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ながひさありか
2025-02-27 19:52:15
3724文字
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STR-Phaidei
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ファイモス:幼年期の終わり
二週間くらい前からファイノンにこの台詞を言わせたいなとぼんやり考えてたんですが、シチュエーションがうまく浮かばないなあと思っていたところ公式に滅多刺しにされたので一旦自傷行為をしておきます。
『いつかは別れが来るとわかっているのなら構わない』
モーディスにはじめて好きだと言ったその日、最初は何を言われたのかわからなかった。
はじめから終わりを考えている彼のことが理解できなかったし、本気にしてもらえなかったのだと思っていた。
馬鹿にするならもっとはっきり断ってくれと憤慨した僕に、モーディスは表情を変えず、「そう受け取るのであれば、聞かなかったことにしてやる」と淡々と口にした。
それから暫く経ち、結局僕はまた彼に好きだと口にした。モーディスの答えは前回と変わらず、いつかは別れが来ることを自覚しているのなら構わない、と言った。なぜそんなことを言うんだ? と尋ねた僕に、彼は真っ直ぐに僕を見つめ、
『俺は黄金裔である前にクレムノスの王位継承者で、一族を導く責務がある。もし責務とお前を天秤のかける日がくれば、お前を選ぶことはできない』
と口にした。
今であれば彼の細かな機微を理解することができるが、その時のモーディスの口調はひどく抑制されたもので、当時の僕にはわからなかった。
彼の言うことはやっぱり僕にはまだ理解できなかったが、いつかは考えを変えてくれるかもしれないと少しだけ楽観視していた。あるいは、ただ単に真剣に考えようとしなかっただけかもしれない。僕はモーディスが好きだった。ただその一点で、すべての疑問に目を瞑ることにした。
いざ関係をはじめてみると、結局、すべての過程でいつかは別れる日が来るのか、と考えてしまう。
彼とばかな対決をしてアグライアに叱られたり、算数があまりにできない彼に一生懸命教えてやったり、反対に歴史を教えてもらってさっぱりわからず「お前はもうそのままでいいから、必ず他人に教えてもらえ」と呆れられ怒ったり笑ったり、珍しい甘味を救助した市民からもらって彼にお裾分けし、嬉しそうに食べている顔を見て好きだなと思ったり、口付けを交わした後の瞳にちかちかと星がまたたく様が綺麗だなと思ったり、血溜まりから立ち上がった彼の異形のような姿に正直ぞっとしたり、たった一人で暗黒の潮の化け物を対峙する姿に見惚れたり、彼の背中を護ることに誇りを覚えたり、くだらないことで喧嘩をして三日は口を聞かなかったり、結局僕が折れて謝りに行き、最初から許してくれているのに渋々許すふりをして部屋に入れてくれたり、そんな風に長い年月を彼と過ごし、いろんな感情と思い出を共有して、別れが来る日なんて想像しなくなりたかったのに、英雄であり王子である彼と一緒に過ごす時間が長くなれば長くなるほど、ふとした瞬間、責務と相手を天秤にかけた場合、必ず世界を選ぶことが嫌というほどわかってしまう。
はじめは彼の言葉が理解できなかった僕も、そうせざるを得ないことはわかっていた。
どんなに愛していても、どうしても、何が条件でも、自分の感情を優先することは永遠にできないのだと理解してしまった。
いつかは必ず別れが来るのが変えられないのであれば、傷の浅いうちに離れてしまいたい。せめてただの戦友として、好敵手として過ごしていたい。何度もそう考えて、何度もモーディスとは距離を置こうとした。
モーディスは僕が別れを切り出せばいつだって静かな顔で「そうか」としか言わなかった。その顔と声を聞くと、愛しているのは最初から僕だけで、モーディスはいやいや付き合ってくれていたのかと悲しくなるのと同時に、本気でないなら最初から相手にしないでくれと憤っていた。
彼のその態度は抑制されたもので、だけどその頃には、本心を口にしていないことを知っていた。
オクヘイマで屋根の上から遠くを眺めている時の表情や、戦い終えた戦場で朝陽に疲弊した表情を灼かれている時に、彼がひどく消耗しているのを感じることがあった。果たして彼の横に立ち、抱きしめて、対等に歩めるのは誰なのかと考えると、それはこの世では僕しか思い当たらなかった。過去に傷を持つ者同士の傷の舐め合いと言われればそれまでだったけれど、僕も、そしてきっとモーディスにも、それが必要な瞬間があったと思っていた。
過去の悪夢から逃げ出したくてたまらない時や、どうしても埋められない寂寞感や虚無を誰かに一時でもいいから抱きしめて、埋めて欲しかった。けれど一体、黄金裔は誰に救済を求められるというのだろう?
