前回→
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ファイノンの騎士任命は社交界と市民の間でそれなりに波紋を呼ぶ結果となった。
しかしこれは誰にも予想されたことで、王家は余計な批判を封殺するために、任命式の後に御前試合を執り行った。ファイノンは白地に金糸と真紅の布で仕立てられた騎士服を身に纏い、マントには百合と獅子を組み合わせた王子の紋章が刺繍されていた。
試合には騎士になりたてのものの多くが参加したが、ケラウトルスが「試合になりますまい」とつまらなそうに王子に溢した通り、結果はファイノンの圧勝だった。
試合前には今まで浮いた話の一つもなかった王子殿下に対し、やはり人の子だったのか、若気の至りで愛人に現を抜かしているのだろう、等と好き勝手流言が飛び交っていたが、以降は表立って言及されることも無くなった。
とは言っても、奴隷から騎士へ召し上げられたファイノンには、以前よりさらに好奇の目が向けられた。何しろ王子の騎士であるばかりか愛人であるのも事実で、王子は未だに専任奴隷の二人目も迎えていない。手足を一人しか持たない王族は稀で、果たしてどんな手練手管でもって、あの真面目を絵に描いたような王子を籠絡し、寵愛を手にしたのかと人々は好奇心を抑えられなかった。
ファイノンは王子の不在を狙われてさまざまな人々にさまざまな下世話な話を振られたが、のらりくらりと言葉をかわし、人の良さそうな笑みを浮かべて決して怒らず、あの犬は頭が愚鈍なあまり質問が理解できなかったのかもしれない、と陰口を叩かれるほど朗らかなままだった。
どうせ知能が顔と体に行ったのだろうと堂々と言って憚らないものもいたが、大概はファイノンに手合わせなり御前試合なりで面目を潰された男の醜い嫉妬だった。
王子の初陣でファイノンが破竹の勢いを見せたと知れ渡るや、たとえ王子が顔か体かで奴隷に籠絡されていたとしても、最早それすら王子の
瑕瑾たりえぬと人々は言わざるを得なかった。王子と騎士の武功は誰の目にも明らかで、疑いようもない。
『俺の命令を聞けぬ騎士も、俺の敵を屠れぬ騎士も俺には不要だ』
王子と戦場を共にしたことがあれば、たとえ末端の兵であろうと、王子殿下が騎士にそう口にするのを一度は聞いたことがあるだろう。
此度の遠征は王は王子殿下を戦死させようとしているのでは? と疑われるほど劣勢の戦場だったが、多くの戦死者を出しつつも彼らは帰還した。
敵将を討った王子には王から褒章が与えられ、胸にはすでにいくつもの星が輝いている。王子の補佐を務めた優秀な戦士として戦功を認められたファイノンには、王に代わって彼の主人であるメデイモスから褒章が与えられた。
メデイモスは灼熱の視線で自らの騎士を見つめ、より一層クレムノスに身を尽くせと言い聞かせるように口にした。
クレムノス人にはない白い肌に輝く白髪と青い瞳を持ったファイノンは神妙そうに頷き、我が君の仰せのままに、とまるで謳うように続ける。
その顔は誇らしさに満ちていると言うよりは、妙に幸福そうで、王子とその騎士の円満な様子は社交界、特に御婦人方の好奇心を掻き立てた。歳を重ねるたびに麗しさを増す王子殿下とその騎士の房事を人々は勝手に想像し、明らかに二人を題材としているであろう小説が出回っていたが、王子は出版の差し止め要請はしなかった。何故ならば人々は大きな勘違いをしていることを知らず、内容はどれも正しくないのだから、気にする必要もあるまい、と。
そもそもは王子が奴隷を騎士に召し上げたわけではなく、ファイノンから望んで騎士にしてもらったこと。それから、愛人関係も王子から望んだわけではなく、ファイノンが褒美の代わりとしてねだった結果だと言うこと。更に言うのであれば、閨で優位を保っているのは基本的にはファイノンの方だった。初夜こそリードを奪われていたが、三年も経った今となっては、始まってしまえばいつだってファイノンの方が好き勝手していた。
