ながひさありか
2025-04-01 22:50:42
3061文字
Public STR-Phaidei
 

ファイモス:特売日は三日後だって言ったのに

黄金食堂のネタを使ったりない設定を生やしたりしています。

 クレムノス……ってあの超有名な資産家の家ですよねえ。
 面接書類を持ってきたヒアンシーに「名前は聞いたことある気がする」と口にすると、「料理長なんですからもう少しニュースとか見た方がいいですよ……」と呆れと心配の混ざった顔を向けられてしまう。
 人手が足りないからニュース見てる暇もないよ、とようやく磨き終わった全ての鍋を仕舞うと、どれどれ、と書類を覗き込んだ。リストランテ・オクヘイマは調理もホールスタッフも足りていない現状だったが、中途半端な人材は入れられないとパトロンのアグライアが言っていた。まあせっかく取った星を失うことになったら元も子もないのは事実だ。
「ああ、誰かと思えばモーディスのことか」
「あれ、お知り合いですか?」
 見覚えのある写真に、そう言えばクレムノスって家名だったっけな、と思いならびっしりと書かれた履歴を眺め、「昔いろんな学生調理コンテストで優勝をかけて争ったことがあるんだ」と答えた。学生時代に何度か彼とは邂逅していて、今のところ勝敗は五分五分だった。彼と僕が出ると他の選手の士気が下がるとかなんとかで、一時期は出禁になるコンテストがいくつかあったなぁ、と懐かしく思った。
「料理の腕は確かだから、雇ってもいいんじゃないか?」
 確か大学入学を機に料理人の道は諦めたと風の噂で聞いていたけどな、と大学になってからぱったりコンテストで顔を合わせなくなったことを思い出していると、「採用は採用なんですけど」とヒアンシーが書類を受け取る。
「住み込み希望らしくて、アグライア様に今その辺りを確認してもらっています」
「住み込み?」
「ご実家から勘当されたんじゃないか、なんてアグライア様は仰ってるんですけど……
「え、じゃあ今彼はどこに?」
「えーと」ヒアンシーは持っていた手帳をパラパラと捲る。「ホテル暮らしみたいですね」
「そのホテルってどこか知ってる?」
 知ってますけど、と答えたヒアンシーは、何故か不審者を見るような目をしていた。親切心で聞いてるのになんでだ? と思いつつ、「いやほら、僕もアグライアから部屋を借りてるだろ」と慌てて言う。
 大学院卒業後、僕は一度実家のあるエリュシオンで料理人をやっていたのだが、村での稼ぎに限界を感じ、求人広告を見てオクヘイマに出てきていた。田舎から出てきた僕の貯金は都会の物価高で暮らして行くには不十分で、雇い主、と言うより謎のパトロンと言った方が正しいアグライアの管理するマンションの一室を格安で(レストランで働くことを条件にした安さだ)借りさせてもらっている。
「二部屋あるけど、一室使ってないからさ。もしアグライアとモーディスが構わないなら一部屋彼に渡してもいいかなと思って」

