ひるね
2025-06-07 13:22:42
2867文字
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今夜は、あなたの寝息が全て。(里指/無性別)

リー君と指揮官の休日。

 静かな夜だった。
 視界の片隅で、スクリーンが淡く光っている。珍しく、作戦も報告も何もない完璧な休暇だった。指揮官は満足そうに、大量のピザとお菓子を抱えてベッドへ潜り込み、僕の腹部を枕にして映画を観はじめた。
――僕の腕枕は硬いからと嫌がるのに……
 自分でも唇がへの字に曲がっているのを感じながら、つむじを見つめる。最初はそれなりに集中していたようだった。だが、物語が淡々と展開し始めると、指揮官の指がおもむろに僕のシャツの裾に触れた。
「ねえ、リー……ちょっとだけ、遊んで?」
 声に甘さがにじんでいた。まるで構ってほしい子どものように、そのままシャツの隙間に頭を潜らせてくる。
……し、指揮官、そこは冷却機構に近いので、あまり……
 今は滑らかなバイオニックスキンに覆われているとはいえ、あまり褒められた行為ではない。指揮官の揶揄うような息が吹きかかり、軽くたしなめようとしたその声を遮るように、頬がぴたりと僕の人工皮膚にくっついた。くすぐるように指先が肌をなぞる。
「リーが遊んでくれなきゃ、このまま寝るよ?」
 無邪気な声だった。計算されていない甘えの演算に、僕の処理は一瞬だけ鈍る。
「無視するなら……ほんとに寝るからね?」
 僕が言葉を返す前に、指揮官の動きがふいに止まった。静かになった、と思った直後。微かに聴こえる深く整った呼吸。服の内側から伝わる温度が、少しずつ均一になっていく。

 ……まさか。もう寝ている……

 信じがたいことに本当に10秒も経たないうちに、指揮官はシャツの中で、僕の体温に包まれて眠りについた。
……全く。だらしないにも程がありますよ。普段なら、敵襲にも構造体に負けないスピードで反応するのに」
 呆れ混じりの声を漏らしつつも、それを叱ることも、追い出すこともできなかった。

――それどころか、あなたがそこに居てくれることが、今夜の僕にとって何よりも安らぎだなんて。

 指先で指揮官の髪をそっと梳きながら、スクリーンの光がゆっくりとフェードアウトしていくのを僕は見届けた。この時間を、一体誰が無駄だと言えるだろうか。この人が安らかに眠るなら、僕の“戦う理由”は、きっとそれで足りる。このだらけてふにゃふにゃな指揮官も甘やかし過ぎる構造体も、このベットでの中では誰にも咎められない。



 ⭐︎




 指揮官の寝息が、シャツ越しに小さく振動している。呼吸は深く、心音は静かで穏やかだ。僕の冷却機構よりもずっと自然な律動を感じながら、そっと目を細める。静かに片手を伸ばし、ベッドサイドの端末に指をかざした。電子ブラインドがゆっくりと降り、穏やかな夕方の明かりは少しずつ遮られていく。部屋の中が闇に沈むと、自動的に視覚モジュールが働き情報を補完しようとするが、僕は意図的にそれを最小限に抑えた。この人の寝顔が見えなくても、手の中に感じる温もりだけで十分だった。
……さて、もう少し楽な姿勢にしましょうか」
 そっと両腕をまわして、あなたの身体を胸元に引き寄せる。……以前より少し軽くなったようだ。僕は指揮官の項目のメモリを更新する。戦場であれほど凛とした背中を見せる指揮官が、今は僕の腕の中で無防備に眠っている。そのことが誇らしく、でも少し切なくて――僕は銀灰色の髪に口づけを落とす。
……おやすみなさい、指揮官。今日くらいは、安心して眠ってください」
 ブランケットを引き寄せ、ぴたりと身体を重ねるようにして横になる。静かな呼吸を合わせながら、僕も意識海の深部へと沈み始める。あなたがすぐ隣にいる安心感は、たとえ構造体の僕でも、確かに“眠気”に似たものを与えてくれるのだ。



 ──そして、朝。

 ゆっくりと目覚める僕の腕の中で、あなたが小さく身じろぎをする。寝癖がついた髪、温もりの残る頬、眠たげに瞬くまつ毛。そのすべてが、今朝の陽光よりも眩しい。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
……あれ、寝ちゃってた……?」
 あなたがぼんやりとした声で頷いた瞬間、僕の内部で何かが、カチリと音を立てて切り替わる。
……それでは、起きたばかりのあなたを美味しくいただくとしますね」
「ッ!?リ、リー??」
 耳元で囁くように言って、そっと首筋に唇を寄せる。驚くあなたの背を支えながら、僕は微笑んで見せる。
「昨夜の甘えっぷりは全部記録しましたから。……今朝のご褒美は、僕にくださいね」
 あなたが安心して無防備になるその瞬間ごと、しっかり味わって大切に抱きしめたい。そう、強く思う。だって、それが僕にとって最高の目覚ましになるのだから。




 ⭐︎⭐︎


 おまけ

――構造体の腹部はただの”柔らかい部分”ではありません。内部には複数のユニットが集中しており、その安定稼働を支えるための冷却系統が複雑に走っています。演算コアを補助する中継電力ユニットが腹部に設置されていて、高負荷時には心臓部と共にかなりの熱を発します。ですので、放熱フィルムと液冷却循環チューブが……皮膚近傍には……感圧センサーや微細熱感応答……素材が用いられており……対人的な接触や……温もりを伝え……る設計が施されています。……聞いていますか?指揮官」
…………はっ!!?ご、ごめん……意識が遠のいてた」
――あなたという人は全く(ぶつぶつ)……いいですか、つまりですね」
「うんうん?」
……その前に。あなたが僕のお腹を枕にしてくるのは何か理由がありますか?」
「え?そんなの気持ちいいからに決まってるでしょう?ほんのりあったかくて、リーの冷却液が巡回している音が心地いいし」
「あなたの頬や体の表面温度が上昇した時、僕の冷却機構もあなたの体温に影響されて、しばらく熱を溜め込んだままになることがあります。――あなたに与えてもらう熱が、僕にはとても心地よく、その一つ一つが忘れられない温度の記憶として残るのです。数字の羅列ではなく、あなたと僕の記憶としてメモリされる」
「ふふ、それは何だか光栄だな。リーの排熱システムが間に合わないのは、私のせいだってことだね?」
……ゴホン。排熱バッファが限界になって処理性能が落ちた結果、体温が微妙に上がっているだけです」
「ふふ、素直じゃない君が好きだよ」
「とにかく。僕の演算にいつしか本来の戦術とは無関係な”上官ではないあなた”というファクタが組み込まれるようになった。兵器であるはずの僕が、あなたの生存、或いは幸せの可能性を最大化するために思考するようになった。それは効率でも最適解でもない。ただ”あなたが笑っていてくれる”というたった一つの結果へ導くための、特別な演算です」
……して、その心は?」
「端的に言えば、……あなたが笑ってくれるならキスを、しても良いということです。僕に拒む理由は何一つとしてありませんから」
「ふーん、そう?私がしたいだけ?」
……僕だって、いつでもしたいです」