王子はどんな風にお前を抱くのかと下衆の勘繰りを受けるたびに、ファイノンは笑って「想像の通りじゃないかな」と答えた。人々の想像はなにひとつとして正しくなく、彼らの想像が真実に辿り着くこともないだろう。
「真実」の記録として市井で出回っている二人の物語は、王城に出入りしていた元
カヴァネスが執筆したことになっているが、そのような人物はいない。王子が王城で暮らしていないことは広く国中に知れ渡っているが、最早そんなことはどうでもいいのだろう。
今ではファイノンは堂々と邸内で王子殿下に付き従い、狩猟や城下での買い物の共をし、戦場でも先陣を切って嵐の如く敵軍をねじ伏せ、優秀な戦士の名を欲しいままにしている。
けれどもその騎士の首には、奴隷の証の首輪が嵌められたままだった。
人々は彼を見るたびに、余程王子はこの男を手放したくないのだろうと考えていた。この男が誰のものなのか、国中に知らしめてやらねば気が済まないのだろう、と。
*
「
……俺にも何かつけろと?」
「僕だって首輪をつけてるじゃないか」
そう言って指を首輪の隙間に捩じ込んだファイノンが、だろ? と首を傾げる。
「君にも何かそう言う、わかりやすいものをつけてほしい。勿論無理にとは言わないけれど」
「
………………」
果たしてこのおねだりを聞いてやるべきなのか、それともばかも休み休み言えと一喝するべきなのか、すぐには答えが出なかった。
腕を組んでいたメデイモスが片手を口許に運び、真剣に考え始めたのを横目に見ながら、ファイノンはそっと主人の左耳に触れる。
話題の発端は、「お前はまともな装飾品のひとつも持っていないだろう。次の社交界までに一通り買ってやる、どんなものが好みだ?」と数日前に尋ねられたことだった。どんなものと言われても、当然ファイノンにはわからない。
とは言え提案自体は嬉しく、「君が似合うと思うものならなんだっていいよ」と答えたのだが、主人はこの答えがどうやら気に入らなかったらしい。カタログを取り寄せておくからそこから選べ、と言われて数日が経ち、国中の工房の一覧をまとめたカタログが大量に届いていた。
そう言うわけで、ベッドに運んできた大量のカタログをめくっていたのだが、ファイノンにはどれも華美すぎるように思えてピンとこない。
結局、「君がつけさせたいのはどれ?」とじっと目を見て尋ねれば、諦めたように指輪だのネックレスだのピアスだのを決めてくれる。
君とお揃いのものが欲しいんだけど、と言えば、メデイモスはしばし考えた末に、「ラペルピンでも作らせるか」と真顔で口にした。
それもいいんだけどちょっと違うんだよな、と考えつつカタログを眺めて、「これって君に似合いそうだな。そういえば、いつもつけているピアスは変えたりはしないのかい?」と、ファイノンはさもなんの下心もないようなフリをして尋ねた。
考え事をしているメデイモスの耳に触れても彼が怒らなかったのは、今が閨の延長だからだった。休憩させろ、と顔をはたかれたので、ちょうどいいから見ようかな、とカタログを広げていた。
湯浴みの前にピアスを外した耳にはピアスホールがあり、そこには普段、ピジョンブラッドの輝きを持つ赤い宝石のピアスが輝いている。赤が好きなのかと聞けば、メデイモスはなんでもないような顔で「母上の形見のひとつだ」と口にした。
しまった、とファイノンは思わず口を閉ざしたが、「失言でもない。気にするな」と逆に気遣われてしまう。
本当に? と問いを重ねると、「しつこいぞ」とジト目で睨まれてしまったので、それなら、とファイノンはカタログのとあるページにある青い宝石のピアスを指差し、「君につけて欲しいな」とねだった。
「
……………………」
真剣な顔をして悩んでいるメデイモスの耳から手を離し、長い横髪を耳にかけると、ファイノンは耳朶に口付けた。ぴくりと肩が跳ねて、「おい」と手のひらで顔を押し返されてしまう。
