お互い仕事が忙しく、映画館に見に行けなかった映画の配信が昨日から始まっていた。今夜見ないか? と午前中にメッセージを送っておく。明日は二人とも休日だったから、多少夜更かしをしても問題はない。勿論僕かモーディスのどちらかが眠たければ後日にまわしたっていい。
モーディスは閉店業務があるからいつもより遅くなる、と言っていたので、夕食は外で簡単に済ませて帰宅した。シャワーを浴びてくると、アグライアから仕事のメールが入っていた。
面倒じゃないといいな、と思いつつ開いた。緊急であれば通話がかかってくるが、緊急でなくとも返事をしないと翌日面倒なことになる場合が多い。退勤後もお構いなしに普通に仕事の連絡をしてくるアグライアはワーカーホリックすぎる。給料がいいのである程度の暴挙は許容しているが、こんな感じだからこの事務所には人がいつかなくて、広報担当だったはずの僕は今ではなんでも屋になっている。
メールは次のコレクションに向けてのWEBや雑誌インタビュー記事の一次内容確認依頼だった。どれも締め切りに余裕があるので、確認しておく旨だけ返信する。
退勤後に仕事をしてしまったので、モーディスが帰ってくるまでに気分を切り替えようと適当なワインを開ける。モーディスもたまに飲む甘めの赤ワインだが、これは僕も気に入っていた。
だらだら一人で晩酌していると、二十三時近くになって、ようやくモーディスが帰宅した。映画は明日でいいかな、と思いつつ出迎えると、シャワーを浴びてくる、とそのままシャワールームに消えていった。その横顔が少し赤いような気がしたが、声がいつも通りだったので、風邪とかではなさそうか、とあまり気にしないことにした。
のだが。
「……映画は明日にしようか?」
「何故だ?」
何故って、だってさっきから全然君は見ていないじゃないか。
と、口にしたかったが、なんとなく今夜は話がきちんと通じない気がして黙ってしまう。
三十分ほど進んでしまった映画の内容が全く頭に入ってこないまま、一応、顔は画面に向けておく。映画を見ているふりをして、完全に悶々としながら。
ソファに並んで座って映画を再生しはじめたまでは良かったが、今夜のモーディスは最初から映画はどうでも良さそうだった。何故なら僕の左手はモーディスにずっと握られていて、左膝の上にはいつのまにかモーディスの右足が乗っている。首筋にモーディスの乾き切っていない髪が触れている。そうして、ぴったりと僕にくっついているモーディスは少し赤い顔をしていて、いつもより体温が高い。
モーディスのちょっとアルコールのまざった吐息が肌にかかるのを感じ、さっきからずっと悶々としていた。
酔ってる? そう聞いたのは、シャワーを浴びてきたモーディスが下着姿でキッチンに立ち、水をがぶ飲みしたかと思うと、そのままソファへふらふらと歩いて行ってしまったからだった。
仕事帰りに飲んできたのか? とモーディスなら絶対にしないことを不審に思いつつ尋ねると、「いや、貸切予約の食事会があってな……」と赤い顔で溢され、とりあえずシャツとスウェットパンツを慌てて持ってきて着させる。
飲まされたのか? と尋ねた自分の声が強張っていたのはわかったが、繕うのは難しかった。不愉快を隠せない僕とは裏腹に、ほろ酔いのモーディスはなんだか機嫌が良さそうで、僕の頬を撫でながら「誤解するな」と笑う。
聞けば、来月、スタッフの知り合いの貸切で食事会の予定があり、「ワインが好きな人だからペアリングを頼まれた」とのことで、スタッフと色々飲んで試しているうちに飲みすぎた、らしい。
確かに食事も扱ってはいる店だが、基本的にはスイーツがメインで、カフェに分類される筈なのにどんな客だよ、と考えていると「雇用主の親戚がカフェのスタッフにいる。その縁だ」と口にする。ようは、経営者のわがまま対応だと言うことらしい。普段、アグライアの横暴経営……ワーカーホリックさに振り回されている僕としては同情を禁じ得ない。
そう言うわけで、目許と頬を赤くしたモーディスに「映画は明日にしようか」と言ったのに、「いや、見るからかけろ」と促されて再生を始めたわけだが……。
