ながひさありか
2025-02-16 23:41:34
4827文字
Public STR-Phaidei
 

ファイモス:救世主かく語りき

酔った勢いで寝た二人の続きです。
死んだら肉体は再生するってことでいい? と執拗に聞いてたのはなんで? という話なのでファイノンの頭がかなり残念です。
付き合ってないけど情はあるしやることもやってる。

前回→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24024622

 モーディスが訓練場でオクヘイマ人(正確には「クレムノス人ではない」)若い兵士を指導していると、終わりがけにファイノンがやって来た。ファイノンは兵士がクレムノス人ではないことに気がつくと、意外そうな顔をした後、「オクヘイマ人とは馴れ合わないんじゃなかったか?」と何故か不機嫌そうな声で、明らかにモーディスに喧嘩を売ってくる。
「俺は頼まれたから指南してやっただけで、貴様に文句を言われる筋合いもないだろう。……救世主は機嫌が悪いようだ。お前たちも癇癪を食らう前に散れ」
「僕はただ単に珍しいなと言っただけだよ。木剣まで持ってるじゃないか」
 徒手空拳の戦闘スタイルの筈のモーディスの手には、木剣が握られていた。彼に指南をされていた兵士の腰帯にも剣がささっている。
「別に剣を扱えないと言った覚えもない。普段は面倒だから使わないだけに決まっている。最も、クレムノス人は槍術の方が剣より得手ではあるがな。——ともかく」モーディスは顔を見合わせていた兵士に向き直る。「貴様らはまず体力をつけた方がいいだろう。敵を倒すより先に倒れては意味がない。朝晩走り込んでおけよ」
 腕を組んだモーディスがそう言って顎で示すと、三人の若い兵士はオクヘイマ式の敬礼をして去って行く。その背を見送っていたファイノンの横顔を見ながら、モーディスは「最近やたらとつっかかってくるな」と眉を寄せた。
「そんなことはないだろ。それより、どうして今朝の手合わせに来てくれなかったんだ? てっきり返信もないからまだ休んでいるのかと思ったのに、君を探して市場で侍者に尋ねたらここにいると聞いたから来てみれば、君は——
 ファイノンの言葉が不自然に途切れ、モーディスは小さくため息をつく。ファイノンの揺れる瞳には、自分の発言のおかしさに気がついたような色が混ざっていた。
 約束を違えられた子どものような癇癪を起こしていたファイノンが口許をかすかに歪め、少し恥ずかしそうな顔をするのに追い討ちはせず、モーディスは木剣をそばへ寄って来た侍者へ渡す。
「たとえ一日でも鍛錬を休めば体が鈍る感覚はお前もわかるだろう。体慣らしついでに指導してやっただけだ。それから、石板は今朝は見るのを忘れていた。何かあればアグライアかトリスビアスが直接呼びに来るだろうと思っていたからな。ちょうど体も温まった頃合いだ、今からお前を叩きのめしてやってもいいがどうする?」
 モーディスが挑発するようにファイノンを見やれば、
「もう少し休んでおけばよかったなんて泣き言を言うのはやめてくれよ」
 と、ファイノンが剣を抜く。

