全てが反転し、逆流していく景色。夢が終わり、白痴が回帰する。何処までも続く世界が、此処に収束していく。あり得ない、あり得てはいけなかった現象が、目の前で起こるのを確かに見ていた。
繋いだ手の先で、愛しい彼が倒れる。決して離さぬよう抱えて、彼にズルリと何かが染み込むのを知覚した。悍ましいほど冒涜的で、大いなる存在の気配。究極にして最上、唯一である万能の神。精神が軋む音を聴きながらも、彼を胸に強く抱く。離さないし離したくない、なによりも離れたくないから。
気が付けば、周囲を得体の知れない存在たちが取り囲んでいた。自分たち二人を見下す集団から、一歩踏み出す個体がいる。恐ろしく美しい人間の形をした、明らかな異端の怪物。
「それ、此方に渡してくれないかな」
見た目だけは友好的に、それは手を差し出す。瞳の奥深くは淀み、視線を交わすだけで狂気に誘われる気がした。それでも目を逸らさず、自分はハッキリと拒絶する。彼をあちらに渡せば、もう二度と会えることはないだろう。それだけはしっかりと理解できたから。
そう。
だからこれは、最適解なのだ。
「私が、彼の代わりになれませんか」
人間の皮を被った異端が、僅かに驚いた風の動きを見せた。そしてすぐ背後を振り返り、集団と何かやりとりをする。会話しているのだろうが、人間である私には言語も音も理解できなかった。
しばらくそうして、正面の存在がこちらに微笑む。提案を受け入れてくれるのか、そもそも取り合ってもらえるのかも不明瞭。心臓が悲鳴をあげ、手の震えが大きくなる。
「いいよ。此方に従ってくれるなら、彼は助けよう」
邪悪な愉悦の滲む表情に、ゴクリと息を呑んだ。何をされるか分からない、未知への恐怖。そしてなにより、彼を助けられるという安堵。私は腕の中で微睡む彼へ、そっと視線を向けた。
苦しそうに唸る彼は、私のいない未来を生きるのだろう。この先、彼は私を失って存在する。それが悔しくて、哀しくて、どうしようもなく嫌だった。けれどそれより嫌悪するのは、彼を失って自分が存在することだ。故に、私はこの選択を肯定する。例え、彼が否定しても。
「ごめんなさい、ユキトさん」
額にキスして、未来の幸運を祈る。次なんて無い、此れは正しく最後の抱擁になるだろう。自分が与えられる祝福、それら全てを彼に注ぎ込むつもりで強く抱えた。
彼を救えるから、後悔はない。それを上回る身勝手な決意があるから、恐怖にも耐えられる。そう、耐えられる。耐えなければならない。私は耐えられると、私を説得し暗示をかけた。
私の涙が一粒、彼の頬へ落ちる。それを合図としたように、知識が頭に流れ込んできた。成すべき事、先の世界、自分の結末、彼との離別。
転移する感覚で頭が割れそうな中、それでも私は彼を想う。私の望みのために、彼に望みを問わずに進む。崩壊する宇宙、刹那に私は言葉を溢した。偽りの無い本心、彼へ向けた希望の祝詞。
「愛しています」
この声が彼に届かないことを望み、私の意識は闇に沈んだ。
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