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◾️少年期
ファイノンが連れてこられた部屋には男女が合わせて十人程おり、年齢は十代後半から老人までと幅広い。全員がファイノンと同様に奴隷の証のチョーカーをつけられていたが、身なりも綺麗で、メデイモスの姿を見るやいなや、全員がすっと跪く。ファイノンは思わず部屋の中を見まわした。先ほどの主人の部屋と比べれば家具や照明は質素だったが、今日ここに連れてこられるまで馬小屋のような場所で縛り付けられていたことを考えると、まるで天国のようだ、と思った。
「今日から新入りが増える。こいつは俺の奴隷だ、余計な手を出せばどうなるかはわかるな。クレオス、こいつの名はファイノンだ。こいつにこの部屋の使い方とルールを教えてやってくれ」
メデイモスは一番近くで頭を下げていた男に声を掛け、ファイノンに「クレオスは王族奴隷の中では一番歳が近いだろう、まずはこいつに教えてもらえ」と続けた。
クレオスと呼ばれた男は確かに部屋の中では一番歳の若い男のようだったが、九つのファイノンから見ればすでに大人の人間だった。同い年の主の言う「近い」とは一体、と思ったが、「子どもの奴隷はすぐには役に立たない」と自分を買おうとしていた主人が散々言われていたことを思い出し、そもそも自分が彼に買われたのがやはり異例だったのかもしれない、と考えた。
ファイノンが大人しく頷くと、メデイモスはクレオスに再び顔を向ける。
「就寝と起床、食事の時間は基本的にお前たちと同じになる。変更がある場合は通達が行くだろう」
メデイモスの護衛をしていた兵士数人は跪いていた奴隷たちを立たせると、部屋の奥に置かれていたベッドの隙間を詰めるよう命令した。どうにか間スペースには下男たちが運んできた安物のベッドが追加され、そこがファイノンの新しい寝床になった。安物とはいえ、かび臭くも濡れてもいない寝床で、村を焼かれてから今日までの暮らしを考えれば随分と上等で、寝心地が良さそうだった。
「お前がメデイモス様の第一奴隷か?」
先ほどクレオスと主人に呼ばれていた男に声をかけられ、ファイノンは「第一?」と首を傾げた。跪いていたせいか気づかなかったが、精悍な顔立ちに波打つ黒髪の綺麗な男だった。
クレオスは首を傾げたファイノンに、「王族は成人までに三人の特別な奴隷を選ぶ機会がある。仮成人の九歳、次が騎士を任命する十三から十六の頃、それから十八の成人の時だ。最も二人目と三人目は片方しか選ばれないこともある。メデイモス様は今年仮成人を迎えられて、お前を買ったんだろう。だからお前は第一奴隷だ」と続ける。
「あなたはええと、誰の奴隷なんですか」
「俺は王弟のエウリュポン様に仕えているが、
序列はない。彼らが亡くなって追加されたからな」
難しい話だ、と眉を寄せたファイノンに、「まあ追い追いわかるだろう」とクレオスが笑う。
クレオスは就寝時間と起床時間、食事の時間について説明し、それ以外の時間は主人から要請がなければ基本は城に仕える下男下女たちと同様に城の清掃等を行うのが仕事だ、とファイノンに言った。
「ただ、お前はしばらく作法と勉学を叩き込まれることになるだろうな。もし戦士として見込みがあれば訓練も追加されるだろう。俺たちは主人の式典の共をすることも多いから、貴族相手に粗相がないようにしなければならないし、腕が立つのであれば余興を任されることもある」
お前はまだ幼いから、きっとなにか芽が出るだろう、と若干の哀れみを含んだ目を向けられ、なるほど、どれも適性がなければ処分されるわけか、とファイノンは感じた。
「まあただ、お前は顔がいいから、もし何も芽が出なくとも、そのまま育てば将来的にはメデイモス様の愛人に抜擢されるかもしれないな」
「
……え?」
ファイノンは突然じろじろと顔を含めた全身を値踏みするような視線を受け、言い表しようのない嫌悪感を覚えた。奴隷商が飼い主を探す間、ずっとそんな目を向けてきていたからだろう。
