ながひさありか
2025-03-22 23:39:33
2265文字
Public STR-Phaidei
 

ファイモス:記憶の泡

頭が吹っ飛んだり死にすぎると記憶が数日なくなることがあるモーディスの話

 モーディスは時々記憶を落としてしまうことがある。どう言う時かと言えば、死んだ回数が多すぎる時と、頭を吹っ飛ばした時だ。と言っても無くしてしまうのは精々二、三日のもので、その数日に重大な約束をしていなければ問題はない。本人にも記憶をなくすことがあると言う自覚はあるらしく、人と重要な約束や決め事なんかをした時は石板にメモをしているらしい。
 問題は、モーディスが「重要だ」と感じなかった約束や決め事に関してはメモが残されないので、稀にモーディスと話が通じなくなることがある。まあ、彼が重要視しなかったことは、僕にとっても大したことではないことが多い。例えば昼食を一緒に食べようよと言っていたのに、前日に頭を吹っ飛ばして記憶ごと忘れ去られてしまったりだとか(二時針程待ちぼうけを食らったが、もしかして忘れてる? と連絡をすると、堂々とした顔でモーディスが現れて、覚えていない、と宣言した)。
 だから、モーディスが記憶を落とすことがあるのはわかっている。死ぬよりも、記憶を数日飛ばす方がマシだってことも本当にわかっている。
……本当に二日前に僕が君に何を言ったか覚えてないのか?」
 覚えていない人を詰ったってしょうがないことはわかっているのに、なんでメモに残してくれなかったんだ、と思いっきり悪態をついてしまった。吐き捨てるように言った僕に、ベッドの上のモーディスは「何をそんなに怒っている?」と困惑していた。きっと彼自身も、僕がこれほど感情を抑えきれない物事であれば、メモを残さないはずがないと思っているのだろう。僕を横目で伺いながら石板をスクロールしているモーディスの表情は、ずっと砂を噛んでいるかのような表情だった。
……もう一度教えてくれないか」
 観念したように、モーディスは石板をしまって僕に向き直る。だけど、どうしたってもう一度はいいたくない気分だった。
「いやもういい、メモをしていないってことは、君にとってはきっと重大なことじゃなかったんだろう」
 今日はもう顔を見たくない、と強烈な感情が胸に湧き、モーディスに背を向けて、彼の部屋を後にする。ファイノン、と扉が閉まる直前、申し訳なさそうなモーディスの声が聞こえたが、その声には立ち止まらなかった。
 君にとっての僕ってそんなものか。ショックでさまざまな罵詈雑言が脳裏に浮かんでいたが、自分の醜い言葉をモーディスにぶつけることはしたくなかった。覚えていない人に何を言っても意味がないし、仕方がない。忘れてしまったものは忘れてしまったのだからと諦めて、もう一度言えばいいだけの筈だった。ましてや、モーディスは記憶を落とすことがあるのだと知っていたんだから。

 寝ればこのもやもやは晴れるかと思ったが、翌日になってもささくれだったままだった。子どもっぽい癇癪だ、と自分でもわかっていたが、割り切れることと割り切れないことがある。こうなったら体を動かすか酒でも飲んでも忘れようかな、と市内をぶらつきながら考えていると、「まだ拗ねているのか?」といつの間にかそばにいたモーディスが、挨拶も前置きも無しに口にする。
「拗ねてるだって? 僕は君の薄情さに怒ってるんだよ」
 モーディスは相変わらず「さっぱりわからない」と言った顔をしながら腕を組み、「俺が何を忘れてしまったのか素直に言えばいいだろう」と呆れたようにため息を吐く。
 モーディスは今回忘れてしまったことも、いつものように本当に大したことではないだろうと思っているのだろう。僕だってずっとそう思っていた。君に限って(メモを)忘れることはないだろうと。そう考えて口にしたし、万が一明日モーディスが百回死んだり、頭が吹き飛んでも大丈夫だろうと信じていた。現実はこうして綺麗さっぱり、なかったことにされてしまったわけだが。
「メモをしなかったってことは、本当は忘れたかったんじゃないのか。なかったことにしたかったんだろ」
 僕の曖昧な物言いに、モーディスはむっと眉を跳ね上げ、は、とばかにしたように笑う。
「きっとそうだろうな。お前の性格の悪さにはほとほと付き合いきれん」
……………………
 モーディスの言葉に思いの外ショックを受けてしまい、軽口を叩く気にはならなかった。そんな風に思ってたのか?
……おい、冗談に決まっているだろう、真に受けるな。それで、お前は俺になんと言った? 忘れてしまってすまないとは思うが、今までに一度も思い出したことがない。思い出してやりたいのは山々だが、恐らく無理だろう」
 ネクタールを奢ってやるから機嫌を直せ、と普段はそんなことを言わないくせに、妙な気遣いをしてくるのが恨めしい。どうせなら最後まで憎ませてくれよ、と思うが、こうなっては僕が折れてあげるしかないのもわかっている。
「まあいいよ。君が時々忘れっぽいことは知っているしね……。でも一度だけだ、だから今回は君がメモを残すところをこの目で確認したい」
 モーディスはわかったわかった、と石板を取り出し、それで? と僕に向き直る。澄んだ顔をしているモーディスを見つめていると、早く言ったらどうだ? と首を傾げる。
「僕は二日前、君が好きだって言ったんだよ」
 文字を打ち込もうとしていたモーディスが完全に硬直し、幻聴を疑うように目を見開いた。三秒ほど沈黙してから、は? と口を開いたモーディスの顔が段々と赤くなって行く。その反応は二日前と全く同じで、あ、別にまた忘れられてもいいかもしれない、と唐突に思った。


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