今度の誕生日に、何か欲しいものはあるか。
この質問をするようになって三回目。ニューヨークの街であったならば、初夏特有の暑さと雨の鬱陶しさが薫る頃の到来を迎える。しかし、霧深きヘルサレムズ・ロットにおいては、その感覚を忘れつつあった。
それでも、年月は確かに巡る。巡りゆく日々の中、生きものたちは一つ一つ歳を取る。それを尊び、祝うのは、人間だけが獲得した歓びだろう。
六月九日、スティーブンがまた一つ歳を重ね、ダニエルと齢を並べる日が、近い。
ダニエルは、自分にセンスがないことを重々承知していた。何より、自分の好みがスティーブンの好みとかけ離れていることは、彼との付き合いも長いため、嫌というほどに分かっている。
だから、彼の誕生日が近づけば、何が欲しいかを尋ねるようにした。相手のお祝いなのだから喜ばれるものの方がいい。ならばサプライズより、聞いてしまった方が確実だ、と思ったからだ。
去年は、万年筆を贈った。使っていたものが廃盤になっていてね、と随分しょぼくれながらも強請ってきたので、いくつか候補を上げて、その中から選ばせた。
だから、彼は中身は分かっていたはずなのだ。それでも、プレゼント用の箱から取り出した万年筆をじっと見つめて、大事にするねとはにかんだ。あの表情をどうにも忘れられないでいる。
今年はなんと言い出すか、と思っていた。どんな顔をして言うのだろうか、と男の表情を伺う。
ダイニングテーブルで向かい合っているスティーブンはちょうどコーヒーを口にし、こくと喉元を揺らした。そしてカップをソーサーの上に置いて、空を見やる。何やら思案すると、視線をダニエルへと向けて来た。様子を伺っていたはずが、なぜか伺われているような感覚にさせられる眼差しに、思わず眇める。
「言っとくが無茶ぶりだったら断るからな」
「分かってるよ。というかきみ、頼み込んだって聞き入れないものはノーって言うだろ。分かってる」
「んだよ。その、含みのある言い方」
聡い彼は、ダニエルがどんな態度を取るか分かっていてなお、何かを言い淀んでいるらしい。いつもならすまし顔の奥に隠していそうな曖昧な感情が、下がった眉尻から見てとれた。
こういうとき、折れてやってしまうところが、自分の甘いところだなと思う。
「ったく、聞くだけ聞いてやるから、言ってみろよ」
むずむずした感覚を諌めるように頭を掻くと、わざとらしく腕を組み、前のめりになって男の顔を覗き見た。
スティーブンは、ダニエルがこうやって鷹揚な態度を示すのに、弱い。
しぱしぱと瞬くと、すでに下がっていた眉尻をさらに下げる。
「
……誕生日に、何があっても僕といる、っていうのは?」
普通の人が聞けば、取るに足らないようなおねだりだろう。しかし、それを聞いたダニエルは閉口した。このおかしな街で、何があってもと答えられる人間がいたら、よほど自分に自信があるか、よほど世間と身の程を知らない愚か者のどちらかだ。
少なくとも、自分のみならず、誰かに何かあれば駆け出さなきゃいけない立場に、スティーブンとダニエルはある。ダニエルは、男が言い淀んだ理由を理解して、それと同時に小さなため息を吐いた。思い起こせば、過去二回の誕生日当日は、会うことすら叶わっていなかった。
非日常が日常になると、いつの間にか特別感すら忘れてしまうらしい。
ダニエルは、スティーブンがもの言う前に自身のケータイを取り出して、電話をかける。
「
……ロウだ。急で悪いが、六月九日は休ませてもらってもいいか?
……うるせぇ、降るかよそんなもん。仮に降ったとしても、そっちでなんとかしてくれ。
……ハイハイ、ありがとう。書類は明日提出するから。あぁ、頼んだ」
通話を終えて、男の方を見やる。ダニエルの想像通り、困ったような、それでいて嬉しそうな顔をして、笑っていた。締まらない顔をしていることを、彼はどれほど自覚しているだろうか。カッコつけたがりだと思うから、言ってはやらない。言えば気を張るようになる。それは、ダニエルの本意ではないのだ。
「これでおまえが休めなかったとか言ったら、流石に怒ってもいいよな?」
「分かってるよ。ぼくもちゃんと休む。休ませてもらう、絶対」
スティーブンは早速ケータイを取り出して、画面を睨み始めた。メールを送るのだろう。
だが、とかなんとか言いながら、結局、大事なものが危機に瀕しているなら、何がなんでも飛び出していくはずだ。その姿が想像に難くないのは、ダニエル自身もそういうタチであることを捨てられた試しがないから。そういうところは存外似ていると気がついたのは、いつ頃だったか。
ただ、それでも。最初から諦めることはしてほしくないと思った。彼が望んでいることを叶えてやりたいと思っている存在がいることは、伝わってほしかった。
「ケーキの用意をしなくちゃな」
ダニエルがそう言うと、スティーブンは視線を上げ、面白そうに笑う。
「ウチのやつらと考えることが同じだ」
「いいだろ。やるからには定番はやらないとな。ロウソクもつけてやる」
今となっては買うこともなくなった、大きなホールケーキのことを想像したら、楽しくなってしまった。カラフルなデコレーションのケーキは、ヘルサレムズロットに変わった今でも健在だ。
エックスデーまで、のこり僅か。
ダニエルは、それまでに片付けたい書類と案件を脳内で整理しながら、何色のケーキを突きつけてやろうかと空想した。
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