買い物に行くけど君はどうする? に対しての返答は「今日は書斎の片付けをするのに忙しい」だった。そういえば先週あたりに「もう本をしまう場所がない」と嘆いていたのを思い出した。書斎は殆どモーディスの蔵書で埋まっていて、僕の仕事の資料は棚半分ほどしかない。
彼はああ見えて読書が好きだ。本来ならさっさと電子に移行すべきだと考えているらしいが、未だに慣れないとかで、基本的に物理で所有している。そう言うわけで、部屋の一室を書斎にすると言うのは、引越しに際してどうしても譲れない一点だとモーディスは言った。
僕としては趣味で収集している骨董品をしまっておく物置部屋が欲しかったりしたけれど、引越し前、モーディスのベッドや部屋の机、果ては床にさえ積み上がる本を見て、まぁいいか、と部屋を持つのは諦めた(結果的に倉庫を借りているので場所の問題は解決している)。
そう言うわけだったが、結局、棚の空きがなくなってしまったらしい。
処分のリストアップをする必要があると真剣な顔で言うモーディスに、じゃあ買い物ついでに必要なものを買ってくるからリストを送っておいてくれと伝え、家を出た。
数時間後、頼まれた通りの日用品や食材を買って帰宅した。
家の中は片付けをしているとは思えないほど静かだった。もしかして片付けを早々に終えてどこかへ出かけたのだろうか、とない可能性を思い浮かべながらスマートフォンを確認する。しかし、買い物の完了報告にも既読がなかった。
念のため玄関を確認したが、彼の靴は全てきちんと収まっていた。どこかへ出かけてはいないらしい。
「モーディス? いないのかい?」
荷物をリビングへ置き、声を上げてみる。返事はなし。寝室を覗く。やっぱりいない。
もしかして書斎で読書でもはじめてしまったのだろうか、とノックをするが、ここも返事はない。
「モーディス?」
時々あることだったが、もしかすると読書に夢中で声が聞こえないのかもしれない、と思いながら書斎のドアを開ける。
視界のはじに、床に投げ出された両足が映る。
「モーディス!?」
慌てて部屋に踏み入り、思わず大声を上げてしまう。
モーディスは部屋の奥で、壁に寄りかかるような格好で、本のページに指を挟んだまま目を閉じていた。
一瞬、頭の上に本でも落ちてきたのかと思ったが、すうすうと寝息が聞こえている。
「……寝てる?」
もしかして整理をする途中で読み始めて眠ってしまったのか? と、床に散らばっている本を見ながら考えた。眠っている彼の隣に置かれた段ボール箱にはまだ本が数冊しか入っていない。
眠っているモーディスの手から、指の挟まれていたページを閉じないように本を取る。そばにあった古本屋のチラシを栞がわりに挟んで閉じると、とりあえずそばの適当な棚に横向きに置いて肩を揺さぶる。
「モーディス、おーい、」
「…………ん……、」
「寝るならせめて床じゃなくて、ソファに行った方がいいと思うけどな〜」
肩を何度か揺さぶると、眠たそうに、瞼がゆっくりと開かれた。僕の顔を見て不思議そうな顔をしてから、手許に視線を下ろし、あれ、とでも言うように眉を寄せる。
「持ってた本はそこに置いたよ。栞も挟んである」
「……お前にしては気が効くな」
意外そうな顔をするモーディスにちょっとだけむかついたけれど、寝起きなので頭が回っていないだけだろう。棚から本を取り、はい、と手渡してやる。
「寝るにせよ続きを読むにせよ、とりあえずソファに行ったらどうだい? 床じゃ体を痛める」
「いや、読むつもりはなかった。片付けを……」
「してなかったみたいだけどね?」
「処分してもいいか内容を確認していただけだ」
むっとして言い返してくるモーディスに、ああいえばこういうな、と考えつつ、「まあいいや、とりあえず買い物はすませておいたから、後で確認しておいてくれ。確認と片付けを続けるならご自由に」と床から立ち上がる。
散らばっている本を踏まないように部屋を出て行く僕の背後で、モーディスは小さくあくびをし、床に散らばっていた本を集め、元の場所へしまっているようだった。果たして本を処分するのが早いのか、書斎が埋まってしまうのが早いのかどちらだろうか。
そう思いつつ部屋を出、出かける前にスイッチを押していた食洗機から食器を取り出して棚にしまう。
十分ほどしてから、モーディスはさっき読んでいた本を片手にリビングへ出てきて、ソファに本を置く。
それからいつもそうしているようにキッチンの電気ケトルでお湯を沸かし、コーヒーミルで豆を挽き始めるのをぼんやりとダイニングテーブルに座って眺めていた。
「いつも思ってたんだけど」
「なんだ」
「別にインスタントでもいいんじゃないか?」
「コーヒーの話か?」
「うん。だって君はあんまり飲まないだろう?」
ガリガリと会話をしながら豆を挽いているモーディスの首が、「何を言っているんだお前は」と言うように微かに傾げられた。
だけどモーディスは基本的に甘いもの(フルーツジュースが年中冷蔵庫に数本ストックされている)が好きな男で、紅茶なら砂糖と牛乳を欠かさない。コーヒーにするにしたって牛乳が半分以上か、蜂蜜やココアがたっぷり入ったものが好きだ。反面、僕はそれほど拘りがない。職場では適当にインスタントの粉末を入れて、お湯も適当に注いだ色水(と、アグライアは批判する。別に飲むのに支障はないのにだ)飲んでいるくらいなので。
「それとも、どうせならエスプレッソマシンを買った方がいいのかな。僕はさっぱりわからないから君に任せるけど」
エスプレッソマシンを買うなら置き場を作らないとだめかな、と考えていると、モーディスは僕の言葉を無視し、紙のフィルターを敷いた入れ物に挽き終わった粉末を移して、丁寧にコーヒーを淹れている。
「聞いてる?」
「淹れてもらっておきながら、わがままなことを言うなと思っているだけだ」
「………………」
それはそうかも、と思うのと同時に、別に今はいれてくれとは言ってないのに、なんでちょっと不機嫌な顔をしてるんだ? と思った。
もう少し理由を考えてみよう。
「別にまずいとかそんなことは思ってないよ、いつも美味しいしね。ただ、」
手間じゃないか? と言おうとした途中で、そもそも彼は料理が好きなんだし、コーヒーを入れるのはそれほど手間じゃないのかもしれない、と気がついた。
話している途中から、コーヒーのいい香りが漂ってきていた。ぽたぽたとコーヒーが落ちていくのを眺めて、結局、中途半端に口を閉じる。
結局モーディスはマグカップに僕一人分のコーヒーを注ぐと、お湯を沸かしなおして、適当にティーバッグで紅茶をいれている。なんだよその差は、となんとなく意図がわかって恥ずかしくなりながら「余計なことを言った」と口にした。
「勝手に完結するな」
「じゃあ説明してもらってもいいかい?」
「買い物への礼だ」
「自分の買い物のついでだよ」
モーディスがマグカップを運んで来る前に、彼のそばへ行く。して欲しそうな唇にキスをして、いつもいれてくれてありがとう、と素直に口にした。
満足そうに口角を持ち上げたモーディスと目が合い、もう一度口付けた。
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