輪のある、あとがきを通り越した超蛇足。

BoothにてPDF公開しました拙作についての余談と言うか蛇足。
飽くまで二次創当作品中のみの設定や見解、の言い訳追記、になります。
…ので、当作品未読の方には意味不明のたわごと且つネタ曝け出しでしかありません。

【輪のある世界.pdf】
https://btlg.booth.pm/items/6870962)
PDF版公開日 : 2025年6月7日

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わのあるせかいだそくメモ(棒読み



・やりたかった事
48話で大統領がトーマの事を個体認識していた事についての想像。
要するに、48話までの間にトーマが大統領に出会ったり挨拶する場面があったのだろう事の妄想補完。
この作中ではGF結成後に大統領はGFメンバーの履歴書的なものに目を通していて、トーマはシュバルツ大佐の弟であると言う認識は既に済んでいる。
と言う背景だったのですが、書き忘れました。


・少年篇~GF篇の世界情勢の変化
小康状態だったとは言えナレーション曰く「長きに渡る戦争」をしていたと言うので(バトスト未履修の、アニメ版描写のみからの想像です)、易々と和平ですと行けるのかどうか。
ぶっちゃけ、行けるのだったらGF篇でヒルツさん率いる旧プー派やそれとは無関係そうな連中まで悪事(GF平和基準)を働いている事の説明がつかない。


・『敵』の概念
*”もし貴方が人間であるなら、私は人間ではない”*
*"もし私が人間であるなら、貴方は人間ではない”*


・「その舌で、欺く」
*”彼らの唇の下には毒があり、*
*彼らの口は呪いと苦さで満ちている。*
*彼らの足は血を流すのに早く、彼らの道には破壊と悲惨がある。*
*また、彼らは平和の道を知らない”*


・シュバルツ大佐は平和主義かどうか
是か否かと言えば否。
でも、理由も意味もない戦火やそれに伴う被害や犠牲は望まないと言う程度の理性と分別はある。
そして、帝国の命令とあらば躊躇いこそすれど決定を覆しはしない程度の狂気と忠義もある。
シュバルツの軍人としての、命令に従うと言う行動は飽く迄、積極的か消極的か程度の違いしかない。
シュバルツ自身も屍を作らせたし作った立場でもあるし、いざきな臭い状況になれば戦場に立つ事も厭わない(帝国への忠義と愛国心がある為、それが正当なものであると認識していれば、叛逆を試みてまで反戦しようとは思っていない)。
そこは、己が軍人としてそう在って仕舞ったから、と言う経験や思想の堆積から来ている。
「軍人は責任から逃れてはいかんのだよ」
この意志を履行する為にも、己のそのスタンスを変える気はない。我を曲げた時点でそれは責任を放棄する事でもあると理解している。


・ハーマン少佐とシュバルツ大佐の『友人』関係
後々のウルトラザウルス指揮官になってからの「根拠のない自信」に説得力を持たせて仕舞う不思議な魅力や包容力を持つ人物像。
少々ニヒリストなシュバルツにとって、共和国と言う元敵性国に必要な安心袋の様な存在。
シュバルツとしては、嘗て相対したハーマンに現状の危うい平和への共感を求めたい節はあるけれど、それは互いが結局敵だと言う確認にしかならないので、上っ面の理想を形にしたいと言う立ち位置でしか物を語れない自分に(政治は向いていなさそうなので)少々失望はしている。

時系列がアレなのですが、今回はこの時点で既に「忠義の臣」「救国の英雄」「至宝」などと薄っすら呼ばれていると言う想定でいましたので、その賞賛を余計にどこか冷めて見ている。


・ここでの勝手な世界情勢
いわゆる呉越同舟の延長線上。
プーとデスザと言う”敵”によって出来た協力体制から、内外共にダメージの甚大な帝国の弱みと、ルドルフの平和理念とにある意味でつけ込む形で共和国はあくまで「対等に」和平を取り付けた様な状態。
共和国ゾイドと帝国ゾイドとが一丸となって戦っている姿や、プーを「帝位簒奪の大罪人」として立ち向かった嘗ての叛逆者のシュバルツの姿などは「両国が手を取り合って戦った」姿の象徴のひとつとして、切り抜き報道されている感じ。
一時は首都寸前まで攻め込まれた形となった経緯のある共和国も「全部プーの野望の所為で、ルドルフ帝は和平派でした」と言う帝国の言い分に理解を示したと言う形。
実際は34話、帝都まで共和国軍を入れていると言う事は帝国的には本来かなりヤバい状況。
そこまでしておいて共和国は、併合や吸収の様子は見せず一貫して和平の姿勢で迫り、復興支援もすると言うポーズを見せた。
と言う事情もあって帝国的には共和国に大きすぎる借りを作られた状態。
戦後補償(と賠償問題)については取り敢えず互いに明確に触れずノータッチで済ませている。
互いに、和平を正式に締結する議場では結構なヒリヒリ感があった事は請け合いだが、共和国曰くの、飽くまでこの戦争の勝者がどちらと言う話ではなく、互いに和平へと歩み寄った、と言う収め方をしている。
そう言う事情もあって、両国民の中や傷病兵士或いは遺族の中には、敵国に対する不満や不信が完全に拭えていない部分もある。


