何度も死んで戻ってきた後のモーディスは普段よりさらに口数が少なく、動作もやや緩慢だ。話しかけても返事は曖昧で、傍目には真剣に考え事をしているか、あるいは機嫌が悪く、口をきく気にならないように見えるのだが、こういう時のモーディスは別に何かを考えている訳ではないことをファイノンは知っている。
なので、余程のことがなければ、本当に返事の必要なことは尋ねない。何しろ三回に一度相槌が返ってくればいい方だったし、その答えを本人は忘れてしまっていたりする。
「そういえばこの間、君を『オンパロスで最も美しい顔』の一人として推薦するって話がディアディクティオに載ってたけど知ってるかい?」
雲石市場の屋根の上で聖都を見下ろしているモーディスの隣に座り、ファイノンは同じように市民の顔を眺めていた。
今朝、早くにモーディスの下を訪れたが、もう出かけた後だと侍者に言われ、方々探し回ってようやくいつもの場所で彼を見つけたのだ。朝一で見上げた時には姿がなかったので、オクヘイマ中を散歩かなにかした後にここにきたのだろう。
「市民投票結果を見たけど、あれは結構上位に入りそうだったな。まあ確かに君は黙っていれば美人だし、君の凶暴性は今はこの世の外敵にしか向かわないから、余計にそう見えるのかもしれない。で、実際どうなんだ? 実は美人だって言われるのが嫌だったりするのかい?」
モーディスは無言で眼下を眺めたまま、瞬きをひとつしただけで、ファイノンの言葉には反応しない。彼は彫像じみた美しい貌をミハニの下で晒し、穏やかな風に稲穂と炎のような髪を揺らしている。
体に走る赤い紋が戦ってもいないのに時々、ちかちかとまたたくのは、モーディスが死に戻った後、何も考えていない時によくある現象だった。防衛反応か恢復機能か何かだろうか、とファイノンは考えているが、モーディスに尋ねても「知らん」の一言で終わりだった。
自分の体のことだろ、と言えば、「お前は自分の体のことならなんでもわかるのか?」と尋ね返されて、「『なんでも』と言われると困るな」と素直に答えるしかなかった。
「どうしてこんな話を君にしたのかって言うとさ、どうも、黄金裔の僕から推薦のお墨付きが欲しいらしいんだ。僕よりアグライアの方が適任じゃないか? って言ったんだけど、浪漫の半神としての感覚じゃなくて、一般庶民の感覚で判断して欲しいらしくてね。僕としては君に異論がなければ推薦するつもりだけど、目立ってしまって嫌かな。——まあ、君が聖都で注目の的なのはいつものことだし、そんなに今と変わらないか」
ファイノンの問いかけに、モーディスはやはり答えない。いつの間にかまぶたを下ろしているモーディスの表情は、なにか、神妙に考え込んでいるようだった。けれども、このタイミングで事実、何か重大なことを考えている場面は少ない。実際は部屋に帰って昼寝をするか、あるいは何か甘いものでも食べに行こうかと考えていることが多い。
何故そんなことを知っているのかと言えば、ファイノンは散々この状態のモーディスに話しかけて、この男からぼんやりした言葉を引き出して来たからだった。この状態のモーディスに挑発は効かないが、誠実に話しかけ続けさえすればいつかは答えが返ってくる、確率が上がる。
「それじゃあ、推薦で返信しておくよ」
目を閉じたままのモーディスの顔をじっと見上げ、黙ってれば「普通に」美人なんだよなあ、とファイノンは考えていたことをぽろっと口に出してしまう。眉を下げて、不満そうに。
オクヘイマ人とクレムノス人のわだかまりを解くためにできることならなんでも協力しよう、とファイノンは常々思っている。それはクレムノス人が実際はいい人間だからだ、……なんて話ではなく、モーディスはかつての何千年にもわたる確執を忘れ、クレムノス人は平和の道を歩むべきだと考えているらしいからだった。エスカトンのこの世では、人々は思いや志をひとつにし、手を取り合うべきだ、と元老院と面倒が起こるたびにファイノンは感じている。
だから、誰にでもわかってしまうモーディスの魅力をわざわざ肯定して表明するのは正直なところあまりやりたいものではないが、「まあでも、確かに顔がいいのは事実だよな」なんて、あまりにも俗すぎる理由でもいいから彼に、ひいてはクレムノス人に好意を持って欲しいと思っている。
