途方に暮れた顔をしているモーディスを三十分ほど堪能してから、「僕がやっておくから心配しなくていいよ」と持っていた書類を全部預かる。ほっとしたように「助かる」と呟いたモーディスの顔が見られたので満足した。
モーディスがテーブルの上に広げて、親の仇のように睨みつけていたものは、保険料だの水光熱費だの家賃だの、その他諸々、支払いに関するものだった。
付き合ってから知ったことだが、モーディスは驚くほど数字に弱い。今までどうやって生きてきたんだ? 一人暮らしだと家賃とか色々あるのに、と尋ねれば、なんとなくどうにかなっていた……、とネット代の引き落としに失敗し、Wi-Fiの使えなくなった家でモーディスが言う。いや、これはなんとかなってるとは言わないだろ。
ちょっと見てあげようか、と雑多に手紙の押し込まれていた箱を漁り、督促だの請求書だの書かれているものを片っ端から開けてみる。
電気代が三回請求が来てるけど払った覚えは? ……………………。ああでも止まってないから払ってるのかな、ちょっと電話してみるよ。ちなみに家賃は払ってる? 家賃は手渡しだ。なら平気か。えーとこっちは……。
………………。
……………………。
幸いにもモーディスは(本以外ではそれほど)散財はしない、というか、それほど欲がない男なので生活は破綻していなかったが、逆に破綻していないのが奇跡だろう、と思うような家計状況だった。「なんとなく」「感覚で」毎月やりくりできていたらしい。
あれだけ本が好きなのにそんなに数字が苦手なんてあるんだ、と全ての支払いを整理し、手続きを終え、呆れるよりも驚きが混ざって溢した僕に、モーディスはうるさいとも言わず、恥ずかしそうに押し黙ってしまった。
そう言うわけで、家計のことは基本的に全て僕がやっている。給料日が来たら予め決めていた金額をモーディスから受け取り、手をつけないお金として口座へ入れておく。生活費(デート含む)が予算を越えていないか月末に雑にチェックして、足りなければ翌月の週の食費で調整してもらう。
モーディスは食費だけは何故か正確に計算ができるので、まあそれ以外は(彼は)適当でもいいだろう、と言うことにした。と言うか、それ以外のことは丁寧に説明をしても「???」とわかりやすく頭の上に疑問符を浮かべるので、僕がいるんだし、僕がなんとかすればいいか、に倒した。
今の家を決めた時も、家賃の話も、モーディスは「お前が問題ないと言うのならそれでいい」としか言わなかった。本当にどうやって今まで暮らしてきたんだ? とかなり不安になった。僕と出会ってよかったね、と言うと、神妙な顔をして頷くのは可愛かった。
まあ、アグライアに投げられている仕事だって半分くらいはお金の計算とか、スケジュール調整とか、そんなものばかりなので、こう言うのは得意と言えば得意だ。
「……毎月面倒をかけて悪いな」
「いやいや、溜め込んでるわけじゃないからそこまで面倒でもないよ」
溜め込まれた書類を一気に片付けていた日のことを思い出しながら、ソファに移動して、タブレットの家計簿アプリを立ち上げる。モーディスも隣に移動してきて、かと言って特に何をするでもなく(勿論しなくていい)、スマフォを操作していた。
そもそもいつもならこの手の手紙は届いたそばから開封されずに一つの箱にまとめて入れられていて、週末あたりに僕が確認することになっていた。モーディスがやってみるか、と言う気になったのは、多分、三週間ほど僕がアグライアのショーについて行って家をあけたからだろう。疲れている僕にお金の計算をさせるのは……、と考えてくれたことは嬉しかったが、人には向き不向きがある。
「ってなんか落ち込んでる?」
「落ち込んではいないが、情けないとは考えていた」
僕の肩に頭を乗せて寄りかかって来たモーディスは、なんだか複雑そうな顔をしていた。眉間に皺を寄せると癖がつくよ、と続けると、寄ってるか? とモーディスが自分の額に触れる。
「二人して苦手だとまぁ生活がちょっと大変だったかもしれないけど、僕ができるんだから気にしなくていいって何回も言ったじゃないか」
入力を終え、出て来た金額をモーディスに見せるが、彼は瞳を細めて、何も考えたくない、と言った顔をした。いつものことだが、何度見てもこの態度は正直面白い。
「預かった金額を越えてないし払っておくよ」
おしまーい、とローテーブルの上にタブレットを置き、僕に寄りかかっていたモーディスを抱きしめる。昨日は帰宅してシャワーを浴びたらすぐに眠ってしまったので、久しぶりのモーディスの体温だった。
三週間は長すぎる、とアグライアにも文句は言ったけれど、仕事が僕の一存でどうにかなるわけもない。モーディスは「そうか、大変だな」としか言わなかったが、ちょっとだけ寂しそうな顔をしていた、と思う。多分。三週間前の朝、仕事に行きたくなさすぎて玄関でぐずっていた僕を「仕事だろうが」と宥めつつ、「気をつけて行って来い」とキスして送り出してくれたわけだけど。
「次こんなに長かかったら君を連れて行ってもいいかアグライアに聞こうかな……」
「店をそこまで空けられない」
ぴしゃりと返ってくる言葉に、君さあ……、と抱きしめていた体を離して顔を覗き込む。モーディスは感情の読めない、どちらかと言えば冷めているとすら言えるような表情をしていた。それがちょっと気に入らない。
「僕と離れて寂しくなかったのか? 僕は君がいなくてずっと寂しかったのに」
「寂しくないとは言っていない。それでも仕事は仕事だろう。………………そう言うことにしておきたいんだ」
「『しておきたい』?」
物分かりの良さそうな言い方をするモーディスの顔をじっと見つめていると、だんだんと瞳が揺れて、気まずそうに視線が逸らされる。
「お前がいないとだめな人間になりたくない」
まあ、その、金の計算に関してはお前がいないとだめなんだが。照れ隠しのようにぼそぼそと話したかと思うと、ちら、とモーディスが僕を伺うように視線を上げる。
「話の腰を折るんだけど」
「……なんだ」
「三週間ぶりに見たからか余計に顔が綺麗、痛っ」
「話の腰を折るにしても他にあるだろうが!」
頬をつねってくるモーディスの顔が赤いのを見て、怒った顔も綺麗だ、としか思えなかった。
まあ、そんなことを言いたいわけじゃないので、真面目に言っておこう。
「僕はとっくに君がいないとだめなのに、君がそうじゃないのは不公平だろ」
「……………………」
でも、ぽかん、とした顔をしているモーディスはやっぱり綺麗だった。
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