   *

 逆に考えすぎだろう、と自分に言い聞かせるのが四度目を越えたその夜、モーディスはやはり自分の疑念は正しいのではないか、と感じた。かと言って、疑念をファイノンに直接質してもきっと望んだ答えは得られないだろう。誤魔化されると言うより、本人には自覚がないように思えたからだ。
 ネクタールの飲み比べで前後不覚になり、勢いでファイノンと寝てしまってから、早くて数週間、長くて四ヶ月ほどの間をおいて、時々ファイノンと同衾する生活になっている。声をかけて来るのはいつでもファイノンからで、モーディスからは声をかけようとは思わなかった。
 声のかからない間、熱を持て余す夜は確かに何度かあったが、ファイノンのように他の誰かと解消する気にはなれなかった。クレムノスにいた頃は戦勝祝いだと奴隷をあてがわれることもあったが、熱で他人に惑わされるなと幼い頃から師や古馴染みの侍者から口を酸っぱくして言われていたからか、体の反応とは裏腹に、いまいち気が乗らない行為だった。
 色恋で身を滅ぼすのは王位継承者として一番あってはならないことで、最も愚かなことだった。一介の戦士ならともかく、自分がそうなれば民も家臣たちも失望させてしまうだろう。だからオクヘイマに身を寄せてからは、誰ともそう言う関係になったことはなかった。
 モーディスにとって、身に燻る熱は誰かと解消するものではなく、ただ耐え忍ぶものだった。それを不幸だと思ったことはなく、浮気をして妻に張り倒された兵士を見ても、好いた相手に振られたと戦地へ赴く前に自暴自棄になって飲み過ぎている兵士を見ても、羨ましいとも思わず、ただただこうはなるまいと自戒の念が積み上がるばかりだった。
 だったはずなのだが、とモーディスは現状を少しだけ疑問に思う。
 普段、相変わらず一夜限りとして誰かと寝ているらしいファイノンが、「何か」をきっかけとして自分に声をかけているらしい、と感じていた。別に不特定多数と関係があろうがなかろうが、以前も本人に言った通り、刃傷沙汰やらなんやら、騒動にならなければモーディスにとってはどうでもいいことだった。ファイノンの相手に嫉妬したこともないし、ファイノンに怒りを覚えたこともない。何よりファイノンは心の繊細な男だから、他人の熱が欲しいこともあるだろう、と憐憫に似た想いを抱いてた。
 ファイノンとこうなる以前、過去について彼の口から聞いた時、彼が捨てられた雨風に曝されている孤独な犬のように、あまりに悲壮そうな顔をしているのが哀れで、思わず抱きしめてやってしまったことがあった。
 モーディスは母親と直接話したことはないし、抱きしめられた記憶もないが、師から語られる母の面影や家臣と民、それから今は亡き戦友の愛情に囲まれてこれまで生きて来たと自負していた。喪ってきたものも最初から手の中になかったものもあるし、彼らの信頼の代わりに責任が重く双肩にのしかかって来ることはあったが、少なくともファイノンのように、オンパロスを流浪する間、真に孤独ではなかっただろうと思っている。
 ファイノンは幼い頃のモーディスが乗り越えた傷をまだ抱えている。それを未熟だと言い切るのは簡単だったし、救世の道を歩むのであれば克服すべき弱点だと思っているが、一方で時々、モーディスにもその繊細さが眩しく映ることがあった。
 今から考えてみれば、あの時彼を抱きしめてやったことがきっかけで、ファイノンの中では「候補」に上がったのかもしれない。
 ——これは流石に自惚れた考えで、モーディスは己の結論を恥じた。そうであれば、それまでそんな片鱗を見せもしなかったファイノンが「君としてみたい」と酒精のせいもあってか、随分と明け透けに誘って来た理由もわからなくはない、とは思うのだが。
 ファイノンが二度目に誘って来た時、主義を変えたのか? と尋ねたモーディスに、彼はそもそもそんな主義はないと口にした。それをモーディスは今も信じていない。信じていないが、なぜ自分だけは誘って来るのだろうと言う疑問は残された。
 数度同じ問いを繰り返し、数度ファイノンから同じ返事をもらって、今はひとつの仮説に辿り着いている。
 正直に言えば、なかなか趣味の悪い嗜好だと感じたし、以前も彼に口にした通り「やはりそうだろう」とも思った。それと同時に、果たして自分以外に誰が彼の欲求をこの世で満たしてやれるのだろうか、とも思った。
 オンパロス広しとは言え、今のところ自分しか該当者を知らない。
