寝る前のお茶をいれる習慣のある椒丘だったが、目が見えなくなってからは「片付けが面倒なので」で夕食の間についでに茶を淹れるようになっていた。
食に拘りのある男は当然、茶にも拘りがあることをモゼはよく知っている。
俺がやるから気にするな、と伝えた当初はあまり乗り気ではなく、美味しくないお茶はあまり好きじゃないんですよね、とはっきり失礼なことまで言われたが、この男の素直になれなさにも、妙な拘りにももう慣れっこだった。
渋々茶器と手順を教えてくれる椒丘の話を真剣に聞き、温度まで正確に覚えて再現をしてみせるが、しばらくは椒丘が望んだ味にはならなかった。モゼ自身も味がなんとなく違うな、とは思ったが、その理由がわからない。秒数と温度が多少違うだけこんなに味が変わるのか? と尋ねれば、まぁそうですね、と椒丘が笑う。
君だって頸動脈から数ミリずれれば即死させられないでしょう、と医者らしからぬブラックジョークを口にされ、思わず閉口する。
そんな夜を半年以上過ごして、ようやく、「君にしてはうまくなりました」と椒丘が一言漏らした。
「明日からは適当に茶葉を選んで構いませんよ」
この半年間、今夜はこの茶葉を使ってください、お湯は何度で、まず先にこちらの茶器を温めて……、とくどくど指導してきた男からは信じられない、突然の放任だった。
「まずかったら文句を言うのか?」
「おやおや。まさかまずく淹れるつもりですか?」
目の見えない年寄りにむごいことをしますね、と扇で顔を隠して泣くふりをする男から扇を取り上げ、「そんなことはしない」と拗ねた声でモゼが呟けば、
「……冗談に決まってるじゃないですか」
と、言いながら、椒丘はモゼの頬を撫でる。
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