※新刊の書き下ろし部分(
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24191965)でファイノンが指輪を渡しています。web掲載分にはないので唐突に二人が指輪をしていることになっていますが、指輪渡したんだなあと言うことだけわかってれば大丈夫です。
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あまりにも追い詰められた表情をしているファイノンに、モーディスはほんの一瞬、別れ話を想像した。最後にこの男と喧嘩をしたのはいつだったか。小さなものはいくつも見つかったが
――例えば食器棚に皿をしまう時に小さな皿の上に大きな皿を重ねるなだとか、シャツを裏返したまま洗濯機に放り込むなだとか、良かれと思って冷凍庫を新作のアイスでいっぱいにするなだとか
――、口を利くのも嫌になるほどの喧嘩は少なくとも二か月はしていない。では、直近でこの男が嫌がるようなことをしただろうか。それも正直浮かばない。
「このところずっと考えていたんだけど
……」
そうして、意を決した顔のファイノンが何を言うのかと思えば、「君の親友に一度会ってみたい」、だった。
「
……あいつは体が弱い。こちらに招致するのは無理だ。反対に俺が帰省することはない」
「え? いや普通にビデオ通話でいいよ。君だっていつもそうしているだろう?」
「
……………………」
モーディスは、ただ「あいつが了承すればな」、と言えばいいはずだった。親友に恋人を紹介するだけだったし、恐らく、親友はモーディスの申し出に驚きはしても、会いたくないとは言わないだろう。連絡をするたびに必ずうまくいっているのかと聞かれるのはなんだか気に入らなかったが、反対の立場であれば、異国で暮らしている友人のそばに誰かがいるほうが確かに安心できるので、パートナーがいるのであれば、仲睦まじく暮らしていることを望むだろう。
それなのに言葉が出てこず、腕を組んだまま考えてこんでしまった理由はと言えば。
「モーディス?」
「
……いや、ひとまずあいつに聞いておく」
実は親友にも、いまだにファイノンの顔を見せたことがなかったからだ。写真ぐらい見せてよ、君と写ってるやつで勿論いいから。何度かそう乞われたが、気恥かしいので嫌だと言っていた。
勿論それも嘘ではなかったが、本当のことを言えば、好かれては困ると頭の片隅で考えてしまったからだった。
「もし会えることになった時に備えて、お前にひとつだけ言っておく」
「ええ、なんだか怖いな。
……まあいいけど、なんだい?」
「惚れるなよ」
「
……………………は?」
緊張してしょぼくれていたはずの男の顔が困惑に変わり、ちょっと待った、とモーディスの手を掴む、
「えーと
……それは、僕がその、君の親友に
……ってこと?」
「それ以外になにがある」
「
…………………………」
ファイノンは一瞬顔を輝かせたが、ふと何かにたどり着いた眼をする。みるみる顔色が悪くなり、視線をうろうろとさまよわせたかと思うと、「君の中で僕は、そんなにどうしようもない男なのか?」と刺々しい声で口にした。
「? 何が言いたい?」
話が見えず、モーディスは首を傾げる。
「僕がどんな気持ちでこれを渡したと思ってるんだ?」
眉を跳ね上げたファイノンが、モーディスの左手の薬指に嵌まるリングを指の腹で撫で、苦しそうに言った。
モーディスはつられたように視線を下げ、ファイノンの手にも同じものが嵌っていることを確認した。
仕事中は頻繁に手を洗うこともあり、モーディスは外している日の方が多いが、ファイノンはモーディスがその指に通してやった日以来、ほとんど外されていない。
モーディスは会話が嚙み合っていないことに気付いたが、口を開く前にファイノンが「もういい」と会話を拒絶してしまう。ファイノンは投げるようにモーディスの手を離し、「ちょっと、外出てくるから」と止める間もなく家を出て行ってしまった。
「
……………………………………」
一体、今の会話の何が悪かったのだろう。
モーディスには、ファイノンが突然機嫌を損ねた理由が本当にわからなかった。
*
『
……それは君が悪いよ』
画面の向こうで親友が頭を抱えているのを見ながら、モーディスは眉を顰めた。
ファイノンが出て行ってしまった後、何時に帰ってくるのかとメッセージを送っても返事がなく、既読にもならなかった。落ち着かなくなり、こうして親友へと連絡をし、通話をしていたのだが、どうしたの? と心配そうに話を聞き始めていたはずの親友の顔色が曇り、どうしてそんなことを
……、と溢されたところで困惑した。
