ながひさありか
2025-03-25 23:57:01
4068文字
Public STR-Phaidei
 

ファイモス:毒殺未遂事件

黄金裔の毒味役をしているモーディスという妄想の産物

 モーディスが死んだ。死因は毒殺だ。
 せめて銀食器を持ってきた方がいいと提案した僕に、まどろっこしい、と口にしたモーディスは全ての皿から一口ずつ食事を食べて、そうして僕たちの目の前で中毒症状に苦しんで死んだ。アグライアはため息をついているし、トリアン先輩はモーディスの死体に気絶している。キャストリスさんは顔をくしゃりと歪めて沈黙しながら、どうして、と小さく口にした。僕も同じ気持ちだった。
 こじんまりとした食事会を開くたびに、結局こうなってしまう。正直なことを言えばうんざりしていたし、やっぱり最初からモーディスの言う通り、彼とトリビー先生たちが調理したものを食べる会にすればよかった。
「動かないでください」
 静まり返った食堂でアグライアはラフトラを数体召喚し、片付けをするよう命じている。モーディスの死体は部屋の隅で丸まっていて、いつも通りならもうすぐ目を覚ますだろう。
 僕はモーディスのそばへより、彼の石板を取り出すと、顔認証でロックを解除する。死体でも解除できていいのか? と場にそぐわない疑問が浮かぶが、不死者は何か設定が違うのかもしれない。一旦忘れておこう。
 ごめん、とまだ動かないモーディスに一言謝ってから、アドレス帳を探る。一番上に登録されたアイオロスと言う人物はモーディスの一番古株の侍者だ。
「あ、もしもし、アイオロスさん? ……そう、申し訳ないけれど、ありったけの水を持ってきて欲しい。モーディスは僕が運ぶから、入り口まで持ってきてもらえれば大丈夫。うん。ああそれから着替えもお願いしていいかな。うん、結構派手に汚れてるから」
 ため息をつきながら通話を切ると、トリビー先生とトリノン先生がバーンと食堂の扉を豪快に開ける。トリノン先生が気絶しているトリアン先生を介抱しているのを横目に、僕はテーブルの上に乗っていた水の瓶をつかむと、モーディスの汚れた口許にバシャバシャと豪快にかけて、吐瀉物と血を落とす。あと五秒くらいかな、と思いながら「アグライア、一旦水を飲ませてくるよ」とモーディスを抱える。
 アグライアはすでに金糸でその場にいた全員を縛り上げていて、キャストリスさんも暗い顔で控えている。おそらく建物内の人間は全員同じ目に遭っているだろう。トリビー先生の普段とは違う口調が耳を打つのを聞きながら、食堂内で縛り上げられている全員の顔を見回すが、残念ながら見知った顔がいない。どうせ元老院の差金だろうが、裏取りが面倒くさそうだった。
 店の入り口付近までモーディスを運ぶと、その途中でモーディスの目が覚める。二、三度虚な瞳を瞬かせたモーディスに大丈夫かい、と言うだけ言う。大丈夫なはずがないのに、こんなことしか言えない自分が嫌だった。
 無言で口を押さえているモーディスは内臓に残っていた毒物で再び中毒症状が始まり、その場で呻き声を上げながら蹲る。足音に顔を上げると、呼びつけたモーディスの侍者が水を持って待っているのが見えた。
 僕の方が頭がおかしく見えるだろうな、と思いながら、わざと笑顔を浮かべて、蹲るモーディスの背中を撫でながら明るい声を出す。
「そこに置いといてくれるかい。そのまままっすぐ進んで、食堂に行ってくれると助かる。アグライアがそこにいるから、そこで待機していて欲しい」
 水の入った瓶と杯、空のバケツ、それから着替えをその辺に置いてもらうよう頼み、背後の長い廊下を示した。年老いた侍者は青い顔で脂汗を額に浮かせているモーディスを一瞥すると、僕に首肯して足早に通り過ぎて行く。モーディスが僕の耳に届くくらいの小さな声で呻き、ぷつりと糸が切れたように床へ再び沈む。何度見てもうんざりする光景だった。
 起きた時に不快感が少しでも減るように、と死んだモーディスの口を無理矢理開かせると、口の中に水を流し込んで吐瀉物や血をどうにか吐き出させた。そうして、数秒後に目を覚ましたモーディスにすぐ水の入った杯を渡し、延々と胃の中身を吐かせる作業をする。
 もう二、三度モーディスは死に、最終的に全身を汗でぐっしょりと濡らしながら、「もう問題ない」と小さな声で呟いた。どこが問題ないんだ? と思いながら、ふらふらと立ち上がったモーディスに「とりあえず着替えた方がいいよ」と甲冑を脱ぐのを手伝い、侍者の持ってきた服に着替えさせる。服の一番下にあった布で適当に服や甲冑を包んで置くと、モーディスが疲れたように「だから俺が作ると言ったんだ」と呟いた。モーディスの言う通りだった。

