夏とは、心踊る季節だとシンは思う。汗は出るし日差しは強いし嫌なところはもちろんある。だけど、キンキンに冷えたソーダを喉に滑らした時や、夜空に浮かぶ提灯と花火を見た時や、潮の香りがする波打ち際を歩く時、どうしてもどこか浮き足立ってしまう。これから始まる季節に、さて今年はどんなことをしようかと考えるのが好きだった。
「まあ今は絶賛雨なんだけどな」
「なに急に」
「いやこっちの話」
シンが待ち遠しい夏に思いを馳せてしまったのにはワケがある。それはJCCの購買でとあるものを見つけてしまった数十分前に遡る。小腹が空いたから、と何か食べ物を探して購買の中をうろついていると、いつも季節ものが売られているコーナーが更新されていることに気がついた。少し前までは花粉グッズが売られていて、シンもそれなりにお世話になった。もう少しで梅雨だから雨関連のグッズかと思って近づいてみると、そこに合ったのは浮き輪や日焼け止め、花火、サングラスにビーチサンダル。まさに夏、いや海に適したグッズたちだった。
確かにJCCは海に囲まれているけど、海で泳ぐといったような遊びには向いていない。それなのに、海グッズ。というか季節をひとつ飛ばしている。梅雨用の傘やタオルの方が今はほしい。
そう思いながらそのコーナーを離れようとして、だけどシンはピタリと足を止めてしまった。目に飛び込んできたのは坂本商店で何度か使ったアナログな機械。ゴリゴリと氷を削るだけの単純なそれを見つけてしまったから、シンはもうひとつの気持ちに思考をジャックされた。気がつけば金を払い、そのままシンは武器科に駆け込んだのだ。
「てことで、はいこれ」
「どういうことだよ。かき氷はまだ早くね?」
購買で手に入れたのはかき氷機だ。片手で持てるくらいに小さくて、上にハンドルがついているだけのもの。
「セバとかき氷でも食べようかなって思って」
「夏はまだだけど」
「知ってる知ってる。いーんだよ別に、かき氷を夏以外に食べちゃダメな決まりはねーよ!」
約束はしていなかったけど案の定研究室に篭っていた夏生の机にドン、とかき氷機を置く。もちろん氷とシロップと皿も用意した。ストローになっているスプーンも一緒だ。JCCの購買はなんでも売っているのだ。
かき氷に心躍らない奴はいない。これはシンの持論だが、怪訝そうな顔をしていた夏生が作業の手を止め机の上を片付けているから多分間違っていないのだと思う。試しに心を読んでみると、「意味わかんねー、でもかき氷はちょっとやりてー」とシンの思ったとおりで、思わずやけてしまった。
綺麗になった机の上に機械を置いて、それから氷をセットした。本当は大きい氷が良かったけど、それはさすがになかったので普通サイズのものだ。
「それじゃやるぞ! ちゃんと見とけよ」
「見張りは任せろ、溢れないように押さえててやるから」
案外ノリノリな夏生を横目に、シンはハンドルを回した。ゴリゴリとした感触が手のひらに響いて、数度回すと白い結晶が紙皿の上に降り始めた。回すたびに滑らかな山になっていくそれに、二人して「おー!」なんて感嘆の声をあげる。夏生がたまに皿を回転させて、バランスよくなるように調整し、まさにお店でよく見かけるような氷が出来上がった。
「案外いけるもんだな〜、普通に美味そう」
「俺の分はセバが削ってよ」
「なんでだよ、俺は見張り役なんじゃねーの」
「いーからいーから! てか見張り役ってなに」
「適当に喋ってるから知らねー。……はあ、まあ仕方ないなー、やってやるよ」
「やりぃ! 量多めでよろしく」
今度は場所を交代して、夏生がハンドルを握る。もう一枚お皿を出してセットすると、夏生が勢いよくハンドルを回し始めた。
「まったまった、早いって!」
「はやくしないと溶けるだろ」
「そーかもだけど」
そう言い合っているうちに、同じくらいの山になった氷が出来上がった。白くてキラキラ輝いていて、今日が雨なのが残念だ。太陽の光にかざしたら、もっと綺麗に光っただろう。
「シロップ何味?」
「いちごとメロンとレモンとブルーハワイ」
「いや多すぎ。くそエスパーお前、知ってるか? かき氷のシロップって味は全部一緒なんだぜ?」
「嘘つけ、んなわけねーだろ」
「じゃあ食べ比べてみよーぜ」
夏生に煽られたシンは、少しムッとしながら一番近くにあったいちご味のシロップをかけた。それから一口分それを掬い、口の中に放り込む。キーンとした冷たさがシンの頭を貫いた。
「冷たい! うまい!」
夏生はブルーハワイをかけて、シンより少なめに口の中に入れたが、同じように冷たさが頭にキタのだろう。少し眉間に皺を寄せた。