   *

 と、言うわけで、モーディスと同居することになったわけだが。
「これが家の鍵。持ってれば自動で開くけど、反対にオートロックだし見ての通り薄いから、忘れて出ないように気をつけて」
 財布に入れるよりスマートフォンとかに入れた方がいいかな、と二枚あるカードキーのうちの一枚をモーディスに渡す。
 実家もこのタイプだったから問題ない、とスマートフォンのカバーにカードキーを差し込むモーディスと視線が合いそうになり、慌ててそっと逸らした。モーディスが怪訝そうに首を傾げ、「なんだ?」と口にするが、いや別に、と笑って誤魔化しておく。
 学生時代にコンテスト会場で会った時はお互い調理服姿だから気づかなかったが、パーカー姿の僕と違って、モーディスはいかにも育ちの良さを感じさせる仕立ての良さそうなかっちりとしたジャケットを着ていた。金持ちって本当だったんだ、と頭の悪い感想が脳裏に浮かぶ。
 アグライアが「調理スタッフが足りていればホールスタッフもして欲しかったのですが」と残念そうに言っているのを聞いた時には、調理とホールじゃ仕事が違いすぎると思うけどな、と不思議に思っていたが、……と意を決してモーディスの顔を見る。
「君って軽く化粧とかしてる?」
「していないが、よく言われる」
「あ、言われるんだ……
 ただ単に僕の好みとか贔屓目かも、と思いつつモーディスの矢鱈に美しい顔立ちをどぎまぎしながら見つめてしまったが、モーディスは本当に言われ慣れているのか不快感も一切見せずに、僕の言葉を右から左へと受け流してしまう。
 気味悪がられなくてよかった、と思いつつ、全然気にしないので、逆に君ってすごく睫毛が長いんだな……とか頭の中でしょうもないことを考えてしまう羽目になっていた。
 数年会わなかっただけでここまで印象が変わるなんて予想外だったし、なんの下心もなく提案した同居だったのに、勝手に気まずい気分を味わっている。勿論、モーディスにはなんの非もないことなんだけど……
「金が貯まれば出て行くが、しばらくは世話になる」
 同居を提案した僕に、アグライアは「家賃は一、五人分いただきます」とだけ口にした。ケチなのかそうでないのかはよくわからないが、まあ妥当な金額だろう。二人で割れば今よりは安くなるのだし。
 反対にモーディスは少し考える顔をしてから、「三ヶ月か半年か、なるべく早めに出て行くようにはする」と宣言した。
 一人暮らしを邪魔して悪いな、と申し訳なさそうに言うモーディスに「いやどうせ家には寝に帰ってるだけみたいなものだから」と言ったのは本当のことだった。仕事はもちろん楽しいしやりがいも感じていたけれど、人手不足が深刻で、今は朝から晩まで仕事をしている。正直調理担当が一人増えるだけでもものすごくありがたい。
「まあ、人手不足が解消されるまでは店にも近いし、ずっとここに住んでてもいいと思うけど、」
 ハイネックの首筋を妙に色っぽく感じて言葉を詰まらせてしまった僕に、モーディスは相変わらず何も気にしていない顔で「まあ、探す気力がない可能性もあるな」とほんの一瞬憂い顔を見せて口にする。もしかすると、勘当された(らしい)実家のことを考えたのかもしれない。
「そう言えば、父親はいい顔をしていないとか昔言ってたっけ。あれって今もだったんだね」
 十年近く前のことだけれど、初めてモーディスに負けたコンテストで「君の両親も料理人だったりする?」と尋ねた僕に、多分、その場限りの出会いだろうと思ったモーディスが「優勝したところでいい顔はしないだろう」と愚痴のように溢していた。
「食うには安定しない職だとかどうとか昔からうるさかったからな。若い頃に自分が金で苦労したからだろう、父上の気持ちも汲んでやれと周りにも散々言われて一度は諦めようかと思ったが、やはり家業には興味が持てなかった」
 ふぅん、とあんまりモーディスの実家の職業には僕も興味が持てず適当な相槌を打ち、「まあとりあえず、生活に慣れるまではなんでも聞いてよ。近所のスーパーの特売日とかね」と言っておく。
「水光熱費は折半でいいと思ってるけど、食費はどうする? どっちかが二人分作った時くらいでいいかもだけど」
 と、提案したのを早々に後悔する羽目になるのを、この時の僕はまだ知らなかったのだが。何しろモーディスには見切り品とか、特売日とか、そもそも「安くても美味しいものはある」の概念がなかったので。
 国産じゃなくても別に調理次第で味なんかどうにでもなるだろ、君はそれでも料理人か!? いい食材を使って何が悪い!? と僕たちが大喧嘩をすることになるのは、来月の話だ。


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