まあ、彼の見た通りの美貌が彼の魅力の全てではないのだから、わかりやすい部分を肯定してやるのは、いいか。そう自分に言い聞かせながら、連絡を取ってきたライターに返信をする。
「よし! 投票結果次第ではあるけど、トップ10入りするとそのうち君には何か認定証が届くらしいよ」
モーディスは瞼を開け、ゆっくりと二度瞬いた。もしかして聞こえてる? とファイノンはしばらく見上げたまま黙っていたが、結局言葉が返ってくることはなかった。
「そろそろ昼食にしないか? 今日もオクヘイマは平和そうだけど、戦闘が発生するかもしれないんだから、いい加減何か胃に入れた方がいい」
「……そうだな」
ファイノンが膝を上げるのと同時に、モーディスは腕を解き、ゆったりとした動きで屋根の上に張り巡らされている布の道に足を向ける。
服の裾が風に翻る様子を見ながら、ファイノンはその背に向かって、「好きだよ」と呟いてみる。
まだモーディスの頭ははっきり覚醒したわけではないだろう。言葉と意味がもしモーディスの頭の中で繋がるとしても、しばらく時間がかかるだろうな、と思っていたファイノンの胸が、モーディスの背中にぶつかる。
「おっと」
ぴたっ、と足を止めたモーディスはファイノンを振り返り、殺気だった目でファイノンを睨む。
君の怒ってる顔って綺麗で興奮するんだよなあ、と思いながら、ファイノンはへらりと表情を崩し、「どうかしたかい?」と視線でこちらを射殺さんとしているかのようなモーディスをやわらかく受け止める。
「…………………」
モーディスは片眉を跳ね上げると、肩をいからせたまま不安定な足場から通路へと足を進める。ファイノンもその背を追い、「昼をどこで食べるか希望はある?」と何事もなかったかのように尋ねた。
「おい」
へらへらと頬を緩ませているファイノンに対峙し、モーディスは腕を組み、瞳を眇める。
不思議そうな顔で首を傾げているファイノンの青い瞳をじっと見つめながら、「聞こえていない前提でそんなことを言うな」と、唸るように低く呟く。
昼食を食べた方がいい、とファイノンに言われた時には、もう、意識がはっきりとしていた。
「嫌いな冗談だって?」
のらりくらりかわそうと軽薄な態度を崩さない男を睨み返し、モーディスは小さくため息を吐く。
「冗談にして欲しいのか?」
目を見開いた男が「いや、その……」と口籠るのを見ながら、モーディスは「言い訳をしたいのであれば、今夜部屋に来い。聞いてやる」と隠れ道へ向かって歩を進めた。
ファイノンに好きだと言われる以前の会話はよく思い出せなかったが、どうせ意味のない不安を抱えているのだろうと言うことは分かりきっていた。
*
「だからその、君の魅力が正しく皆に伝わるのは嬉しいんだけど、それはそれとして誰にも気づいて欲しくない気持ちもあって……」
つらつらと情けない顔でかれこれ十分は話し続けている男を呆れて見つめ返しながら、馬鹿馬鹿しい、とモーディスはため息をついた。
どうせ己が死にすぎたせいで不安定なのだろうから、話を聞いてやるか、と口を挟まず真剣に聞いてやっていたが、そうするべきではなかったな、と後悔していた。
きっと、もっと真剣に怒った方がいいのだろう。お前のその嫉妬深さと猜疑心と不安を俺にぶつけるな、お前には俺が薄情でふしだらな人間に見えるのか? そんな風に。
しかしまあ、死に戻りが多すぎれば意識と記憶がややぼんやりするのも事実で、いつかは「生前」の記憶もどこかが欠けてしまうのではないか、と不安がられてもある意味仕方がないのかもしれない。
「お前にしかこんなことは許さない」
どれほど言葉巧みな吟遊詩人であっても、肩を並べる戦士でなければ、睦言の類は聞いてやらないと決めている。
それをファイノンに言ったことはないのだが。
ゆったりとした寝巻きを肩から下ろしながら、ファイノンの頬へ手のひらを添える。
白い肌が紅潮し、喉が小さく鳴るのを見て、唇の端を持ち上げた。
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