モーディスは画面を見ずに僕に寄りかかったまま、時々僕の顔を見上げては、握った手に力を込め、しばらくしてから緩めるのを繰り返している。
僕が顔をモーディスに向けようとすれば「見ないのか?」と聞いてくるし、「やめようか」と尋ねれば「見る」と返ってくる。さっきから延々とそれの繰り返しだった。最初から映画を見ていないのは明白で、僕も完全に気が散っていた。
リモコンに手を伸ばして消そうとすると、ファイノン、と静かな声で呼ばれ、続きは発されなかったが、消すな、と言われた気がした。視線を感じて寄りかかっているモーディスの顔を覗き込むと、予想通り、モーディスがじっと僕を見ている。
いつもより水分を溜めた金色の瞳が、部屋の照明を取り込んできらきらと輝いていた。瞳の虹彩がちかちかとまたたく様が綺麗で魅入っていると、そっと握られていた手が離されて、太ももを指先で撫でられる。思わず体が跳ねた。
普段のモーディスは「酒は体に悪い」と言って殆ど飲酒には付き合ってくれないし、どんなに言いくるめても飲んで一、二杯だった。仕事なら飲むのかよ、と理不尽な嫉妬が沸かないでもなかったが、こんな姿になったモーディスを見るのは初めてで、正直結構興奮した。
全く見ていない映画をBGMにしながら、モーディスの頬に手を添えて、そっと持ち上げた。触れた頬の熱さに心臓が早くなるのを感じながら、顔を近づけて行く。普段は閉じられる瞳が閉じないな、と思いながらそっとキスをすると、ふ、とモーディスが口の中で笑う。
「どうして笑うんだい?」
唇に触れただけで離すと、そうか? とモーディスがじっと僕の顔を見つめてくる。眦を少し下げた微笑みが綺麗で、その上、なんだか幸せそうだ、と感じた。
指を伸ばしてくるモーディスの動向を黙って見ていると、親指の腹で唇を柔らかく撫でられ、顎先にキスをされる。
できれば唇がいいんだけど、と思いながら腰に手を伸ばしてそっと手を置く。シャツの中に手を差し入れて、背骨の関節を指で下からゆっくり、数えるみたいに真ん中の方までそっと辿る。顎に唇を置いたままのモーディスが小さく声を上げて、肌に直接熱い息が落ちた。
「お前が着せたくせに、もう脱がせたいのか?」
囁くような、それでもすでにしっとりと濡れた声だった。
モーディスが僕の正面に移動してきて、両膝をソファについた。両頬が熱い手に包まれていて、それだけで気持ちが良かった。
「僕は脱がなくてもいいと思ってるけど、君が脱ぎたいなら」
腰を撫でながらじっと見上げていると、鬱陶しそうにモーディスが髪を右耳にかけた。普段は三つ編みをしている部分に違和感があるのか、単純に視界が悪すぎるのかどっちだろう、と思いながら、反対側の髪を耳にかけてあげようとすると、そうする前に唇を塞がれる。
「っん……………、…………ふ、」
何度か触れ合うだけの口付けを繰り返していると、熱い舌が僕の唇を舐めてくる。そっと唇を開いてあげると、屈んだモーディスの舌がぬるりと滑り込んで来る。いつもは甘いだけの舌から、ワインの味がちょっとだけしていた。
シャツの裾を少し捲り上げて、背骨をもう一度下から数えるようにつつく。どうしてか、モーディスは背骨の真ん中のあたりを触られるのがすごく弱い。そこをとん、とつつくと、吸っていた舌がぎゅっと縮こまって、体がわかりやすく震えた。
力の抜けた熱い体がのしかかって来るように落ち、こら、と僕を嗜めてくる。
僕の肩を手を置いたモーディスの顔を覗き込むように見見上げれば、さっきよりずっと目許と頬が紅潮していた。
「このままここでいいのかい?」
ちょっと体を揺すって腰を押し当てるようにすると、ふ、と満足そうにモーディスが笑って、自分の唇を舐めた。
「どこだって構わない」
噛み付くようにキスをしてくるモーディスのボトムに手をかけて、下着の上からそっと撫でた。
余裕そうなふりをしてるけど、君の方がずっと硬いじゃないか。
とは、言わないであげた。
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