けれどもファイノンは腰に回していた片腕を自分の方へぐっと引き寄せ、「もう十分休んだんじゃないか?」とメデイモスの手を掴む。
「
………………」
嫌そうな顔を見せているメデイモスの目許の目許は赤くなっていて、その表情はポーズだということがファイノンにはわかった。大して抵抗の力も入っていない手を握ったまま、耳から輪郭を辿り、顎の先までキスをすると、抱き寄せている方の手で腰をそっと撫でる。
「っ
…………、」
普段のメデイモスは、肋にヒビが入ろうが苦鳴すら上げずに帰還する胆力の持ち主だったが、こう見えて、意外なほど敏感な体だった。触れたところからじわじわと体温が上がっていくのを裸の皮膚から感じ、ファイノンはそっと瞳を細めた。抱き寄せたまま頬に口付けを繰り返し、掴んでいた手を離した。メデイモスの顎に手を添えると、唇を何度も優しく触れ合わせた。
だんだんと、弛緩する体が自分に寄りかかってくる。頬と後頭部を両手でそっと包むように引き寄せ、メデイモスの開かれた唇からそっと舌を差し入れた。
はじめのころはキスをするたびにメデイモスに翻弄されてばかりいたな、と思いながらわざと逃げていった舌を追いかけ、絡ませる。口の中のぬるついたやわらかい軟膜を舌先で撫で、歯列をなぞり、また舌を追いかける。熱い呼気が顎に触れるのを感じると、唇を塞ぎ、そっと体を押し倒して行く。
寝台に背中をつけさせたメデイモスに、角度を変えながら何度もキスをしながら、長い前髪をそっとサイドに分けてやる。
「ん
……、っ」
びくびくと震えながら首を横に振るメデイモスの顔を手で押さえつけ、胸に体重を乗せて逃げられないようにする。唇を塞ぎ、唾液を流し込むように舌を絡ませていると、こく、と、小さく喉が動く音がする。それに興奮した。
「は、
…………っ、は
……」
ほんの僅かに唇を離し、はぁはぁと息を吐くメデイモスを見下ろした。お前な、と言いたそうに涙目で睨みつけてくる表情の淫靡さにさらに欲情した。下半身に急速に血が集まってくる感覚にファイノンの喉が鳴り、文句を言われる前にまた唇を塞ぐ。
わざと音が立つように何度も浅く口付けて、芯を持ち始めたそれをメデイモスの腹に擦り付ける。ふーっ、と鼻から息を吐きながら、彼の熱さを思い出していた。ぐっしょりと濡れた熱いそこに、早く戻らせて欲しい。そう思いながら、なるべく丁寧に
――と言うのはしつこく、と言う意味だけれど
――キスを続ける。
メデイモスの両手が首に回り、ぐっと引き寄せられる。ぢゅう、とファイノンの舌が強く吸われ、ちゅぽっ、と音を立てて離される。そのまま舌の先端をちゅぷ、ちゅぽ、と何度も甘噛みするように吸われて、ファイノン、と甘ったるく濡れた、低い声で名前を呼ばれる。
誘われるように唇を塞ぎ、味蕾を擦り付けるように舌を合わせた。心拍数がはねて、体温が上がる感覚。汗とバスソープの混ざった香りに、どく、と下半身が脈打つのを感じる。ちゅくちゅくと音をたてながらキスをして、一度顔を離す。
舐めて。指を唇に触れさせると、開かれた口の中に指を二本入れる。舌を撫でるように指を押し付けると、じゅぷ、とわざといやらしい音を立てながら舐めてくれる姿に興奮した。そっと、指を口の中から引き、片手を下に下ろして行く。
あの頃に比べてキスが上手くなったと思わないか? と尋ねれば、いつだって馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに呆れた顔を見せるメデイモスだったが、どう考えたってキスが好きだろう、と思っていた。今夜は疲れているから挿入するな、と言われた夜だって、唇が腫れると言いながら、キスだけなら一時間は付き合ってくれるのだから。
「っは、ン
…………」
膝を立たせ、濡れた指を縁に添える。潤滑油が溢れて濡れたそこにゆっくりと埋めながら、もう一度、呼吸ごと奪うように唇を塞ぐ。
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