「お前の故郷には戦士がいなかったのか? どこの都市でもクレムノスほどではないだろうが、強い戦士は男の愛人を持つのが普通だぞ。女は乱暴に扱うと壊れるから、戦士の熱を発散するのなら男の方が都合がいいと言うわけだ。クレムノスでは特に戦功が重んじられることもあり、一人前の戦士として認められるには愛人を持たねばならない」
クレオスはファイノンの困惑の表情には気付かず、淡々とこの戦争国家クレムノスの常識について語った。
もちろんファイノンも、戦士は男の愛人を持つものだという話は知っている。都市へ出稼ぎに行っていた戦士が村へ戻って来た際に、置いて来た愛人が恋しいから、すぐにでも帰りたいと酒を飲みながら冗談混じりに言っていたし、戦士を目指すのであれば愛人を複数得られるくらい強くならないとな、という話を大人たちがしているのを羊の世話をしながら聞いていたからだ。
その戦士の男の妻子は村に住んでいて、久々に帰還した夫に対して妻が冷たいと喧嘩した後の流れだったので、なんだかよくわからないが、大人になれば男は妻と愛人の二人を持つものなのか、と漠然と思っていた。
だからなんとなく、自分もいつかは「持つ側」になるのだろうと思っていた。選ばれる側ではなく。
「メデイモス様は仮成人にして、一目置かれる類い稀なる戦の才をお持ちだから、あのお方の愛人になりたい男は多いだろう」
はぁ、とファイノンは妙に熱く語るクレオスに生返事をした。羨望の感覚が分からなかったからだ。
しかし近くにいる奴隷たちも同様に頷いており、「私も男だったらね」と寝床を整えるのを手伝ってくれている中年の女奴隷
——ナビスが笑う。
「王族の相手に選ばれるのは誉だぞ。少なくとも俺たち奴隷は貴人と同じ扱いをされるようになるから、愛人に抜擢されるのは市民権を得るより余程出世だ。
……まあ、それも若くて美しい間に限られるがな」
クレオスは先ほど笑って反応したナビスに肩をすくめながら「俺ももう歳食っちまったから」と口にする。ナビスが「そもそも子ども相手に言うことじゃないよ」と今更眉を顰め、会話は打ち切られた。
今日はとりあえず寝な、と部屋の照明が消され、奴隷たちは各々に割り当てられたベッドで横になった。
ファイノンは見慣れない天井を眺めながら、先ほどの会話を反芻していた。果たして、彼らの言う「若くて美しい」がどの範囲を指すのかがわからなかった。
愛人として選ばれた人間が愛人じゃなくなったらどうなるんだ? そんな疑問が頭に上ったが、誰に聞いても「その気がある」も思われそうで、それは本意ではなかった。
彼とあんなことを? と考えて、眉を顰める。経験はまだなかったが、何をするのかは買われる間に奴隷商に散々聞かされたし、見て知ってもいる。
そうなりたくないな、とぼんやり考えながら目を閉じた。
*
うまく眠れなかった、と思いながら仲間たちに叩き起こされたファイノンは、言われるままに着替えたのち、彼らとは食事に向かった。下男下女のための食堂に到着すると、「君は隣の部屋だよ」と別室へ誘導された。
なんだろう、と思いながら示された部屋に入ると、きちんとした身なりの男と数人の兵士が待機していた。
何をされるのかと身構えれば、食事をしなさい、と淡々と告げられた。恐る恐る、言われるまま手をつけ始めれば、「食事のマナーがなって無さすぎる」と散々講師に怒鳴られ、フォークの持ち方やグラスの傾け方までひとつひとつに指導が入った。食事のマナーなんて食べる前のお祈りぐらいしか知らなかったファイノンは面食らったが、腹は空いているし、抵抗して食事を抜かれてはたまらない。言われるままに振る舞い、食べた気がしないままなんとか食事を終えると、ようやく部屋へ戻ることを許された。
既に掃除を始めていたクレオスは「大変だったな」と笑い一階の執事に仕事を聞いてこい、と言った。