『君はそこまで口下手じゃなかったと思うけれど
……』
親友の盛大なため息が落ち、モーディスは腕を組みながらもう一度会話を振り返った。一体どこに問題があったのだろう。モーディスとしては、素直な気持ちを口にしたつもりだった。
『ええと、そうだね
……、通話しておいていうのもなぁと思ったけれど、彼と仲直りをするまでは、もう僕に連絡はしない方がいいよ』
「
………………」
『わからないって顔をしているね。とにかく、帰ってきたらちゃんと話し合って、君から謝って、仲直りをするんだよ。もちろん僕にそうしたほうがいいって言われたなんて、絶対に言っちゃだめだからね』
「そういうものか」
『そういうものだよ!?』
危なかった
……、と呟く親友に相談の礼を言って通話を切ると、さてどうしたものか、とモーディスはとりあえずキッチンへ向かう。ファイノンへ送ったメッセージは未だに既読にならず、どうにも落ち着かない。
普段は時間がかかりすぎてあまり作らないオーブン料理を作るか、とブロック肉を取り出し、野菜を選定し、仕込みを始める。手を動かしている間は幾分気分が落ち着く、ような気がした。
親友に惚れないで欲しいと言ったことの何が悪いのか、モーディスにはやはり、よくわからない。彼は本当に優しくいいやつで、地元でも友人の多い男だったから。
「
………………………」
そこまで考えて、それだけなら、別に、ファイノンの写真をあいつに見せてもいいんじゃないか、と気がついた。
あいつが人の恋人を好きになるようなやつかと自問すれば、答えはノーだった。
考えながら、冷蔵庫からカレイを取り出し、両面をこんがり焼く。焼けた身を取り出し、バターを追加すると、セロリと玉ねぎ、にんじん、それから牛乳と薄切りにしたレモンをいれ、最後にワインを加えて弱火にかけた。野菜が煮えて行くのを見下ろしながら、そうか、と呟きが溢れた。
ファイノンは浮気の可能性を疑われて怒っていたし、自分は浮気の可能性を考えてよくわからないことを言ってしまった。
仲直りをしたら、親友にもきちんと謝るべきだ、とはっきり認識した。人のものを盗るような真似をするやつじゃないとわかっていたくせに、その実、疑ってしまっていたからだ。
カレイを煮えたミルクの中に戻すと、フライパンはしばらく放置だ。続いて、じゃがいもや香草を敷き詰めた鉄板の上に下味をつけた塊肉を置き、オーブンのスイッチを入れる。時間のかかるものはこれだけでいいだろうか。そう考えながら、鍋を用意する。スープが必要だった。使う食材を考えているうちに、こんな事をしている場合ではないだろう、と気がつく。
モーディスは既読にならないメッセージを無視して、そのままファイノンに電話をかけた。繋がるまで。
*
ファイノンが帰宅したのは夜の八時過ぎだった。
家を出た後、むしゃくしゃしてはいたが、かと言ってどこへ行く気にもならず、どうせなら金曜日に残してきた仕事をしようと事務所のドアを開けると(開ける前に、何故鍵がかかっていないのかと疑問に思うべきだった)、今日こそ仕事をしないと言っていたはずのアグライアがそこにいて、「ちょうどいいところに来ました」と物理的に帰してもらえなかったからだ。
モーディスからのメッセージを見るのが遅れたのも、二時間近く鳴り続けていた電話に出ることができなかったのも、ただ単に仕事をしていたせいだった。仕事をしていなければ、きっといくら怒っていても三十分で出ただろう。彼が自分から電話をしてくるのは珍しいことだったから。
『俺が悪かった』
通話に出た瞬間、珍しく、落ち込んだ声でモーディスが口にした。その声を聞いた時には、もう、彼がどんな考えであんなことに口にしたのかは理解できなかったが、それでもすべてを許してあげようとファイノンは感じていた。
『今日は帰ってくるのか?』
どこへ行ったのかとも聞かないモーディスに、ファイノンは努めて優しい声で「帰るよ。でも事務所でアグライアに捕まったから、少し遅くなるかもしれない」と、疲れたフリをして答えた。本当は今すぐに帰りたかったが、手を出してしまった仕事を押し付ける相手がいなかった。
『そうか。
……帰る時間がわかったら連絡をくれ。その
……夕食を準備しておく。お前ともう少し話し合うべきだ』
「そうだね。僕もそう思う」
背後から「ファイノン、そろそろ手伝ってもらえますか」とアグライアが呼んでくる。逃げ込むにしたって職場はやめておけばよかった、とファイノンは自分の判断ミスを呪ったが、来てしまったものはどうしようもない。
「アグライアが呼んでるからそろそろ切るよ。終わらないと帰らせてもらえない」
