時々、朝の鍛錬の前に、祈り言と唄の中間のような囁きをモーディスが零すことがあった。身を低く屈めた体勢で、今にも獲物に飛び掛かる寸前のような、あるいはそこから一歩も退かないと決めた障壁のような状態で、二言、三言、僕には聞き取れない言葉を落とす。
ニカドリーに祈っているのか? と尋ねれば、聞くな、と言うように一瞬だけ眉を寄せつつも、少し遠くを眺め、「今は母上に祈っている」と口にする。聞かなければよかったかな、と一瞬思ったが、モーディスの表情は既に凪いでいて、僕の問いかけが失言だったのかそうでなかったのかはわからない。
彼は時々母親の話をするが、「会ったことはない。だから想像と夢の話だ」と結んで、感情を整理するように瞼を下ろす。その横顔を見るたび、普段、実は僕たちは似たもの同士なんじゃないか、と勝手に思っているのに、モーディスの方が僕よりも孤独を歩んできたように錯覚してしまう。少なくとも僕は両親を知っていて、村が壊滅するまでは田舎で平凡に暮らしてきた一般人だった。一方モーディスは生後間も無くステュクスに投げ捨てられ、偶然不死を得て、溺れては生き返りを繰り返した末に、足が地を踏んだ、らしい。父親の顔は知っているが、と笑えない冗談を呟く時のモーディスはいつも真顔だった。
モーディスが鍛錬の前に呟いていたのは、各地を放浪していた際に仲間が作った唄の一節だったらしい。
俺たちは戦場に向かう前に口にすることが多かったが、正確には祈りでない。ただの唄だ。勝利すれば宴席で歌うこともあったがな。
モーディスは過去を懐かしむように瞳を細めると、黙って聞いていた僕に顔を向け、「特に意味のないものだ」と薄く笑った。なんとなく、これ以上は聞いてくれるなと拒絶されたような気がし、ふぅん、とだけ答えて興味を失ったふりをした。本当はモーディスのそんな表情を見てなんだかモヤモヤしていたが、どうにも説明のしづらい感情だった。
聞かれたことで逆にどうでもよくなったのか、はじめて尋ねた時は嫌そうな顔をしていた気がするのに、それから時々、モーディスは眠る前にもぼんやりと同じフレーズを呟くことがあった。実はこれを口にする時のモーディスはかなり機嫌が良く、尚且つ、そろそろ眠りたいと考えているのだとわかるまでには随分と時間がかかった。
もう一度言ってくれないか、と眠たそうなモーディスの頬に手を添えて尋ねれば、なんの話だ? 首を傾げられる。君の祈りの言葉のことだよ。そう返すと、モーディスはまだ聞き取れないのか? と意味も教えてくれないくせに、もう一度同じフレーズを繰り返す。
モーディスの喉から落ちてくる低くやわらかい囁きはタイタンの言葉のようで、相変わらずクレムノス語がわからない僕には、何を唄っているのか聞き取ることはできない。ニカドリーへの祈りの言葉なのか、それとも戦士への鼓舞なのか、戦い続けることへの悲哀なのか、それとも別のなにかなのか、ひとつもわからなければ、複雑な発音も耳に記憶されない。
けれど、頬に手を添えられながら繰り返すモーディスの表情が、以前と違ってなんだか幸福そうに見えるのは、きっと僕の見間違いではないはずだ。
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