執事に言われるままファイノンが厨房で皿を洗っていると、昼食の準備が始まる頃にメデイモスが戸を叩いて現れた。昨日と同じようにきちんとした身なりをしているメデイモスはファイノンの姿を認めると、「明日からお前に剣の稽古をつける」と笑った。
「俺の師匠直々に指導するそうだから、楽しみにしていろよ」
そう言われてもなんだかピンとこないな、と考えて黙っていると、「返事をしろ」と料理長が頭をはたく。
渋々「わかりました」と答えるファイノンに苦笑しながら、メデイモスは赤地に金の刺繍の入った上着を脱ぎ、ドレスシャツの袖を捲った。
傍の下女が上着を受け取りながら、赤いリボンでメデイモスの少し長い髪をひとつにまとめる。長い髪がまとめられると、髪に隠れていた丸い輪郭が現れ、少し幼い印象になった。
その姿に、ファイノンはやっぱり彼は自分と同じ子どもじゃないか、と感じた。上着を持って厨房を出て行く下女を見ながら、ファイノンはなんで彼は厨房に来たんだ? と今更の疑問を浮かべた。
「昼は何を作る予定だ?」
そう料理長に尋ねるメデイモスをじっと見ていると、「なんだ? 俺が料理をするのがそんなに意外か」と少しはにかんだような表情で幼い主人が笑った。
その笑顔に、ファイノンの鼓動が跳ねる。なんだ? と疑問に思いながら、「き、あなたが作るんですか?」と尋ね返した。
「メデイモス様は料理の筋もいい。戦士でなければ本当に弟子になって欲しかったですよ」
メデイモスが答える前に料理長が答え、あんたには聞いてないんだけどな、と思いつつ、ファイノンは「そうなんですか」と答えた。
「世辞はいい、俺とお前が比べられるはずもないだろう」メデイモスは手を洗いながら呆れたように答え、本気にするなよ、とファイノンに肩をすくめる。「まあ、趣味のようなものだが、料理長が指導してくれると言うから甘えている」
父上はいい顔をしないがな、と続けるメデイモスに、どうして? とファイノンは首を傾げる。
「料理は戦士のやることではないと言う考えだからな。そういえば料理長、こいつはどうだ? 筋はありそうか」
「まだ皿しか洗わせていませんが、よし、お前昼食を作るのを手伝え。故郷ではやってたか?」
「
……芋の皮剥きぐらいしかしたことがない」
それだけできれば十分だろう、と納得した二人にあれこれ言われるながら調理を手伝わされることになったが、一時間もしないうちに、「うん、お前は筋がないな。片付けと簡単な仕込みだけを任せることにしよう」と料理長が真面目な顔で口にした。
その評価に、ファイノンは思わず頬をかいた。別に厨房の仕事につきたくはなかったはずなのに、なんとなく悔しい気分だった。
一方ファイノンの主人であるメデイモスはといえば、確かに料理長の言うとおり、てきぱきと手際よく野菜を切り、肉に下味をつけ、魚を捌いている。趣味と言うにはまともに働いているとしか思えない姿に、正直面食らった。
ファイノンが仕事をもらいに執事のもとを訪れると、白髪の混ざった彼はファイノンをじろじろと眺めた後、懐から一枚の紙を取り出し、「暗記しろ」と手渡してきた。それにはメデイモスの主な一週間のスケジュールが時間単位で書かれていて、びっしりと予定が詰まっていた。将来の王ともなると大変だな、と完全に他人事として眺めたそこには、昼食の準備はもちろん書かれていなかったはずだった。
となると、彼は昼食の時間を削っているか、あるいはどこか余暇の時間を削って厨房にいるはずだ。疑問に思いながらじっと仕込みを続ける顔を見つめていると、「手が止まっているぞ」と叱られる。慌てて芋の皮剥きに戻りながら、そういえば、彼は殴って躾をするタイプじゃないんだな、とぼんやり考えた。
出来上がった昼食の配膳を手伝い、奴隷たちを呼んでくるようメデイモスに言われ、声をかけて戻ってくると、ファイノンは朝と同じようにマナー講師付きの別室で昼食をとった。料理が変われば当たり前のように知らない作法が増え、毎日同じ食事が出ればいいな、とまだ二食目にして考えてしまう。これから毎食こんな目に遭うのかと思うと、心底うんざりしていた。