それじゃ、と通話を切り、アグライアの元へ戻ると、彼女は感情の読めない顔でじっとファイノンを見つめ、「それで、和解はできましたか」と静かに口にする。
「え」
「あなたがあんな顔をするのは、もうメデイモスのことくらいでしょう。違いますか」
どんな顔だ? とファイノンは鏡を今すぐ確認したくなり、アグライアの隣にある姿見に自分を映そうとした。しかしアグライアに「さて」と手で視線を遮られてしまい、確認することはできなかった。
「もしかして今すぐ帰っても?」
「まさか。あと一時間は手伝ってもらいます」
仮に今後モーディスと喧嘩をして家を出ても、事務所に来ることだけはやめようとファイノンは誓う。
*
ただいま、とリビングの扉を開けたファイノンは、やたらと手の込んだ料理の数々が並ぶ食卓に目をしばたたかせた。おかえり、となんだかほっとした様子で呟いたモーディスは珍しくワインボトルを冷やし、グラスまで準備していた。エプロン姿で髪を縛っているモーディスのそばへ行き、「どうしてこんなに?」と尋ねる。
お互いの誕生日や何かの記念日であれば、今日のようにドラマに出てきてもおかしくない食卓になることはあったが、なんでもない日にこうなったことはない。
「作っている間は少し頭を使わずに済む
……と言うのは語弊があるが、お前にどう謝罪するか考えていた」
ファイノンは視線を伏せながら話すモーディスの顔を覗き込み、「もう怒ってない」と指輪のはまっていない手を取った。
先ほど冷えたボトルを拭いていたモーディスの手は冷たくなっていて、彼の指輪は食卓に置かれていた。衛生的じゃない、と調理中は必ず指輪を外している事を知っているのでファイノンは気にならなかったが、モーディスがしまった、と言うように唇を引き結び、眉を寄せたのが見える。
ファイノンはもう一度食卓を見、もし、今夜僕が帰らなかったら、あるいは数日帰らなければ、彼はこの食事をどうするつもりだったのだろうと考えた。ひとりでこんな豪勢な食卓につき、余った料理を冷凍するなりなんなりして片付けて、もし僕が数日帰ってこなければ、食べきれなかったものは処分してしまったのだろうか。そんな風に。
家を出た瞬間は頭に血が上っていて、数日帰らないぐらいがちょうど良いんじゃないかと思っていたけれど、意地を張らずに素直に帰ってきてよかったと心の底から感じていた。いくら怒っていても、そんなさみしい思いをモーディスにはさせたくなかった。
気まずそうに指輪のない手を引こうとするモーディスの手をしっかりと握り、ファイノンは「もう怒ってない」ともう一度口にする。本当はキスがしたかったが、モーディスが納得しないだろうと思って、今は辞めておく。
「あんな言い方をして悪かった。
……別にお前の心変わりを疑ったわけじゃない。俺が勝手に不安になって、言葉を間違えた」
ちら、とモーディスが視線を上げた先には、何故かファイノンの慈しむような瞳があった。本当に怒っていないらしい、と動揺し、同時に居心地の悪さも覚えて足を一歩退いたモーディスの手を、ファイノンが引き寄せる。
眉を下げて困った顔をしたファイノンが「うーん」と首を傾げる。
「よくわからないけど
……、もしかして君って、自分にあんまり魅力がないとでも思ってるのかい?」
「
…………………」
ファイノンの問いを肯定をするのには違和感があったが、否定をするのもなんだか性分に合わない、とモーディスは思った。
「
……お前に比べれば、そうかもしれないな」
数秒考えた末そう答えると、わかってないな、と言うように、ファイノンが大袈裟にため息をつく。
「どうしてこんなに伝わらないのか正直本当に不思議なんだけど、僕が君の特別になりたいと思っているのは、君が魅力的だからだよ。昔言った通り、僕から見たら、君を好きにならない人なんていないとしか思えない」
「そんなわけがあるか」
「こう言う時に冷静に反論してくるの、君の可愛いところだとは思うけどね」
ファイノンは繋いでいた手を持ち上げると、薬指の付け根に口付けを落とす。自分に向けられていたモーディスの瞳が揺れて、恥ずかしそうに伏せられる。それでも、ファイノンはモーディスの顔を見つめ、唇に手を触れさせたまま、「だけど」と続ける。
「君は僕を選んだ。だから僕は君を縛りつけるって決めた。これを渡した時には『できれば』なんて強がったけど」
ファイノンはもう一度薬指の付け根に口付けを落とすと、手を離して、モーディスの肩にそっと手を置く。
キスしても良い? 耳許でそう囁くと、モーディスが無言で頷く。唇にではなく、そのまま耳朶に音を立ててキスをすると、っ、とモーディスが息を飲んで身を震わせた。
