大変大変! 資料用の倉庫が爆発ちそう! とトリビー先輩からSOSが入り、緊急で整理をすることになった。資料用倉庫には過去のコレクションで使用した素材目録や契約関連の書類、コンセプトを決めるにあたっての関連書籍や映像資料等等、色々なものが雑多に詰め込まれていた。衣装は別の倉庫で管理しているので、基本的にはそれ以外の全てが詰め込まれている。
前回の片付けは僕の記憶が正しければ三年前のことだが、その時は確か、積み上がっていた書類やBDやらを棚や段ボール箱にきちんと納めただけだった。今回は不要なものはちゃんと捨てるなりスキャンしてデータにするなりしようという事で、アグライアにも来てもらい、別の作業場所を借りてスタッフ総出で選別をすることになった。
「……これって」
整理を始めて三日目のことだった。アグライアが十年ほど前までに撮り溜めていたスナップ写真(ストリートスナップと呼べるようなものもあれば、ただの日常風景のようなものもあった)を整理していたその時、明らかに見知った人物の写真を見つけた。かつては今より時間に自由があったアグライアは、インスピレーションを得るために頻繁に各地へ旅行に行っていたらしい。
「おや、懐かしいですね。てっきり、すべて処分してしまったものだと思っていましたが、まだ残っていましたか」
写真の中には赤と白の民族衣装に身を包み、月桂樹の冠を乗せ、右目と右頬、首筋から胸、足の先まで続く赤い刺青が印象的な、少年と青年の中間のような男の姿が写っていた。槍を構えた彼は夕陽に燃える毛先の赤と金髪の輪郭を輝かせて、シトリンのような瞳を真っ直ぐにカメラに向けている。
「これは確か、メデイモスが……私たちの言葉で言うところの司祭を務めていた時のものです。彼の実家は地元の重要な神事を全て担当していたそうですから」
アグライアは僕の手から写真を撮り、懐かしそうな表情でそれをひっくり返した。写真の裏面には日付と地域、「豊作の神事にて」と書き込んであり、日付は十二年前のものだった。
「私のところでモデルをしてみませんか、とダメ元で声をかけてみたんです。まあ、この頃は実家を出るつもりはなかったでしょうし、それ以上に彼の親戚たちが激怒して、交渉に失敗したんですが」
「え、じゃあアグライアがモーディスと知り合いなのってこの頃の縁ってことか?」
「そうですね、気が向けばいつでも連絡してくださいと名刺を渡していたので。私としては今でもモデルとして撮ってみたい気持ちもありますが、この頃に一生分『見られる仕事』をしたから、これ以上はしたくないと断られてしまいました」
残念です、と麗しい憂い顔でため息をつくアグライアの横顔よりも、見たことのない、どころか想像したこともなかったモーディスの昔の姿にドキドキしていた。モーディスは「写真はあまり撮らないから昔のものは残っていない。あったとしても実家だろう」と言っていて、昔の写真は見せてもらったことがなかったのだ。今は僕が気まぐれに日常の写真を撮ったり、旅先では必ず写真を残すようにしている。
アグライアは僕に写真を返し、「これ以外のものは彼がこちらに来た際に頼まれて処分してしまいましたが、欲しければ持って行って構いませんよ」と微笑む。
「ほ、本当に僕がもらっても?」
思わず声が上擦ってしまった。モーディスが処分して欲しいと頼んだものを僕が持っていてもいいのか? と思いつつも、捨てるのはどうしたって惜しい。捨てろと言われたら、こっそりスキャンだけさせてもらおう。
アグライアは「写真の所持に関しては私よりもメデイモスに聞いた方がいいでしょう」と至極真っ当なことを口にし、「作業を続けましょう」と僕に写真をしまってくるよう促した。
*
「事務所の資料整理をしてるって話はしただろ?」
僕より数時間遅く帰ってきたモーディスがリビングでお茶を入れているのを見ながら、意を決して、けれどもなるべくなんでもないふりをして声をかけた。
モーディスは沸騰したお湯を茶器に少し注いで温めると中身を捨て、スプーンですくった茶葉を茶器に入れてから、再びお湯を注いでいる。砂時計をひっくり返し、「それが?」と言いながら、茶器とマグカップと砂時計を木製のトレイに乗せて、僕のいるソファまで持ってくる。
