ながひさありか
2025-03-05 23:19:30
3563文字
Public STR-Phaidei
 

ファイモス:モアザンワーズ

縁結びの木の下で子どもたちにプロポーズごっこをさせられる二人の話(ファイノンは振られる)です。全てが捏造。

 王子さまはわたしのプロポーズを受ける役で、ファイノンさまは先にふられる人の役ね!
 子どもたちの無邪気な声に、「僕とモーディスが逆じゃダメなのかい?」と思わずファイノンは口走った。だって格好が悪いじゃないか、とモーディスに視線を向けるが、彼はしゃがみ込んで何やら子どもたちと「打ち合わせ」をしているところだった。子どもたちは「どうして?」と無邪気に首を傾げ、ファイノンの提案は却下された。
 今日のごっこ遊びは「縁結びの木」の下でのプロポーズごっこだった。普段は年頃のものたちが婚姻の誓いを交わしたり、断ったり、人々が枕やクッションを持って木陰で休んでいる場所だが、今日はごっこ遊びに付き合わされている二人の黄金裔と、子どもたちの遊び場だった。
 ファイノンは完全に乗り気ではなかったが、モーディスが子どもたちの遊びに付き合ってやると決めてしまった手前、僕はやらないよとは言い出せなくなっていた。
「ええと、それで……僕は振られなくちゃいけないわけだね、モーディスに」
「うん! 王子さま、ファイノンさまのことはコッピドク振ってね!」
 おそらく大人たちの会話を耳にしたのであろう、覚えたてと思われる言葉をうきうきと口にする女の子に、モーディスは「得意分野だ」となぜか自信満々に言う。
……得意分野って、君、もしかしてものすごく酷い男なんじゃないか?」
「何を言っている? お前は庶民の出だから想像が難しいかもしれないが、地方豪族や貴族たちから我が子を相手にどうかと散々に迫られてみろ。断りが上手くなって当然だ。それよりも野史学者、せめて歯の浮くような詩でも考えておくんだな」
 真顔で詰めてくるモーディスに、いや、なんで君はそんな真剣なんだ……と言いたくなった。そもそも結果のわかりきった政略結婚(?)に傑作の詩を持ち出しても滑稽なだけじゃないか、と。
「それじゃあファイノン様からはじめ!」
「えっもう?」
 気づけば、モーディスはすでに木の下で待機していた。子どもたちが作ったのであろう花冠を頭に乗せて、なんの恥ずかし気もなく堂々と。こっそり見物していた市民たちも、あまりの恥じらいのなさに、逆につまらないと感じたのか自分たちのすべきこと、行くべき場所へと散って行くほどに。
 ファイノンは子供達に膝の裏をぐいぐいと押されて、気乗りしないまま歩み出た。
 モーディスの前で片膝をついて跪き、手を組む。
 それからええと……、と少し俯いた。何も思い浮かばない。いや、こんなすぐに浮かぶわけないだろう、しかも相手は子どもたちじゃなくてモーディスだし、と唸っていると、ファイノンさま早く〜、とモーディスに婚姻を了承してもらう役の女の子と、婚姻成立後にフラワーシャワーをまくつもりなのか、籠いっぱいに花びらをいれた別の女の子二人が文句を言う。
……もし『あなた』が僕の情熱を受け入れてくれるのなら、二人でこの世の永夜を晴らして行きたい。だからどうか、気持ちに応えてはもらえないか?」
 散歩の間に、そんな風にプロポーズをしている男女を耳にした。ファイノンはなんとかそれを記憶の引き出しから引っ張り出して口にする。せめて一晩時間をもらえたのであれば、となぜか真剣に反省しながらも、一刻も早く終わって欲しい気持ちでいっぱいになっていた。
 無言でこちらを見下ろしているモーディスに「何か言ってくれ」と言いそうになったが、そう言えば、断られる場合、相手は無言を貫くのだと思い出した。
 ちら、と手を組んだまま顔を上げると、凪いだ金色の瞳と視線が交差する。しかしモーディスがほんのわずかな瞬間、眦と口許を緩めたような、そんな気がした。
 見間違いか、と疑った瞬間にはもう、彼は真顔で自分を見下ろしている。本当に見間違いだったかもしれない。急に心臓が慌ただしく打つのを感じ、喉が渇く感覚がした。
……ぁ、……僕もだめだったようだ」しどろもどろ、儀式の続きを必死に思い出す。「……君にいい縁があることを祈っている。ただ、君を一途に想うものがここにいることをお忘れなく。その名はエリュシオンのファイノンだと——
「ファイノンさま、もうおかえりください。これ以上王子さまの時間うばってはいけません」
 儀式の結びを引き取って、後ろで待機していた女の子がファイノンの肩を叩いた。
 ファイノンは自分の奇妙な感覚を誤魔化すためにパッと笑顔を向けて立ち上がると、やれやれ、とごっこ遊びに付き合わされた大人として、大袈裟にため息をつきながら脇に避ける。
 たった数分のやり取りなのに本当に疲れた、となぜか跳ねたままの胸を押さえていると、目の前で婚姻の儀が進められている。
「王子さま、かがやかしいひと、どうかわたしが名乗ることをおゆるしください」
 幼い、けれども緊張した子どもの言葉を、モーディスは真剣に聞いている。
 わたしのおもいにこたえてください、と女の子が告げて数秒経ってから、モーディスは考えるような顔をして、「わかった」と短い了承を口にした。浪漫もクソもないじゃないか、とファイノンは野次を飛ばしそうになったけれど、じゃあ真剣な言葉を返すモーディスが見たかったのかと言われれば、別に見たくはない。なぜか複雑な気分だった。
「負け犬」役のファイノンがぼんやりと眺めていると、モーディスが女の子を抱き上げた。籠を持った子どもたちがきゃあきゃあ言いながら花びらをまき、おめでとー! と飛び跳ねている。モーディスは子どもたちに乞われて、結局全員を入れ替わりで抱き上げていた。平和で微笑ましい光景だったが、プロポーズごっこはどこに行っちゃったんだ? と苦笑した。