故郷では堅苦しい食卓とは無縁だったし、奴隷商のところでは腐りかけの食事を与えられていた。味はもちろん悪かったが、どんな体勢で食べようが何も言われない方が気楽でよかったな、と感じてしまった。
朝と同じく食べ気がしない、とげんなりしながら昼食を終えて部屋に戻ると、食休みを挟んで、午後の清掃が始まる。
「この邸は洗濯がないだけ楽だよ」
大量のシーツや衣類をとりこむナビスの手伝いをしていると、彼女はファイノンに昔務めていたとある貴族の邸では一日中洗濯をしていて、冬になると手の皮膚が切れて大変だったという話を教えてくれる。
ナビスは洗濯物に風を送っていた機械を止めると、「流石に王族の邸はタイタンの加護がたくさんあって楽だね」と笑った。
邸にはファイノンがはじめて見る機械や家具、あるいは宝具と呼ばれるものが多くあった。それらは全てこの世界の
神の加護のかかったもので、例えば衣類を投げ込んで起動すれば勝手に洗ってくれるものもあるし、厨房で使われているかまどのように、ボタンひとつで簡単に火が付きもした。
故郷の村では風呂に入るには川や泉から水を汲んできて火を起こす必要があり、それは大変だからと水浴びが主流だったが、ここでは奴隷部屋にすら小さな風呂場がついていた。
村に帰ってきた大人が早く都市に戻りたいと溢す理由があの頃はよくわからなかったが、今ならその理由がわかるな、と思った。
朝昼と同じように味のしない夕食を終えた後、ファイノンは「食後のお茶をメデイモス様のところに持って行け」とクレオスに言われ、中年の下男と一緒に主人の部屋を訪れた。
湯浴みを済ませたのか、メデイモスはゆったりとした服を着ていて、普段は右側に結われている三つ編みが解かれていた。
下男が茶を入れ終えると、ソファの上で本を読んでいたメデイモスは、ファイノンだけを残して退室するよう下男に促した。
男が退出し、ファイノンが手持ち無沙汰に立っていると、「好きなところに座れ」とソファの横に置かれた小さな椅子を顎で示され、それに従う。
「俺しかいない場ではそう畏まらなくていい」
本を閉じ、茶の注がれたカップを持ち上げながらメデイモスが口にし、ファイノンに「飲みたければ飲め」と空のカップに視線を向ける。
ファイノンは今日の食事の指導を思い出し、ティーポットの持ち上げ方が悪いとか言われるんじゃないか? と考えていると、「教師はここにはいない」とメデイモスが笑い、ファイノンの手からポットを取り上げる。上品な赤色の深い紅茶がファイノンのカップに注がれ、林檎の甘い香りが鼻先をくすぐる。
「お前はそれほど悪くないと講師が言っていた」
「
……食べた気はしなかった」
カップから立ち昇る湯気を眺めながら不貞腐れたようにファイノンが呟くと、「慣れれば奴隷たちと気兼ねなく食事ができるようになる」と淡々と口にした。主人の声の柔らかさになんとなく落ち着かない気分になりながらカップに口をつけると、「一日過ごしてどうだった? 何か疑問はあるか」とメデイモスが言う。
ファイノンは頭に浮かんだいくつかの疑問のうち、どれから尋ねようか暫し悩んだ。メデイモスはファイノンを急かさず、ぼんやりとお茶を飲んでいた。
横顔が綺麗だ、とカップに口をつけた主人の伏せられた目許を見ながら考えていることに気づき、ファイノンはええと、と慌てて口を開く。
「思ってたより贅沢な生活で驚いてる。
……奴隷商から散々碌な生活じゃないって聞かされてたから」
「せっかく大金をはたいて買ったんだ、長く使わなければ勿体無いだろう」
視線をこちらに向けずに答えるメデイモスの不愉快な答えに、ファイノンはむっと眉を寄せた。彼のことをまだよく知りもしないのに、自分の知る大人たちのようなことを口にするとは何故か思わなかったので、裏切られた気分になっていた。