「できればなんて本心では思っていないよ。
……わかるよな? だから今後は何があっても不安にならないで欲しいけど、もし不安になったなら、黙って愛されていて欲しい」
モーディスは黙ってファイノンの声を聞きながら、反論しようと思えばいくらでも反論できるな、とは、思った。お前は「縛る」なんて言うが、お前から俺を離すことだってあるんじゃないか、未来のことなんて誰にもわからないだろう、だとか。
けれど、それは口にしたくはない考えだった。いつかの別れに怯えるほど、人生に暇はないはずだったから。
「よし、これで終わり。仲直りしよう」
だから君からキスしてくれ、とわかりやすく甘えるファイノンに、モーディスは少し躊躇いがちにキスをした。
触れただけですぐに離し、じゃあ食事に、と視線を逸らした瞬間、メデイモス、と名前を呼ばれる。その声には、少しだけ不満が込められていた。
ファイノンに距離を詰められ、食器棚に体がぶつかる。
「
…………、
…………っ」
唇が押し付けられて、そっと甘噛みされる。反射的にぎゅっと唇を閉じていると、こら、とファイノンが囁いて、右手で腰をさすってくる。
「キスの仕方は教えただろ?」
ファイノンに上唇を甘噛みされ、モーディスはそっと唇を開き、もう一度キスをした。ファイノンの首に両腕を回し、唇の隙間から舌を差し入れる。腰をぐっ、と抱き寄せられて、思わず声が上がりそうになった。心臓が跳ねて、体温が一気に上がる。舌先をじゅっ、と強く吸い上げられて、びりびりと背中を電気が走っていく感覚がした。
「っ、ファイノン、そろそろ
……」
これ以上は良くない、と下腹部に熱が集まりかけていることに気がつき、モーディスはファイノンの胸を押す。こういう時、お互いびくともしないのは少し考えものだ、と考えながら「食事が冷める」となんとか口にした。
「
……そうだった」
忘れてた、と言うようにパッと笑顔を見せたファイノンは、ぎゅう、とモーディスを強く抱きしめ、頬に音を立ててキスをする。
ファイノンが体を離すと、紅潮した頬に安堵の表情を浮かべたモーディスが目に入った。
——さて、ひとつバカのフリをしておこう。
「でもまあ、僕が最初に君の親友に嫉妬したのは事実だから、もしかすると君が不安に思ったのは僕のせいかもしれないな。だからそんなに気にしなくていい。僕も過剰に驚いてしまったかなと思うし」
「
……………………」
モーディスはファイノンの態度に、これは芝居だな、と感じた。けれども、確かに過去、ファイノンが散々親友の話をすると不機嫌になっていたことも思い出したので、その芝居に乗ってやることにした。
最近はモーディスが親友と通話していても、終わった後に何も言わなくなっていたので忘れていたが、昔は必ず宥める羽目になっていたから。
「確かにお前が悪い」
「うわ責任転嫁早いな。
……まあいいよ、ちゃんと君と話をしなかったのは僕の落ち度だと思うしね」
そうして、二人はようやく仲直りの食卓についた。
*
「考えたんだが」
服を脱いだモーディスの唐突な言葉に、うん? とファイノンは首を傾げた。
「もうしばらくお前をあいつに会わせなくてもいいか」
「
…………別に君がそう決めるのはまぁ良いんだけど、
……今言う?」
「仕方がないだろう。まだあいつにはお前を見せたくないと思ったんだ」
モーディスはファイノンの腰の上で、むっとしたように眉を寄せている。
ファイノンが下着越しに熱を感じながら尻を揉んでいると、普段ならおい、と一言文句が落ちてくるはずなのに、今夜は何も言われない。
「それはどう言う意味で?」
片眉を跳ね上げて笑うファイノンに、モーディスはふん、と鼻を鳴らしてかがみ込んだ。
モーディスの金髪の毛先がファイノンの頬をくすぐり、シーツへ緩やかに流れていく。
モーディスはファイノンの唇に小さく音を立ててキスをしてから、もう一度重ねる。食事の前にした時とは違って、つまりはファイノンから散々教えられたように、別に恥ずかしがる必要も緊張する必要もないから、ただしたいようにしていいんだ、なんて、なんの参考にもならない事を言われた時のことを思い出しながら。
キスをするのが好きだ、と知ったのは、ファイノンと散々、こんな風に夜を共にしてからだった。
「
……お前は俺のものだからだ」
ファイノンの唇を舐めて口にすれば、そうだよ、と男が青い瞳に火を灯して答える。
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♪Take me hands(
)
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