 掃除をするまでが遊びだ、と真剣な声で言ったモーディスと共に子どもたちと池に浮いた花びらまですくって片付けると、夕食の時間が近くなっていた。
「ファイノンさま、王子さままたあしたね〜」
 ファイノンは両親に呼ばれて家へ帰って行く子どもたちに笑顔で手を振りながら、でも、明日もこの遊びをやりたいって言われないといいな、と内心で考えていた。
「お前には詩の才能がない」
 子どもたちの姿が見えなくなった途端、モーディスがまるで、心底がっかりしたとでも言うように呟いた。
「いやいやいや、君だって突然プロポーズをしろと言われたら頭が真っ白になるよ……
「ふん。あれがお前の言葉であれば文句はつけなかったが、ほとんどテンプレートだろう。つまらないことを言うやつだ。あれでは受けたくとも受け入れられん」
……それ、つまらなくなかったらちょっとは考えてやったって聞こえるけど」
 わかってるのか? とモーディスに視線を向けたことを、ファイノンはしばらく後悔した。
——まあ、あれはただのごっこ遊びだが、お前の『いつか』のために整えておけよ、野史学者」
 口から発せられる言葉の刺々しさと、モーディスの声音は一致していなかった。ひどく優しい声で、眉を少し下げ、仕方のないやつだな、と慈しむような表情でファイノンを見返している。
『だからそうだと言っているだろうが』、と言外に言われたような気がし、ファイノンはぱちぱちと目をしばたたいた。
 無言で「何か」を考えているうちに、「俺もお前も夕食にすべきだろう。じゃあな、救世主」とモーディスが静かに去って行く。

   *

 別にこれは「そう言う」ものじゃないから、とファイノンは運良く、しかしようやく掬い上げ、持ち帰ってきたリングをミハニの陽光に照らしながら考える。
 ハートヌスに修理を依頼し、「もしモーディスが君を訪ねたら渡してやってくれ」と頼んでおく。自分で渡すべきだとハートヌスはファイノンの苦労を考えて口にしたが、
「いや、僕が手配したことを彼には気づかないで欲しいんだ。僕たちは色々と複雑だから」
 ともっともらしく答え、ともかく僕のことは話題にしないように、と言い含めた。ハートヌスはあまり納得がいっていないように思えたが、それでも、了承したと首肯する。

 夕食を手配する帰りに、縁結びの木が目に入る。
 もしあの時、本当に自分の言葉で想いを伝えていたのであれば、僕たちはこうはならなかったのだろうか?
 しばらく真剣に考えてみたが、それはあまりにばかばかしく、ありえない仮説だった。
 どちらかが黄金裔でなければ離別しない未来は成立したかもしれない。しかし、どちらかが黄金裔でなければ、モーディスと自分がこんなにも長く肩を並べて過ごすこともなかっただろう。
 婚姻だなんて、いずれ半神を担う英雄たちには縁のないものだった。
 神話の上で結ばれる神々はいたけれど、それはモネータとサーシスのものであったから。


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