役目だと決めている。雨がやんで薄日が差す頃、豊前は松井を探しにいく。迷子になった理由は聞かない。でも聞きたくないわけではないから、いつか教えてくれる日を待っている。いつしか迷子の松井はこの四阿を根城にするようになった。豊前の役目も迎えに変わった。
迷子の松井は待っている。豊前が探しに来てくれる事を。迎えに来てくれる事を。そして豊前は願っている。いつか自分が迷子になってしまった時が来たら、その時は松井に見つけてもらいたいと。何も言わずに手を引いて、己のあるべき所まで連れて行ってもらえれば。高望みはしない。それだけで十分だ。


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