 僕たちの皿に毒を盛った犯人はアグライアとキャストリスさんが適切に処分した。あの日、レストランで働いていたスタッフは全員元々働いている人たちで、配膳担当の二人が元老院の下位議員に金で雇われて毒を仕込んだようだった。彼らが言うには致死量ではないと言われただとかで、数時間後に少し体調が悪くなる程度だと聞いていたのだとか。黄金裔がオクヘイマの権利を独占していることが気に入らないだとか、クレムノスの親殺しの狂人がまるで英雄のように堂々と聖都に留まるのか許せないだとか、今日までに百回は聞いた恨みつらみを聞かされる。少しくらい痛い目に遭うべきだ、と言っていたそうだが、アグライアが樹庭に食事を送って分析してもらったところ、普通の人間であれば神経をやられて失明だとか、内臓機能が破壊されてしまうだとか、そう言った類の毒だったらしい。要は運が悪ければ死ぬだろうし、半神であれば苦しむだけで済むだろうとか、そう言う目算だったようだ。
 モーディスが運ばれてきた食事に顔を顰めて「妙な臭いがする」と言わなければ、少なくとも僕とキャストリスさんは致命的なダメージを受けただろう。
 実行犯が処分された後、アグライアもモーディスも既に事件は解決したとして(勿論誰が本当の犯人なのか、アグライアは探らせているだろうが)、食事会のことは既に口にしない。果たしてモーディスが何度も死ななければならないほど彼らに何か損があったのだろうか、と考えても仕方のないことを考えてしまうが、きっと僕の納得のいく答えは永遠に出てこないだろう。そんなものはあるはずが無い。

 流石に数度目の毒殺(未遂)事件ともなれば、どれほど小規模であっても黄金裔の食事会を外で行うのは中止にしましょう、とトリビー先生とアグライアは決定した。みんなで食事をする日は、彼女達の用意した調理場で、主にモーディスが調理を担当している。勿論アグライアの信頼するスタッフもいるので別段モーディスが作る必要もないのだが、意外なことに、モーディスの特技のひとつが料理だった。
 流浪時代が長かったからな、とモーディスは言うが、同じくらいオンパロスを放浪していたはずの僕とはあまりにレベルが違う。
「どうした救世主、景気の悪い顔をして。腹でも痛いのか」
……君、本当はわかってて聞いてないか?」
 面白そうに声をかけてきたモーディスを見上げ、皿を指差した。
 トリビー先生達やキャストリスさんに出された皿と、僕の皿の上の大地獣ステーキの焦げ具合の違いに抗議をすると、モーディスは「お前には特別でかい肉をやっただろう」と堂々と口にする。そう、モーディスの言う通り、肉のサイズだけはみんなの四倍はあって、適切に調理されていればきっと感動ものだったはずだ。結構焦げ付いていて、なんだか妙に酸味のあるソースがかかっていなければ。勿論食べられなくはないが、これが今日の最後の食事かと思うとどうにも気が進まない。
「注文の多いやつだ」
 モーディスは二口ほど食べただけの僕の皿を回収すると、表面の焦げを切り落とし、皿に乗っていたソースを肉と一緒にフライパンに戻して火にかける。酒といくつかの調味料を追加するのをじっと眺めていると、だんだんと、なぜかいい匂いが漂ってくる。
「これで文句ないな?」
 皿に肉を戻したモーディスは肉にナイフを入れ、綺麗に飾りつけると、再び僕に渡す。怪しい、と思いつつ香ばしいにおいに負けて恐る恐るフォークで肉に刺す。
……美味しい」
 いやこれができるなら最初からやってくれよ、と怒りと悔しい気持ちでいっぱいになりながら呟くと、当然だろう、と言うようにエプロン姿のモーディスが腕を組んでふん、と鼻を鳴らす。
「あ、モスちゃんまたファイちゃんにだけ違うの用意ちてあげてる!」
「この男の注文がうるさいだけだ」
「いや違うだろ!? 君が最初僕の分だけ手を抜くからじゃないか! トリビー先生、僕はモーディスにいじわるされてるだけで……
「と言う被害妄想だ」
「だったら最初の焦げ過ぎた焼き具合はなんだって言うんだ!?」
「これは焦がした肉の炭化した表面を削って食うものだ。お前が物を知らないだけだろう」
「えっ、じゃあ君は調理途中のものを僕にだけ出したってことにならないか?」
……………………
 モーディスが腕を組んだまま、真顔で沈黙した。図星ってことだよなそれは? と追求しようとすると、トリビー先生の盛大なため息が落ちる。
「ファイちゃん、お腹が空いて苛々ちてるのはわかったから、冷める前に食べまちょう? 折角モスちゃんが作ってくれたんだから……
 え、僕が悪いのか? どう考えてもモーディスだろ。そう思うが、確かに空腹で苛々していたのも事実で、トリビー先生にそう言われると、僕が悪かったような気が何故かしてくる。
 モーディスはエプロンと手袋を外し、まとめていた髪はそのままにさっさとステーキを豪快に食べている。なんだか釈然としなかったが、空腹を訴えてくる腹の虫に負けて席に戻り、食事を再開する。
 僕より大きなステーキ肉を食べているモーディスに「よく食べるな」と思わず感心して呟くと、
「死んだ分だけ腹が減るからな」
 ——と、笑っていいのかそうでないのか本当に分からない、モーディスの不死ジョークが飛び出した。反応に困るから、冗談なら笑ってくれ。


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