結局僕は何度も慰めを求めてモーディスと復縁したし、寝所で彼をあばいて思う存分泣かせてやりもした。彼の力強い心臓の音を聞いて、熱い肌に触れて、触れられて、そうしてようやく眠れる日があった。どうしようもなく求めあった瞬間、そのたびに、陽の落ちないオクヘイマの分厚いカーテンのうちがわで、今夜が永遠になればいいのにと思っていた。
——
君を失いたい。
何度も離れようとしては戻ってくるのを繰り返し、僕はいつしかそんなことを口にした。君を失いたい。失っても平気な僕でいたい。そんな自分にはなりたくない。だけどやっぱり、誰かを失うことに慣れてしまいたかった。
いつかは本当に、モーディスとさよならをする日が来るだろう。不死の彼より先に、僕が死ぬ可能性の方がずっと高かったから。
その別れが平穏で円満なのか、恐怖と絶望の最中なのか、それは僕にはわからなかった。人は誰だって死に行くもので、戦場に立つ期間が長くなればなるほど、あっけなく命は手のひらから零れ落ちていった。僕の命がそうならない保証はどこにもなかった。幾百幾千の別れを経験し、いっそ心が麻痺する瞬間が来てしまえと願うのに、僕は相変わらず救えなかった命に傷ついて、救った人々の感謝で生きていた。
君を失いたい。
震える声でこぼした僕を抱きしめるのを、モーディスは珍しく躊躇した。けれど結局彼は僕を無言で抱きしめて、落ち着かせるように髪を優しく撫でてくれる。彼は何も言わずに、僕が答えを出すのをいつだって待っていた。自分の言葉の持つ力を、彼はよくわかっていた。一度でも口にしたものは取り消すことができないのだとよく知っていた。
君を愛している。だからもう離れたい。お前のことが好きだ。だからどうしようもなく、許されるかぎりそばにいたかった。
いつかは別れる日が来るとわかっておけ、とモーディスは僕が許しを願い出るたびに繰り返した。優しい顔と声で、僕の髪と頬を撫でて、背中に手を置いて僕を受け入れた。
頭の片隅にいつかのさよならの言葉を浮かべながら、長い間、オクヘイマで彼と肩を並べていた。
その日がついにやってきたと言うだけのことだと思っていた。もう散々考えて、とっくに何も感じなくなった筈だと信じていた。だけど現実はそんなにうまくはいかず、僕はただただ引き裂かれて苦しんでいた。
——
君を失いたい。
最後の逢瀬くらい甘ったるいことを言えばいいのに、離れたくなくて、反対に傷つけて欲しかった。モーディスの背中に口付けて、この辺りを刺せば今すぐに失えるのにと考えていた。
もちろんそんな馬鹿な真似ができるはずもないのに。
情けなくも泣いて口にした僕に、モーディスははじめて、そうか、と口にした。
最後に言うのがそれなのかい? と顔を覗き込もうとした僕の頭を掴んで、モーディスががっしりと押さえ込んでくる。
俺はお前を失いたいと思ったことはない。
モーディスは声を聞かれたくないというように僕の髪に顔を埋めて、小さく震えていた。
愛しているから、もう終わりにしよう。掠れた声だった。
目が覚めてカーテンを開ける。
オクヘイマの眩しい陽射しがモーディスの美しい顔を照らし、その姿を僕の目に焼き付けようとしていた。
眠っている姿はまるで永遠に壊れることのない彫像のようだった。
髪を梳き、頬を撫でる。瞼に唇を落とすと、目を覚ましたモーディスが無言で僕の顔を押しのけ、たりはしなかった。
そんな顔をしてどうした? まるで普段通りのやり取りのように、モーディスの声は穏やかだった。
いや、君がきれいだとおもって。
素直に口にした僕に、この答えは予想していなかったのか、モーディスはちょっと間抜けな顔をして、ぱちぱち、と瞬きを何度かした。
紛争を継ぎ、みんなの前で、なんだか憑き物が落ちたように落ち着いてしまった彼とは違い、僕のよく知っている、くだらないことで怒って、しょうもない勝負に本気になって、甘いものを食べて幸せそうな顔をして、僕とトリビー先生の会話に入れず不思議そうに首を傾げたりする、ただの何者でもないメデイモスがそこにいた。
——
HKS
ばかが
小さな罵りは、何度か聞いた、僕にはうまく発音できない彼の言葉だった。
オクヘイマを笑って去っていく彼に背を向け、僕は日常へと戻って行く。
彼の足跡を確かめる真似はもうしたくないと思ったけれど、視線は彼の姿を捉えようと彷徨ってしまう。
彼のいない日常に慣れるのには、きっと長い時間がかかるだろう。
さようなら、僕の愛する人。
君のいなくなったここで、僕はこれから幾日も君を想うだろう。
世界を救うその日まで。
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