 殆どあり得ないことだが、もし他に該当者が出て来たとして、と考えていた所でモーディスの思考が途切れる。
「こんな時に考え事かい?」
 不満そうなファイノンの声に、こんな時だからだろうが、と返すのは憚られた。何故なら、やっぱり切り出し方を迷っていたからだ。
「お前が下手くそだからだろう」
 後で首が絞まるのは自分の方だとわかっていたが、話題を逸らすためにはこう口にするしかなかった。
 モーディスの言葉にファイノンは気を悪くするでもなく、そうかな、と首を傾げた。
「いつだって結局気持ちよさそうだけどな」
「ならさっさとしろ」
 鼻を鳴らし、ファイノンのチョーカーに指を引っ掛けて顔を引き寄せる。鼻先に噛み付く真似をすると、くすぐったそうに笑われる。
「僕は優しくしてあげたい派なんだ」
 嘘をつけ、とモーディスの本心からの言葉は口の中に飲み込まれた。触れるだけの軽い口付けが深いものに変わり、肌の上を手のひらが滑って行く。やわく喰まれた舌先も、胸と腹を撫でる手の動きもどちらかといえば緩慢な刺激だったが、それが逆に焦らされているようで、考え事をするには到底向かない。じくじくとした熱が体の奥底から沸いてくる感覚を殺すために、ファイノンの舌を追いかける。
 濡れた熱い舌が遠慮なしに絡みついて来て、ぢゅっ、と強く吸われる。自分と違って大して甘いものも食べないくせに、ファイノンの口の中が甘く、歯の裏や上顎を舐められるのも気持ちが良かった。微かにネクタールの混ざった呼気の甘さに背筋をぞくぞくと熱が走って行く。下半身が重くなる感覚に多少の不快感を覚えて身じろぐと、ファイノンが輪郭を辿って耳朶に口付けてくる。もう片方の耳のピアス穴をぐりぐりと指で摘まれ、やめろ、とファイノンの手を掴む。血が下腹部に集まって行く感覚に、クソ、と舌打ちをしたくなった。とっくにファイノンの熱が心地良くなっているのに、それを認めるのは癪だった。
《今時期》は特に刺激に敏感になっている。モーディスはファイノンとこんな風に何度も体を重ねるまで知らなかった事実をなんとなく悔しくて思い、それと同時に、だからお前はそう言う相手が好きなのだろう? とファイノンを蹴っ飛ばしてやりたくもなった。
(俺が死んだ後ばかり選んでやって来るのは、死に戻った俺には清らかさ・・・・が戻ってくるとでも思っているのか?)
 モーディスがそんなことを考えている間、口付けの合間に、は、と悩ましい呼気を吐いた瞬間をファイノンは聞き逃さない。モーディスに口付けていた唇と舌をゆっくり下ろして、首の付け根に音を立ててキスをし、喉を甘噛みして、鎖骨から胸へと濡れた口付けを落とし、モーディスの両手をそっと握る。指の腹でモーディスの手のひらや指のやわらかい場所をすりすりと撫でていると、居心地が悪そうに手が逃げて行ってしまう。
 それを追わずに、モーディスの腹と腰の境目に執拗にキスをした。びく、と時々モーディスの腰が跳ね、半端に体を起こしたモーディスが肩を掴んでくる。やめろとは言われないな、と思いながらファイノンは顔を上げ、モーディスの手を下ろさせてから、彼の両膝を立たせ、足の間に体を戻す。
 じっとモーディスの瞳を見つめながら、そっと肩に手を置き、背中をもう一度ベッドにつけるよう促す。もしかしてまだ怖いのか? 声に出さず、機嫌を伺うように顔の横に両手をついて見下ろした。モーディスに限ってまさか、と考えているファイノンの下で、彼はなんだか複雑そうな顔をしている。
 よくないわけではないだろう。モーディスの肌はすでに熱くなりはじめていて、鍛え上げられた体と皮膚は滑らかで心地よかった。
 やめろと言われれば考えないこともないな、と考えていたが、モーディスは何も言わない。じゃあ続けるよ、と言う代わりに、ファイノンは上げていた顔を再び下ろし、臍の辺りに口付ける。キスをするたびにモーディスが小さく息を吐き、足や腰を微かに反応させる。
「ファイノン、」
 下生えに鼻先を触れさせた瞬間、モーディスが戸惑ったように声をかけてくる。ん? と返事をしつつ、顔を上げずに内腿のやわらかいところに何度もキスをしていると、おい、と再び声が上がる。
「そんな真似はしなくてい、」
 身を上げたモーディスが全てを言い切る前に、先端を軽く含んで、舌先でつついてやる。制止は濡れた嬌声に変わり、ファイノンは逃げる腰を掴んで引き摺り下ろした。


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