「十五年分ぐらいのありとあらゆる資料がごちゃごちゃで本当にひどい状態なんだけど、アグライアの若い頃——あ、これもし彼女が店に来てもチクらないでくれよ——の旅行の写真がどばっと出てきてさ」
「……まさか俺の写真が出てきたか?」
「あ、うん」察しが良すぎるだろ、と動揺してしまったが、言ってしまうしかない。「その、一枚だけ」
小さな舌打ちが落ちる。やっぱり見られたくなかったらしい。
「ええと誤解しないで欲しいんだけど、アグライアは全て処分したつもりだと言っていた」
砂時計の砂が落ち切り、モーディスは眉間に皺を寄せたまま、無言でマグカップにお茶を注ぐ。優しいオレンジのいい香りがした。
「まあ、あの頃『撮ってもいい』と言ったのは俺だからな。処分して欲しいと頼みはしたが、確認はしなかった。お前が譲り受けたか?」
マグカップに口をつけたモーディスが、ジト目で僕を見つめてくる。かなり嫌そうな顔をしているけれど、即座に「捨てろ」とは言われなかったので、これは交渉の余地がありそうだ、と勝手に感じる。
「昔の写真は持ってないって言ってただろ? 実家にはあるかもって言ってたけど、君は絶対に帰らないだろうし、別にそのために帰って欲しいなんて思ってないよ。ただその、僕は一応、子どもの頃のアルバムも見せたし、君の昔の写真も一枚だけなら、持っててもいいんじゃないかな、と思うんだけど……どうだろう」
「……写真による。見せろ」
見せたら捨てろと言われる流れの気がしてきたぞ、と渋っていると、「ファイノン」と苛立った声でモーディスが睨んでくる。モーディスが怒った顔をしているのは、明らかに照れ隠しだろう。
「ここで破り捨てないって誓ってくれるなら……」
まあ、そうされるかもしれないと思って帰宅して即スキャンはしてあるし、スマフォとPCとクラウド上にデータは置いてあるんだけど。
「写真による」
モーディスは落ち着かない様子で同じことを口にし、早く見せろ、と苛立った様子で膝の上に肘を乗せ、頬杖をつく。
諦めて仕事用の手帳を持ってくると、大事に封筒にしまっておいた少し褪せた写真を取り出す。
モーディスは指先で写真を掴んだかと思えば、複雑そうな表情で思いっきり瞳を細めながら、数秒だけ写真を見つめ、すぐに裏返してテーブルに置いてしまう。
テーブルの上の写真を指先でつついて遠ざけようとしているモーディスから写真を回収し、「その、司祭? をしてたんだって?」と尋ねながら、ささっと写真をしまっておく。
「そのように大層なものではない。当時、一族で成人直前の男子が俺だけだったと言うだけだ。豊穣の女神に一年の豊作を祈る演舞を捧げる役目を担っていた」
こっちに来る際に捨てた信仰だ、とため息をつくモーディスの耳がじわじわと赤くなって行くのを見ながら、「アグライアがモデルとして使いたいって言ってたの、わかるけどなあ」と口にする。
モーディスが槍を携えて人々の前で祈る姿を想像しようとしたが、僕の浅い知識では難しいことだった。僕はカフェで働いている姿か、この家で僕と暮らしている姿しか知らない。
「……お前もあの女の所でモデルをやった方がいいと思うか?」
ソファに背をつけて尋ねてくるモーディスは、僕の服の裾をそっと摘んでいる。そう望んでくれるな、と思いっきり眉を下げた彼の顔に書いてあって、まさか、と慌てて首を振る。もしモーディスにやる気があったとしても、大反対するつもりだった。
「絶対に嫌だよ。だって僕だけの君じゃなくなるじゃないか」
「……よし」
「なに、よしって? 答えが合格ってこと?」
モーディスの頬に笑ってキスをすると、場所が違う、と胸ぐらを掴まれる。望まれた通りに唇にキスをしながら、右頬をそっと親指で撫でる。
もしモーディスがモデルに同意をしていたら僕たちが出会うのはもう少し早かったんじゃないか、とそんな考えが脳裏をよぎったが、そうであれば、彼とこうして暮らしていなかったような気もした。
「ところで、写真は僕が持っていてもいいのかい?」
「……俺に二度と見せないならな」
それからあの頃と俺を比べるな、と妙なことを口走るモーディスの言葉の意味を考えながらキスを続けて、
「え、どこを? 今の君の方が魅力的だと思うんだけど……」
と本気で尋ねた僕に、HKS、とモーディスが久しぶりに故郷の言葉で罵る。
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