・平和の裏
両国が平和になればなるだけ今度は内部が腐敗する。戦時下に得ていた利を手放した代わりの儲けを求める者(軍人や商人)は両国共に多い。
互いに銃を突きつけ合いながらも明確に開戦には至らない、小康状態を保っていた戦争がある意味で互いの国内の平穏と結束をもたらしていたのも承知の上。ただそれを認めこそすれど善いと判ずる訳には決していかないのが現実。
件のテロリスト曰くの自国の事しか考えていない=結果的に両国の平和になる、と言うのは詭弁。
平和の裏でこう言った思想家や活動家は沢山居る。それらの一部に付け込んで唆し行動させている(撹乱含め)のがヒルツと言う認識。
そうやって増えた悪事に対抗すべく組織されたのがGF。


・GF
クルーガー大佐の発案で結成された”両国の脅威を取り締まる”組織に、大統領は希望的な期待を寄せている。

シュバルツはバンを元より陛下ポイントでかなり色眼鏡で見てはいるが、そこに来てバンが軍人になった事で「子ども」として見てはいない。
それもあってバンには「我々には彼がいる!」とホイホイ任せるぐらいに信頼度が高い。
ある種でバン・フライハイトはロブ・ハーマンと同じ「根拠のない」希望を感じさせる対象である事ももちろん含む。

そんなバンやGFの在り方にシュバルツも内心期待はしている。
バンやアーバインと国家の隔たりもなく、当時戦争に出ていなかった蟠りもなしに相対する事が出来ているトーマにも同じ様な期待をしたいのだが、『弟』と言う関係性が身内贔屓出来ないやや慎重な評価に至っている。
プラス、果たして軍人一家の一人として育った弟が、自分には出来ない事をしてくれるのか、して仕舞うのか、と言う不安もある。
戦争に出ないで育った弟には、その侭(自分が棄てられる理想を信じた侭)で居て貰いたいと言うエゴもあるので、自分の痛い所を負け惜しみでついて来たテロリストにこれ以上関わらせたくなかった。
と言うのも、トーマが無傷で捕らえようとして>仕損じて>兄が負傷して>犯人は死亡、と言う、間接的にその死がトーマの責任になると明確にして仕舞うのを避けたかった。
……ただの過保護ですね。
ちなみにトーマ自身は兄心の前者は悟ったけれど、後者にはまだ気付いてません。結果は知っているけれど、自分が取り逃がしたからそうなった、と言う「そうなった」の部分が運良く(?)も、兄さんが負傷をした、に重なったので、そちらに意識を完全に取られている状態。
間接的に自分がひとをころした事に気付いたトーマが何を思うのか、と言う部分は、(わかっていても)想像してはいけない気がしたもので保留。


・ルイーズ大統領は理想主義者かどうか
かなりそのきらいは強い。
まず自分たちが相手を信じずに相手にどう信じられると言うのですかと言いそうなぐらいに強気で、実際にその胆力は相手を怖気させるほどに強い。
そこはハーマンの親と言う事もあって似た様な「根拠のない」筈の確信や強さがあると思われ。
自分が国の指導者としてまず先頭に立って和平を実践していく『善』の姿と世界とを見せる事で、民の感情も付いて来てくれると言う「理想」がある。華厳宗かな?


・シュバルツ大佐は理想主義者かどうか
シュバルツは平和事業についても弟についても理想主義者だが、その反面で自分や世界の思う理想的な『平和』が詭弁に因るものに過ぎないとも解っている(少なくとも現状の両国を見た限りでは)。
その『平和』を(犠牲を伴いながら)導いた一人である以上、その責から逃れてはいけないと思うからこそに彼は軍人であることを已めないし、その舌で詭弁の理想を紡ぐ事も已めないし、
GFと言う両国の融和の象徴でもある若者たちを、ある種の希望を以て見る事も已めはしない。


・輪
シュバルツ>ハーマン>大統領>トーマ>またシュバルツ と言う流れの輪。
プラス、調和とか円環ではなくどちらかと言えば閉じられたイメージ。平和や理想の建前で繋がるかも知れない世界と言う理想。=和。
奥付だけ「和のある世界」ですが、当初の遊び紙が砂子入りだったので、和って和風の事か!みたいになったとかなんとか。

ちなみに、柵を一箇所退けていた大統領は「輪」のある世界を破っている。と言うイメージ。



・”微笑もて正義を為せ”
*”いいモットオが出来た。紙に書いて、壁に張って置こうかしら。”*

29話の、「壁に貼っておこう」は他人に顕そうとしている訳ではなく皮肉の意味だと思いますが