「つめて〜、けどうまい」
「な! やっぱりかき氷って良いよな〜」
「次レモン味かけてみろよ、同じ味だから」
「絶対違うと思うんだけど」
シンは疑いながらシロップのかかっていなところに黄色のそれをかけて、再び口に放り込んだ。もぐもぐと数度口を動かし、舌の上で味を感じ取る。ん〜〜……。
「レモンな気がするけど。でも言われて見たら同じな気もする…?」
「色と香りの錯覚らしいよ」
「ふ〜ん。ま、なんでもいいや。美味しいし、いろんな種類ある方がテンション上がるのは間違いないし!」
絶えることのない会話を交わしながら、かき氷を食べ進める。ああ、夏本番が来たら、購買に売ってた浮輪と花火を買って、みんなでやりたいな。夏祭りだって行きたいし、夏フェスとかもいいかも。夏生とシンは音楽の趣味が少し似通っているから、一緒に行ったらきっと楽しい。
未来に思いを馳せて、少しふわふわとしていたらしい。たまに相槌を打ちながらシンの話を聞いていた夏生が、突然何かを思い出したかのように立ち上がり、棚の辺りをゴソゴソと探った。不思議そうに見ていると、夏生がシンの方へ振り返った。
「そういやお前今日誕生日だよな?」
「え」
「え、なに。違った? はずいじゃん俺……」
「いや、合ってる、けど……。なんで知ってんの?」
そう、今日はシンの誕生日だった。七日になった瞬間、坂本たちから電話がかかってきてお祝いをしてもらった。授業に出かければ、今日が誕生日と知っている友人たちからお祝いの言葉をかけられ、真冬たち編入試験組からはスニーカーをもらった。とても良い一日だったと思う。いつも通り過ごす日々に、誕生日という特別がプラスされた良い一日。あいにくの雨だったけど、放課後までとても充実していた。
「自分で言ってたじゃん。けっこう前だけど」
そうだっけ。夏生にその話をした記憶はないけど、もしかして何かの拍子に言ったのかもしれない。思考がまとまらない。
「てことでこれ、はい」
混乱するシンを無視して、夏生が何かを渡してきた。思わずそれを受け取る。肌に馴染むそれは、シンがずっとお世話になっているもので。
「これ……」
「そー、グローブの改良版。てめー無茶ばっかりしやがるから反動少なくなるようにいろいろ補強しといた。言っても聞かねーと思うし、俺の独断な」
本当に充実していた。だけど、少し欲を出してしまったのだ。あと半日もすれば終わってしまうその日を、シンはどうしても夏生と過ごしたい、と。そう思ってしまった。今日一日中、珍しく夏生に会うことがなかったから仕方ない。毎日見ている顔を、こういう日に限って見ないのは違和感がある。そう思って研究室に行く前に、空いた小腹を満たそうとして、シンはかき氷機を見つけた。そして踊ってしまった心そのままに夏生の元へ向かったのだ。夏生と大好きな夏を過ごせたら、それはとても楽しいことなのだろうな、と思いながら。
そしたら、これだ。夏生から何かアクションを求めていたわけではないので、まさか誕生日であることに触れられると思っていなくて驚いてしまった。渡されたグローブを指でなぞる。何度も何度も助けられたこいつに、シンはまた救われたらしい。
「実用的なもんが良いかなって思ってそれにした。俺にとっても勉強になるし」
「……うん」
「あと、さっき言ってた夏祭りとか海とか、全部行こうぜ。……別にみんなとじゃなくて二人でもいいし」
「……うん」
良いのだろうか。こんなにたくさん貰って、シンは何を返せるのだろうか。ただ一緒にいるだけで良かったのに、夏生はそれ以上のものをシンに打ち返してくる。シンのことを考えてくれた行動に、シンのために形にしてくれた言葉に、胸がいっぱいになる。思わず抱きしめたくなるような、大切にしまっておきたくなるようなそれに、シンは上手く言葉を紡げなかった。
「ありがと、うれしー……」
へらりと笑うシンに満足したのか、言葉を返すことなく夏生はかき氷を食べ進める。シンも同じように、あと少しになったかき氷を食べるためにストロースプーンを握った。
どうして誕生日を夏生と過ごしたかったのか、シンにはよく分からない。夏生といると経験したことのない感情が襲ってくるばかりで少しも落ち着かないのに、それでも隣で笑う黒い瞳を見ていたいと思ってしまうのだ。
しゃくり、氷の粒を口に放り込む。冷たくて甘い氷が溶けて消えていく。それなのにシンの体温は上がっていく一方で、ちっとも下がりそうにはなかった。
夏が待ち遠しい、とシンは改めてそう思った。
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