「その顔を俺の前以外でするなよ、なるべく庇ってやりたいが、俺も王子とはいえ、武功を立てた戦士や大人の貴族連中と比べれば立場も功績もない。奴隷は奴隷だ。そこは諦めろ。
——だが、俺に買われたのがせめてもの幸運だったと思えるような生活は送らせてやる。勿論お前が俺の手を噛まなければ、な」
ふん、と笑ったメデイモスのことをしばらく睨みつけていたファイノンだったが、確かに彼の言うとおりだ、とも思った。奴隷商のもとにいた頃は、こんな顔をすればすぐに拳と足が飛んできて、顔以外に暴行を加えられていた。
ファイノンは両手を顔に当てて小さくため息をついて俯くと、毛足の長い絨毯を眺めながら、よくしてもらってると思う、と口にした。その言葉にメデイモスは複雑そうに眉を寄せたが、ファイノンは気づかなかった。
「疑問といえば
……、その、昨日クレオスに言われたんだけど
……、僕っていつか君の愛人になるのか?」
ファイノンが顔を上げると、カップに口をつけようとしていたメデイモスが「は?」と口を開けて硬直し、しばらくじろじろとファイノンを眺めた。その視線は昨晩のクレオスのものとは違い、妙な嫌悪感は覚えなかったが、代わりに、何を聞いてるんだ? と自分の口にした言葉にじわじわと羞恥心を覚えてた。
メデイモスはファイノンの羞恥を知ってか知らずか、カップをテーブルに置くと、肩を震わせて笑う。
「なんだ、お前、まさか自信でもあるのか? 容姿が優れているとでも言われたか?」
「笑うなよ、そうなんじゃないかって言われたんだからしょうがないだろ
……」
ひとしきり笑ったメデイモスは目尻の涙を弾くと、今度は真面目な顔をし、「もしそのつもりなら、もう少し歳を取ってからお前ぐらいの年齢の男を選ぶだろうな」と前例を知っているような目をした。
「
……それってどう言う意味だ?」
「俺はまだ愛人とやらの存在に興味はない。いずれは持たねばならないとわかっているがな。そんなことより、お前に戦士としての才があるのか、あるいは側仕えとして有能に育つかどうかの方が関心がある。俺は気が長い方だ。すぐに判断はしない」
メデイモスの答えにほっとしつつも、ファイノンの脳裏には新たな疑問が浮かんでいた。
その「いずれ」の日が来たら、君は誰か知らない男を
——例えば僕みたいな子どもをまた新しく迎えるのか?
クレオスは、王族には特別な奴隷を買うタイミングが三度あると言っていた。その日までに主人にとって自分は有益であると示せなければ、果たしてどうなってしまうのだろう。
ファイノンはじっとメデイモスを見つめ、彼の部屋の照明に輝く美しい髪と顔を見た。カップを持ち上げる指に視線を向け、あの手が自分以外の誰かに触れるところを何故か想像してしまい、急に落ち着かなくなった。
別に愛人になんてなりたいわけじゃない。だって自分は、「選ぶ側」でいたいはずだった。
「他に疑問がなければ、そろそろ部屋へ戻って寝ろ。明日からは戦士としての鍛錬と俺の側仕えとしての勉強をしてもらう」
メデイモスが視線で退室を促し、ファイノンはそれに大人しく従うことにした。立ち上がって背を向けようとすると、「ファイノン」と声をかけられる。振り返ると、こっちへ来い、と言うように、主人が自分の足下を指で示していた。
大人しく示された場所に跪くと、手を伸ばしてきたメデイモスが左頬をそっと撫でてくる。思わずびくっ、と飛び上がったファイノンに小さく笑いながら、そっと輪郭から首筋へと手を滑らせ、ファイノンの首に嵌められた奴隷の証であるチョーカーを親指で撫でた。
「いいか、誰になにを言われようと、お前を選んだのは俺だ。最後には俺だけを信じればいい」
金色の瞳を細めながらじっと見つめられながら、ファイノンはまるで啓示を受けるかのように黙って頷いた。
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